ちょっと長い翻訳になりますが、気になる記事だったので全訳に挑戦しました。イタリアでも”ひきこもり”が問題になっているようです。日本のそれとは違いがあるのでしょうか。一部翻訳に怪しいところがあるかも知れませんがお許しを。
Corriere della sera 2016/11/8より
In centomila chiusi nelle loro stanze
Ragazzi che si ritirano dalla societa’
イタリアでは10万人の若者が引きこもり
学校に行くでもなく仕事をするでもないそんな引きこもりの若者たちは、より男性に多く、教育レベルも高い。彼らはニートと呼ばれ、部屋に引きこもり、コンピュータと音楽と読書に埋没。食事さえも部屋で取っているのだ。
”Ritiro sociale(社会からの逃走)”という表現はまだ広く知られた表現ではない。精神科の世界で、学業も仕事もしていないニートの若者の中でも特に特徴的な行動形態のことを言っている。このような行動形態は特に日本で知られており、”Hikikomori”と呼ばれ、80年代に始まった。日本ではその数は40万から200万人と推定され、まだ増加傾向にあるが、イタリアではまだ10万人程度と推定されている。このような引きこもりが男性の若者に多いのは、より社会的な地位や仕事での成功が強く求められているからと思われている。
”Ritiro sociale(社会からの逃走)”がどのようにして始まるか?当紙はミラノに特別調査チームを編成し何人かの親御さんにインタビューした。まずはじめにカルメンさんがこたえてくれた。「あの夜のことは忘れられないわ。サンドロは食堂に座って、『明日から学校にはいかないから。』って。高校4年生のときだったわ。それ以来3年間部屋に閉じこもってばかり。サッカーにも興味を失い、vegano(vegetariano?)になり、家族と一緒に食事をすることもなくなったの。」また、ジュリアさんは、「マルコは高校を無事卒業したものの、その後から災難が来たの。ある会社の営業マンになったのだけれど、数ヶ月もしないうちに会社は彼を正式採用しようとしないし、給与さえ支払わなかったの。それ以来、電気を消して仕事を続けることを拒否している。昔はいつかDJになりたいなん言ってたけど、今じゃ、唯一の友が音楽なの。」ニコレッタさんは、「フランチェスコはある日突然学校に行くのが億劫になったと言い始めたの。部屋に閉じこもり、どこかの町のヴァーチャルなネットの友達を作って、なんかTV番組に夢中になって英語だけは完璧になったけど、旅行会社の仕事について知ろうという気もないのよ。未成年だという理由で、あるホテルの採用がならなかったときはがっかりだったわ。」いろいろ話を聞くと、いくつかの共通点がある。それは、学校との関係の問題、父親の不在、クラスの仲間に対する恥ずかしさ、社会へ溶け込むことが苦手なことなどだ。
両親と先生はどうだろう。「学校はこのつらい状況を知ろうとしない。」とカルメンさんは言う。若者は動機はなんであれ成長の一時期において悩みを持つものだ。それは事故かも知れないし。病気かも知れないし、両親のケンカや離婚かも知れない。学校はそれに対し、なにも対処せず、結果、彼らがニートになる可能性を高めるばかりだ。親たちは、教師たちの無自覚さ、プロとしての意識の欠如、通り一遍の対応を指摘する。退学はニートになる最初のステップだ。実際、ニートの比率は無職率が増えるに連れ増えている。Onlus WeWorldの調査によれば、そうしたニートの若者の4分の1はその背後に学校の問題を抱えている。しかし、われわれのチームの調査ではもうひとつの問題があるとわかった。すなわち、父親の不在ということだ。父親は息子のひきこもりに対してまったく無能であり、自分でも親としての役割をなしていないことを認めている者も多い。そんな父親はひきこもりの息子を、怠け者、出来の悪いやつ、働かないやつと言ってはばからない。あるケースでは、父親はすぐに息子から相続権を奪い、経済的支援さえ止めてしまう父親たちさえいる。こうして、息子の対応はすべて母親の方に任され、母親は周りの人たちに助けを求める。母親の中には、自分の原罪と思うものもいる。ニコレッタは、「生まれた後もまだおなかの中に息子がいるようなもの。育つことが出来ないでいるのよ。」と嘆く。ジュリアは「経済的には大災害。相続した家も売って生計をたてねばならなかったわ。でもいつか息子が普通の生活に戻ってくれることを期待しているの。」もしも父親たちが役割を果たしていないことが本当なら、第3セクタであるOnlusもサポートの役割を果たしていないのだろう。Onlusは本来精神的なケアをし、若者たちが再び外の世界に興味を持つよう促さなくてはならないにもかかわらずにだ。こうして、終いには、ボランティアに参加させたり、スポーツに無理やり参加させたりするだけだ。
