京都大原紫葉工房便り

京都洛北・大原の里のしば漬屋から、毎日!情報発信。

大三島。

2012-01-29 16:08:01 | 中国・四国地方の石垣。

前投稿「松山城 その1・その2」の続き。

二泊三日の旅行、最終日は、来た道(しまなみ海道)通って、帰りました。

 

帰りの大三島。

大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に寄りました。

 立派

創建は594年

伊予国一宮

海の神・山の神・戦の神として、歴代の朝廷や武将たちの信仰を集めたそうです。

国宝8件、国の重要文化財75件

 あまり歴史は知らなかったけど、一目見て、すごいパワースポットであることは分かります。

天然記念物「大山祇神社のクスノキ群」

あまりの雄大さに感動しました。

 パワーみなぎってます

拝殿

 なかなか個性的な石垣

圧倒的なインパクト誇るクスノキでした。

ところで、四国、ことに伊予の国は、

大島石など、優良な石材を産出しています。

設備などにも、ふんだんに石が使われており、お~と目を見張ることも・・・

 

大山祇神社横の河川も、贅沢な感じに整備されていました。

美しい石積みです

産地ならではの芸術です

 


松山城 その2。(天守建造物群)

2012-01-29 16:03:45 | 中国・四国地方の石垣。

前投稿 「松山城 その1。」の続きです。

二の丸~本丸上部に上がるまでは、かなり複雑な造りになっていましたが、

上がってしまえば、だだっ広い広場。(ああ、言い切ってしまった)

茶店とか梅園があったかな。

  こちらから市街の景色は最高。戦時にも優位であることは言うまでもないでしょう。

 で、天守閣入口に到着。

天守と小天守、いくつかの櫓で構成される

天守建造物群となっています。

  

正面から見ると、分かりにくいですが、ロの字構造になってます。

 

↓小天守(復興)  ↓天守(1847年築)

  手前の建物で、入場料を払って入ります。

        ↑一ノ門南櫓(手前の石垣の建物)↑二ノ門南櫓

結構奥行きがあります→向かって右側の石垣部分 二ノ門南櫓~天神櫓南塀~天神櫓)

 

加藤嘉明の築城当初の天守は五重だったそうですが、

彼の転封後に入国した松平定行により、1639年、三重に改築されました。

 

*地盤の弱さに起因する天守の安全確保のため と

*江戸幕府に配慮したため

とのことです。たいへんですね

 

そのため、とても柔和で控えめな印象を受ける天守なのですが、

守りは万全        

出来るだけ、分かりやすく紹介したいですが、かなり複雑で、多少挫折した感が・・・

ご容赦ください                              

 うん、とっても複雑なのです。

 

うちの次男、お城のペーパークラフトの組み立てが好きなのですが、

松山城のもあったら良いのになあと思います。(今のところ未企画?)

図面上では空間把握が難しいですし・・・

絶対面白いし、売れると思います

い~や、自分で作っちゃおうかな、と思うくらいでした。

 

で、この地図の右側(南方面)から入場して、天守に向かいました。

料金所から入って、紫竹門のとこから、いきなり正面に天守がお目見えしますが・・・

 天守 で~ん

間を石垣、筋鉄門東塀にさえぎられており、直接入れません。

 →右折してから、一の門、二の門とくぐらなければなりません。

 

 ←一ノ門南櫓

        ↑ 三ノ門南櫓  ↑ 一の門

 

*一ノ門くぐって、振り返ると・・・

一ノ門南櫓 →    奥に小天守がみえます。

                                   ↑ 一ノ門

 

一ノ門、ニノ門くぐったら、ようやく天守の東側に来ることができます。

 これは、確か、天守の石垣

成形の行き届いた石垣で、比較的新しい石積みであろうと思われます。

 

実は、現在の天守は、3代目で・・・

松平定行の三重改築(1636年)の後、1784年落雷で天守焼失

その後、復興工事に着手するが、火災などの理由でとん挫

結局、12代藩主松平勝善により、1854年に天守を復興することができました。

 

 天守の前を通り抜け、北隅櫓の横の玄関から入場しました。

          ↓北隅櫓

 →こちらに天守

  ↓ 小天守     ロの字みたいな作りです。

 

建物の中は、(姫路城でもそうですが)シンプルな木造建築で、外側から受けるほどのインパクトはありません。

ただ、とても眺めが良い

 

小天守や櫓が見渡せます。

小天守→  ←多門櫓→ ←南隅櫓

 

 いつのまにか外に出ていた子供たち

  良い眺め           

  

 

先ほどの・・・

複雑な一ノ門・二ノ門・三ノ門の構造も、上から見るとよく分かります。

 

 ↓ 天守  ↓ 三ノ門               ↓ 二ノ門    ↓ 二ノ門南櫓

   

                     ↑  三ノ門南櫓       ↑ 一ノ門         ↑ 一ノ門南櫓

 

分かりやすいような、分かりにくいような写真ですが・・・

つまりは、侵入しにくい造りだったというわけです。

 

今回の写真撮影、すべてを網羅したつもりでしたが、

抜けている部分がちらほら・・・

 

いつものことですが、ちゃんと見てなかった場所がどうなっていたのか、気になって仕方ありません。

 

松山は、広島からは、フェリーで3時間(やったかな)

車がなくても行けるので、便利な観光地です。

またふらっと遊びに行きたいと思います。