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竹久夢二にみる挫けない人生の旅路

2011-05-14 18:23:30 | 美の番組紹介
竹久夢二にみる挫けない人生の旅路


がんばれ夢二! 輝け夢二!
今は評価されなくても、歴史が君を評価する!


歴史ヒストリアで描かれた竹下夢二の実像


竹下夢二といえば、明治大正の時代に挿絵・
口絵の世界で一世を風靡した男。
さぞかし女性にモテモテであったのだろうか。


本日の番組では、夢ニの実像に迫る。
夢二作品については、末尾のリンク先を参照
してください。


では、はじめましょう。



<独学で成し遂げた時代の麒麟児>


岡山県瀬戸市の大きな酒屋の息子として生誕
し、裕福な実業家の子供として、勉学に勤しむ

16歳で東京へ状況するも、本来デザイン志望
青年の夢は叶えられず、やむなく早稲田実業
へ入学し、アルバイト生活の傍ら、風刺画を
描き始める。

正式の授業を受けてない彼は、独学で学ぶ
姿勢を生涯貫く。

20歳には、生活を雑誌のイラストで切り盛り、
大衆向けの雑誌と二人三脚にて成功し、上昇
気流に乗る。


<挿絵・コマ絵であるが故に
  認められない夢二>


しかし、夢二の夢は、コマ絵の成功では
なかったようだ。
都会での孤独な生活と満たされない希望。
それは、年上の女性との恋に結びつく。
稀有の美人であった「たまき」という女性。
今で言う知的な香りのする家系です。
学生の憧れの的、よくある一般的な話です。


違うのは、情熱の傾けようです。
夢二は、彼女をこれでもかというぐらいに
描き続けた。
この頃から、夢二スタイルが定着したようだ。
あの目が大きい現代アニメの元祖モデル。

当時の日本画出身の画家は、切れ長の眼が
主流でした。
これは、専門教育を受けていない夢二である
が故の成果でもあった。


ベストセラーとなる「春の巻」に描き出された
夢二様式を当時は夢二式といい、大衆、特に
若い女性に相当なファンがいた。
明治から大正という時代背景が影響し、
自由な雰囲気が近代化世代の女性を魅了した
ようですね。


夢二式にあらざれば女学生は人間ではない。

などと揶揄されたようです。



<稼ぐための画風と本当に描きたい画>


成功を勝ち取った夢二ですが、彼の描きたい
ものは、夢二式ではない。
生活の糧としての「夢二式」でしかない。

彼が目指したものは、なんであったのだろうか。


第二部に続く
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