こんばんは。
全国的に気温が上昇、まるで夏を思わせるところもあったようですね。
多くの方が言われているようにこれで夏が来ると一体どうなるのやら、そんなことを思わせるお天気でした。
それでも空にはだんだんと雨が近いことを感じさせる巻雲が多く見られました。
気温も少しは下がるかもしれません。
日々多くの方のブログを拝読させて頂いておるのですが、今朝さとうみつろうさんのブログを読んでおりますと今日は「地球の日」という事を書か
れておりました。
誰がどんなところへいようとそれは必ずこの地球の中、ということ。
そう、アメリカだろうと南極だろうとアフリカの奥地であっても、どこでもそこは地球の中。
至極当然のことなのですが、そうなんですよね。
この自分たち全員地球の中に居ますという感覚、この感じを昨夜自分は空の星を眺めながら感じておりました。
誰がどう言っていようと何をしていようと、貴方も私もこの星の中で暮らしているという事実。
何が言いたいんだと言われそうですけれど、それだけです、ということです。
なにをどうしていても、自分達は今この地球という星の中で暮らしております。
仲良くしている誰かさんがいれば、大嫌いな誰かも居る、でもみんなおんなじ星の中。
そんな感覚を感じておった、という本当にそれだけの話です。
でもそう考えると、なんだかどこかで何がしかが繋がってるんじゃない、という風にも感じたりします。
「アースディ」 地球自身?から、ちょっとだけ感じ取ってほしいんだけど、と言われたのかもしれません。
はい、毎度のまずい絵;でございます。(苦笑)
わかりますかね;?
こんな感じの絵をご覧になられたことはありませんか?
実は中学生の頃、夏休みの宿題か何かでポスターを描いてきなさいみたいものがあり自分は地球から大きな芽が出ているのを描いた覚えがあります。
その地球を下から手で支えているという絵です。(あ~、超下手っぴな絵;)
題材はなんであったのか肝心のところを覚えていないのですけれど、何か世界の平和みたいなものだったかと思います。
それで、この絵を描きました。
地球が割れてるのは、どうかいな;なところですけれどね;。
それから何年かして同じような感じの絵を見た覚えがあります、それも別々の方が描いたと思しき絵でした。
これも何が言いたいかといえば、全く関係ない人の間であっても同じような感覚を覚えることがあるのではということです。
もっと言ってしまえば、シンクロニシティということになるのでしょうか。
何かを考える時、それこそ何処ぞのクラウドに自分の感覚がアクセスして同じような事柄をダウンロードしてくるのではないのかという事です。
これとて、で、何が言いたい?と問われれば、いえそれだけの話です、ということなんですけれどね;。
すみません、クドクドと分けわからぬ事を並び立ててしまいました;。
いつにない暑さで少しおかしくなったんだねぇ、と思っておいて下さいませ。(笑)
巻雲が出る時は、どこかしら不思議な雲も多くみられるように感じます。
上の三角に見える雲は肉眼ではわずかに彩雲となっておりました。
その下の2枚はどことなく龍の頭部を思わせるようでした。(自分だけですけれど;)
続いてのは、これ最初は長い方の雲が、まるで龍みたいと思ったのですが。
夕方歩きながら見ているうちに、下の方の雲がどこかイルカのように思えて「あ、エーヴィン?!」と感じると、すかさず‘ばれた?’と頭へ
言葉が浮かびました;。
そう、エーヴィンが雲に似せて龍と戯れているようでした。
この時に
‘ 君たち人間は実際にある物しか信じられない人もいるけれど
僕たちはこうして君たちにわかるような形で
そばにくることもあるんだよ
これを感じ取ってほしいな ’
とも言われたようでした。
ちなみに龍に見えた?雲は、もしかしてテラ?と尋ねると
「あれは仲間のにいさんの龍やね 雨降らす前に出てきはったんやろね」
とのことでした。(ほんまかいな;)
いずれにしても見えているのはただの雲ですが、それをどのように感じるかで受け取るものも変わってくるようにも思えます。
それを感じてみて頂きたいですね。
いつもと順序が逆になりましたが朝は祝詞奏上致し、その折に感じたことがありました。
大祓い(の祝詞)の最中 瀬織津比売(せおりつひめ)の直前 佐久那太理(さくなだり)に落ち多岐つ(おちたぎつ)の後で急に詰まる
言葉が急に出てこない
普通スラスラ出てくるところが全くだめ
神拝詞集(しんぱいししゅう)を取り出して やっと読み上げながら確認する
大神にうかがう
〝 瀬織津 これより(そなたに)関係してくる
心せよ 〟
どこかの場所(神社等)の比売?
