日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

スワヤンブナート寺院6-28

2018年04月09日 | Weblog
   
               スワヤンブナート寺院
  出会い
 最初の出会いは全く予期しない劇的なものであった。まさか、あんなところで、しかもまるで、出会いが運命ででもあるかのように出会うなんて誰が予想しえたであろうか。
僕は彼女と別れてからしばらく考え込んだ。いや彼女の事が頭にひっかっかってその晩はとうとう眠れなかった。
また徹夜か。わずか1週間の旅のうちでこれで3日間徹夜したことになる。
普段ならこんな生活をすれば、たちまちにしてダウンしてしまうのに。だが彼女の事を考えることは楽しいことであった。彼女の事を思っているうちに辺りが白み出した。
話では明日帰るということだったから、今頃はネパール最後の夜でひょっとしたら彼女自身も眠れない夜を過ごしているかもしれない。彼女について、たわいないことを考えながら、僕はおもむろに毛布をかぶり寝ようと努力した。しかし目はさえるばかりである。脈がヅシンヅシンと音をたてている。だめだ、今夜は眠れない。じゃ一晩・ ィ・゙女の事をかんがえるか。それがよい。そうしよう。
                   
 長い石段
パシュパチナードとボダナートは昨日見て来た。パシュパチナードでは、インドのバラナシで見たように、ヒンヅー教徒の死者の火葬を目の前で見た。だがバラナシで受けたようなショックは何もない。見慣れたものを見るかのように、感激も興奮もわかない。こんなものか。なぜだろう。僕は自問しながら次のボダナートに向かった。
ボダナートではバスを降りてすぐ左手にチベット風の巨大な塔が見えた。その巨大なものはスツーバで、その上にのぼれば、見晴らしがよくて、近郊の街の景色を楽しんだ。
スツーバは大きな円形の建物で、あちこちにマニ車があり、多くの参詣人が回すのであろう彫刻が擦り減って凹凸がなくなっているものもあった。その程度の頼りない見物で、僕は足早に市内に戻ってきた。
カトマンヅは小さな街である。端から端まで歩いても1日あれば十分見てまわれる。中心部のダルバール広場を初め、あらかた市内見物をした僕の次の目標は丘に上にあって、市内が一望できる、スワヤンブナート寺院であった。
サ 早速僕はスワヤンブナート寺院をたずねる事にした。ホテルのあるタメルから西の方に向かって歩いて行くと、小高い丘の上に何かがあるように見えた。地図で確かめると間違いなくスワヤンブナート寺院である。タメルから10分も歩いただろうか、わりに大きな川にさしかかった。
ビシュヌマチ川である。ここまでくると市内の騒音は嘘みたいである。
人の通りも疎らだし車にも出会わない。うるさいリキシャにも出会わないし、何よりも川を渡るネパールの風はさわやかで気持ちがよい。
川を渡りきると行く手は崖になっていて、急な階段がつけてある。板切れにテンプルと書いてあるから、そのほうに向かって上り出した。
 上り切った所から、また道がひらけていた。今来た道を振り返って市内の方を見ると大分上って来たのが分かる。視界は広がり、レンガ造りの民家の建物の屋根がすぐ目の下に