家族や学校といった”暖かな”支援のほかには、人間は介在せずプライバシーもない、24時間働く”冷たい”Internetが救済の窓口になっているかもしれない。そこでは社会的な恥ずかしい思いをすることもなく、身体的になにか危害を加えられることもなく、コンピュータのフィルター機能で守られ、嫌ならいつでも逃れることが出来る。友人関係は精神的なものだけになり、失望のリスクも少なくすることが出来る。facebookやSkype Chatも貢献しており、1000人の引きこもりの若者が登録している。ニコレッタは、「フランチェスコは頭はいいんだけど身体は小さいの。だから、グループの中では常に言いたいこともいえない力が働いていたんだけど、インターネットの世界でフィレンツェ、バリ、ローマなど遠くの町の友達が出来たみたい。彼よりも大きな友達たちと何時間もインターネットでおしゃべりしているわ。」と話す。彼らは現実世界で手に入れられなかったものを精神世界で手に入れているのだ、と精神科医は話す。
しかし、このような社会的な逃走が多くは男性に起こるのはなぜだろう。日本のケースでも、女性のひきこもりは全体の10%でしかないのだ。女性の場合、自己実現について、より広く、多角的に考え、ステレオタイプな労働観にとらわれないためだろう。女性のそうした特徴は、生まれながらにして社会生活での抗体として働き、悪い方悪い方と考えることをしないのだろう。
さて、若い女性たちもニートがないわけではない。が、少しその理由は異なる。20歳前後の女性ではその母性が影響しているのだろう、息子たちを家に置いときたいとか、仕事の世界に行きたくないとか。もしも、引きこもりの子を持つ親たちが、望みを失わないために闘えば、他のニートの子供たちを持つ親たちも諦めないよう勇気付けられるだろう。専門家であるネットアドバイザーのLucia Tagliabue d Jointlyが総括していわく、「結局のところ、親も先生も若者たちにどんなアドバイスをしてやればいいのかわからないのです。仕事の世界はいまやものすごいスピードで変化しており、若者たちに課すことが、極端に気を使った甘い内容になるかも知れないし、または極端に厳しい内容かも知れないと戦々恐々としているのです。」
Corriere della sera 2016/11/8より
In centomila chiusi nelle loro stanze
Ragazzi che si ritirano dalla societa’
イタリアでは10万人の若者が引きこもり
学校に行くでもなく仕事をするでもないそんな引きこもりの若者たちは、より男性に多く、教育レベルも高い。彼らはニートと呼ばれ、部屋に引きこもり、コンピュータと音楽と読書に埋没。食事さえも部屋で取っているのだ。
”Ritiro sociale(社会からの逃走)”という表現はまだ広く知られた表現ではない。精神科の世界で、学業も仕事もしていないニートの若者の中でも特に特徴的な行動形態のことを言っている。このような行動形態は特に日本で知られており、”Hikikomori”と呼ばれ、80年代に始まった。日本ではその数は40万から200万人と推定され、まだ増加傾向にあるが、イタリアではまだ10万人程度と推定されている。このような引きこもりが男性の若者に多いのは、より社会的な地位や仕事での成功が強く求められているからと思われている。
”Ritiro sociale(社会からの逃走)”がどのようにして始まるか?当紙はミラノに特別調査チームを編成し何人かの親御さんにインタビューした。まずはじめにカルメンさんがこたえてくれた。「あの夜のことは忘れられないわ。サンドロは食堂に座って、『明日から学校にはいかないから。』って。高校4年生のときだったわ。それ以来3年間部屋に閉じこもってばかり。サッカーにも興味を失い、vegano(vegetariano?)になり、家族と一緒に食事をすることもなくなったの。」また、ジュリアさんは、「マルコは高校を無事卒業したものの、その後から災難が来たの。ある会社の営業マンになったのだけれど、数ヶ月もしないうちに会社は彼を正式採用しようとしないし、給与さえ支払わなかったの。それ以来、電気を消して仕事を続けることを拒否している。昔はいつかDJになりたいなん言ってたけど、今じゃ、唯一の友が音楽なの。」ニコレッタさんは、「フランチェスコはある日突然学校に行くのが億劫になったと言い始めたの。部屋に閉じこもり、どこかの町のヴァーチャルなネットの友達を作って、なんかTV番組に夢中になって英語だけは完璧になったけど、旅行会社の仕事について知ろうという気もないのよ。未成年だという理由で、あるホテルの採用がならなかったときはがっかりだったわ。」いろいろ話を聞くと、いくつかの共通点がある。それは、学校との関係の問題、父親の不在、クラスの仲間に対する恥ずかしさ、社会へ溶け込むことが苦手なことなどだ。
