梅雨にどっぷりと漬かった6月が終わり7月に入ったが、相変わらず今日も雨が降っている。梅雨明けが待ち遠しい。
さて、タイトルのエンペラーウェザーは直訳すると「天皇の天気」、少し散文的に言うと「天皇日和」だろうか。
今回英国を国賓として訪れた天皇皇后ご夫妻だが、その日程(6月22日~29日)の中で、行く先々で雨にあったことのないのが話題になった。
これをエンペラーウェザーと一部で報道されている。
エリザベス女王は女性だからエンペラーとは呼ばないが、女王の崩御にともなって行われた国葬の式典では、始まる前に降っていた雨が途中で上がり、式場のウェストミンスター寺院の上に虹が現れた。
これをしもエンペラーウェザーと呼んでいるそうだ。たしかにいわゆる「奇瑞」だ。葬儀だから「吉祥」とは呼べないが、参列者にはエリザベス女王の何がしかのサインと感じられ、感激して涙を流す人も多かったと聞く。
天皇が30年前の皇太子時代の2年間をオクスフォード大学に留学されていた時はどうだったか、報道にはなかったが、おそらくそんな現象には遭遇されなかったのだろう。
やはりエンペラーになると、報道のボルテージが上がり、一挙手一投足というと大げさだが、国民の天皇への関心度は飛躍的に上がる。
天皇もその気を感じつつ、国民への思い入れがより一層強まる。双方の気と気が反応昇華して「天の気」に感応するのだろうか。
中世では「天気」と言えば、気象のことではなく「天皇のお気持ち」「天皇のご機嫌」だったから、都市伝説的に言えば、こちらの方が正しかったことになる。
巷では「昭和天皇は晴れ男だった」と言われているらしい。最も劇的だったのが、1964年10月10日に開催された東京オリンピックの開会式だったという。
前日までの雨模様が当日はカラリと晴れ上がり、秋空の下、あの昭和天皇の高らかな宣言「第18回オリンピアードの開会をここに宣言します」というお声が今でもよみがえる。
この開会式ではもう一つ「奇瑞」があった。それはブルーインパルスによる「五輪マーク」が非の打ち所のない形で空に描かれたことである。
リハーサルでは一度もきれいな円形の五輪マークが描けなかったのだが、当日に限って目の覚めるような完形が描かれたのだそうだ。当事者でさえ驚いたという。
また似たようなことがオリンピック開会式の直前(10月1日)に行われた新幹線開業でも起きたようだ。
とある本(『昭和の鉄道4新幹線時代の幕開け』2007年小学館)を読んでいたら、その日の前日までとにかく故障続きだったそうである。
新幹線に使用された動力は「0系交流電源」であったが、東海道新幹線の開業を控えて車両を大量にメーカーに発注したのはいいが、電気系統の配線ミスが多く、試験走行をしたら途中で立ち往生が頻発した。
開業当日、大阪発東京行きの東海道新幹線「ひかり2号」を運転した運転士は上司から、
「発車したら、みんな(来賓や報道関係者)が見えなくなるところまでは何とか走ってくれよ」
と言い含められて出発したそうだが、それまでの不調がウソのように東京駅まで走り通し、しかも定刻通りに到着したのだった。
これだけではなく、その日に運行されたすべての車両が終着駅に定時に到着したのである。これはいまだに不思議がられているという。
このことまでエンペラーウェザーに結び付けるのは早合点かもしれないが、初のオリンピックを迎えた日本全体が成功への「大いなる気」に包まれていたことは事実だ。
たぶん――これは憶測だが、昭和天皇も国民のその大いなる気を受けて御自らの気を融合させた結果のように思われるのだが、如何。