吉永小百合原爆詩の朗読のつどい
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【CD】第二楽章/吉永小百合
核兵器のない世界を子供たちのために
吉永小百合さん原爆詩の朗読会に参加
してきました。
私こと、川越芋太郎は広島に3年半強
赴任しておりました。
原爆ドームの近くの紙屋町と爆心地の
八町掘の双方で仕事をいたしました。
昼休みに独りで、また土日の祝日には
家族と一緒に広島の平和公園を散策し、
折り鶴、平和の子の像をはじめ、
平和記念館の展示物に心を揮わせた
記憶があります。
被曝し死亡した人々を運び、焼却した
似島にも足を運びました。
貴重な広島体験でした。
娘は、広島の小学校で原爆の授業を受
けて、かなりショックを受けたようで
す。
戦争と平和と核兵器という2つの人類
にとり、非常に重い課題を今も抱えて
おります。
本日は、知人からいただいたチケット
をご利用させていただき、埼玉の川口
市まで参りました。
開演1時間前で既に、長蛇の列。
炎天下、私も並びました。
炎天下での行列の甲斐は十分にありま
した。
94歳になられる肥田先生のお話、
テレビで拝見するたびに感動した、
吉永小百合さんの直々の朗読を聴かせ
ていただきました。
「素晴らしい。」
吉永さんの語りがそうさせるのか、
詩の内容があまりにも感動的であるの
でしょうか、
私の眼から涙が溢れました。
隣のご夫人に気が疲れないように、
気を使いながら、
といいたいところですが、
ご夫人も涙で溢れていたようです。
良い時間を過ごすことができました。
講演後、朗読のCDを求めたいと考え
ていましたが、途中の休憩時間での
販売が最後のようでした。
おそらく、売り切れたのでしょうか。
人はなぜ、争うのでしょうか。
人はなぜ、殺しあうのでしょうか。
人はなぜ、相手を卑しめるのでしょう
か。
人はなぜ、自分の過ちを改めるに
素直でないのでしょうか。
人はなぜ、奪い合うのでしょうか。
そして、それでもなお、
愛し合うことができる人、
感動できる人、
許すことができる人、
手を差し伸べることができる人、
これもまた、人間である。
吉永小百合さんの朗読を聞きながら、
無性に涙が頬を伝わりました。
無断ですが、詩の一部を掲載します。
悪しからず、ご了解願います。
================================
本日、吉永小百合さんが朗読した詩
です。原爆詩集から
(峠三吉さん)
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ
わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの
にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
(英語でも朗読されました。)
『生ましめんかな』 栗原貞子さん
こわれたビルデングの地下室の夜で
あった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人
いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて
来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、
若い女が産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたら
いいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて
気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませま
しょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は
血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
=================================
本日、吉永小百合さんが歌った歌詞
折り鶴 作詞作曲 梅原司平
生きていてよかった
それを感じたくて
ヒロシマのまちから
私は歩いてきた
苦しみをことばに
悲しみをいかりに
きずついたからだで
ここまで歩いてきた
この耳をふさいでも
聞こえる声がある
この心を閉ざしても
あふれる愛がある
はばたけ折り鶴
私からあなたへ
はばたけ折り鶴
あなたから世界へ
感動の一日でした。
平成23年5月21日 川口リリアにて
川越芋太郎
【CD】第二楽章/吉永小百合
核兵器のない世界を子供たちのために
吉永小百合さん原爆詩の朗読会に参加
してきました。
私こと、川越芋太郎は広島に3年半強
赴任しておりました。
原爆ドームの近くの紙屋町と爆心地の
八町掘の双方で仕事をいたしました。
昼休みに独りで、また土日の祝日には
家族と一緒に広島の平和公園を散策し、
折り鶴、平和の子の像をはじめ、
平和記念館の展示物に心を揮わせた
記憶があります。
被曝し死亡した人々を運び、焼却した
似島にも足を運びました。
貴重な広島体験でした。
娘は、広島の小学校で原爆の授業を受
けて、かなりショックを受けたようで
す。
戦争と平和と核兵器という2つの人類
にとり、非常に重い課題を今も抱えて
おります。
本日は、知人からいただいたチケット
をご利用させていただき、埼玉の川口
市まで参りました。
開演1時間前で既に、長蛇の列。
炎天下、私も並びました。
炎天下での行列の甲斐は十分にありま
した。
94歳になられる肥田先生のお話、
テレビで拝見するたびに感動した、
吉永小百合さんの直々の朗読を聴かせ
ていただきました。
「素晴らしい。」
吉永さんの語りがそうさせるのか、
詩の内容があまりにも感動的であるの
でしょうか、
私の眼から涙が溢れました。
隣のご夫人に気が疲れないように、
気を使いながら、
といいたいところですが、
ご夫人も涙で溢れていたようです。
良い時間を過ごすことができました。
講演後、朗読のCDを求めたいと考え
ていましたが、途中の休憩時間での
販売が最後のようでした。
おそらく、売り切れたのでしょうか。
人はなぜ、争うのでしょうか。
人はなぜ、殺しあうのでしょうか。
人はなぜ、相手を卑しめるのでしょう
か。
人はなぜ、自分の過ちを改めるに
素直でないのでしょうか。
人はなぜ、奪い合うのでしょうか。
そして、それでもなお、
愛し合うことができる人、
感動できる人、
許すことができる人、
手を差し伸べることができる人、
これもまた、人間である。
吉永小百合さんの朗読を聞きながら、
無性に涙が頬を伝わりました。
無断ですが、詩の一部を掲載します。
悪しからず、ご了解願います。
================================
本日、吉永小百合さんが朗読した詩
です。原爆詩集から
(峠三吉さん)
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ
わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの
にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
(英語でも朗読されました。)
『生ましめんかな』 栗原貞子さん
こわれたビルデングの地下室の夜で
あった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人
いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて
来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、
若い女が産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたら
いいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて
気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませま
しょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は
血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
=================================
本日、吉永小百合さんが歌った歌詞
折り鶴 作詞作曲 梅原司平
生きていてよかった
それを感じたくて
ヒロシマのまちから
私は歩いてきた
苦しみをことばに
悲しみをいかりに
きずついたからだで
ここまで歩いてきた
この耳をふさいでも
聞こえる声がある
この心を閉ざしても
あふれる愛がある
はばたけ折り鶴
私からあなたへ
はばたけ折り鶴
あなたから世界へ
感動の一日でした。
平成23年5月21日 川口リリアにて
川越芋太郎
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