両親と先生はどうだろう。「学校はこのつらい状況を知ろうとしない。」とカルメンさんは言う。若者は動機はなんであれ成長の一時期において悩みを持つものだ。それは事故かも知れないし。病気かも知れないし、両親のケンカや離婚かも知れない。学校はそれに対し、なにも対処せず、結果、彼らがニートになる可能性を高めるばかりだ。親たちは、教師たちの無自覚さ、プロとしての意識の欠如、通り一遍の対応を指摘する。退学はニートになる最初のステップだ。実際、ニートの比率は無職率が増えるに連れ増えている。Onlus WeWorldの調査によれば、そうしたニートの若者の4分の1はその背後に学校の問題を抱えている。しかし、われわれのチームの調査ではもうひとつの問題があるとわかった。すなわち、父親の不在ということだ。父親は息子のひきこもりに対してまったく無能であり、自分でも親としての役割をなしていないことを認めている者も多い。そんな父親はひきこもりの息子を、怠け者、出来の悪いやつ、働かないやつと言ってはばからない。あるケースでは、父親はすぐに息子から相続権を奪い、経済的支援さえ止めてしまう父親たちさえいる。こうして、息子の対応はすべて母親の方に任され、母親は周りの人たちに助けを求める。母親の中には、自分の原罪と思うものもいる。ニコレッタは、「生まれた後もまだおなかの中に息子がいるようなもの。育つことが出来ないでいるのよ。」と嘆く。ジュリアは「経済的には大災害。相続した家も売って生計をたてねばならなかったわ。でもいつか息子が普通の生活に戻ってくれることを期待しているの。」もしも父親たちが役割を果たしていないことが本当なら、第3セクタであるOnlusもサポートの役割を果たしていないのだろう。Onlusは本来精神的なケアをし、若者たちが再び外の世界に興味を持つよう促さなくてはならないにもかかわらずにだ。こうして、終いには、ボランティアに参加させたり、スポーツに無理やり参加させたりするだけだ。
家族や学校といった”暖かな”支援のほかには、人間は介在せずプライバシーもない、24時間働く”冷たい”Internetが救済の窓口になっているかもしれない。そこでは社会的な恥ずかしい思いをすることもなく、身体的になにか危害を加えられることもなく、コンピュータのフィルター機能で守られ、嫌ならいつでも逃れることが出来る。友人関係は精神的なものだけになり、失望のリスクも少なくすることが出来る。facebookやSkype Chatも貢献しており、1000人の引きこもりの若者が登録している。ニコレッタは、「フランチェスコは頭はいいんだけど身体は小さいの。だから、グループの中では常に言いたいこともいえない力が働いていたんだけど、インターネットの世界でフィレンツェ、バリ、ローマなど遠くの町の友達が出来たみたい。彼よりも大きな友達たちと何時間もインターネットでおしゃべりしているわ。」と話す。彼らは現実世界で手に入れられなかったものを精神世界で手に入れているのだ、と精神科医は話す。
しかし、このような社会的な逃走が多くは男性に起こるのはなぜだろう。日本のケースでも、女性のひきこもりは全体の10%でしかないのだ。女性の場合、自己実現について、より広く、多角的に考え、ステレオタイプな労働観にとらわれないためだろう。女性のそうした特徴は、生まれながらにして社会生活での抗体として働き、悪い方悪い方と考えることをしないのだろう。
さて、若い女性たちもニートがないわけではない。が、少しその理由は異なる。20歳前後の女性ではその母性が影響しているのだろう、息子たちを家に置いときたいとか、仕事の世界に行きたくないとか。もしも、引きこもりの子を持つ親たちが、望みを失わないために闘えば、他のニートの子供たちを持つ親たちも諦めないよう勇気付けられるだろう。専門家であるネットアドバイザーのLucia Tagliabue d Jointlyが総括していわく、「結局のところ、親も先生も若者たちにどんなアドバイスをしてやればいいのかわからないのです。仕事の世界はいまやものすごいスピードで変化しており、若者たちに課すことが、極端に気を使った甘い内容になるかも知れないし、または極端に厳しい内容かも知れないと戦々恐々としているのです。」