〝 小さいところ 場所をいうのではない
祓いとしての 役割としての
より大儀な部分の役割である
追って 沙汰する
ガイアという(神)も 関係致す 〟
下から突き上げるエネルギー いつもより強い
“ 空に水(水蒸気)があって 雲がわき 雨を降らします
地と水 風 火
切っても 切れぬ関係なのです
概念としてではなく 体感そのものとして
この要素を感じて下さい
この地球に遍くある水
無いと思われている砂漠ですら 水は存在します
その大いなる役割を感じて下さい ”
毎晩被る一杯の水に感謝することが瀬織津比売の神に通じていたのか?
毎日祝詞を奏上致す中の一つに「大祓詞」(おおはらい)というものがあります。
ご存じの方もおられるかもしれませんけれど、神道の中で一番大事とされております祓いの言葉、その祝詞ということになります。
毎日奏上致すものですし、当然何も考えずとも口からついて出てくるものでもあります。
それがどうしたことか書いておりますように『佐久那太理(さくなだり)に落ち多岐つ(おちたぎつ』というフレーズの後で急に次の言葉が出て
来なくなりました。
続く言葉は『速川の瀬に坐す瀬織津比売と言ふ神(はやかわのせにますせおりつひめというかみ』というフレーズなのですが、本当にど忘れした
かのように詰まってしまったのでした。
何秒か止まってしまい、必死で次の言葉を思い出そうとしても出て来ず、結局は神拝詞を取り出しそこの部分を奏上させて頂きました。
そんな経緯があったものですから、これはどうしたことだろうと思い大神にうかがってみた訳です。
答えは言われたように、何処かの社に坐す一柱等の瀬織津比売を指しているのではなく、これより後、祓いとしての本来の役割としての神の部分を
指しているとのことでした。
言われております言葉はわかりますが、その意味するところ、本当の所は自分にはまだわかりません。
これも今後、それこそ後になってみて初めて、こういうことを言われていたのかとわかるのかも知れません。
追って沙汰する この言葉こそその事を指し示しておるのとかとも感じております。
その次には、昨日まで続けて出て来ておられた女神、ガイアが三度お言葉を授けて下さったようでした。
ここでいわれる地、水、風、火というのはどうやら四つの元素からなるとされる概念をいわれたものかもしれません。
そう考えると地ではなく土なのかもしれませんが、この度は地と頭へ入ってきました。
自分自身がこの四元素というものの知識が殆どありませんので、どのように解釈するのか、これもまたわからないのですが今回は頭でわかるよりも
身体、体感として理解してほしいと言われたようでした。
とは言え、体感と言われても、これまたどのように感じれば良いのかさっぱりわからないのですけれどね;。
ただ、水は日々お世話になっておるものですし、風は吹くのを感じております。
地、土はそれこそこの大地でしょうか。
火、これもまた日常に使わせて頂いておるものです。
このような体感しか今のところはわかりませんけれど、もっとハートで感じ取れるようになりなさいということでしょうか。
どうにも今日のお言葉はこれまで以上に理解し難いもののようですね。
その中で殊に水は、大神にも言われましたように瀬織津比売とも大いに関係するものでもあります。
どうやら今後、この「水」に関することが大事になってくるのかもしれません。
先日よりお伝え致しております五月十四日月曜日午前十時より出雲大社例大祭が斎行されます。
ご参列ご希望の方がおられましたら下記までご連絡下さいませ。
追って詳細をお伝えさせて頂きます。
kimikimiblue13@gmail.com
ご参列の程、お待ち申し上げております。
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
全国的に気温が上昇、まるで夏を思わせるところもあったようですね。
多くの方が言われているようにこれで夏が来ると一体どうなるのやら、そんなことを思わせるお天気でした。
それでも空にはだんだんと雨が近いことを感じさせる巻雲が多く見られました。
気温も少しは下がるかもしれません。
日々多くの方のブログを拝読させて頂いておるのですが、今朝さとうみつろうさんのブログを読んでおりますと今日は「地球の日」という事を書か
れておりました。
誰がどんなところへいようとそれは必ずこの地球の中、ということ。
そう、アメリカだろうと南極だろうとアフリカの奥地であっても、どこでもそこは地球の中。
至極当然のことなのですが、そうなんですよね。
この自分たち全員地球の中に居ますという感覚、この感じを昨夜自分は空の星を眺めながら感じておりました。
誰がどう言っていようと何をしていようと、貴方も私もこの星の中で暮らしているという事実。
何が言いたいんだと言われそうですけれど、それだけです、ということです。
なにをどうしていても、自分達は今この地球という星の中で暮らしております。
仲良くしている誰かさんがいれば、大嫌いな誰かも居る、でもみんなおんなじ星の中。
そんな感覚を感じておった、という本当にそれだけの話です。
でもそう考えると、なんだかどこかで何がしかが繋がってるんじゃない、という風にも感じたりします。
「アースディ」 地球自身?から、ちょっとだけ感じ取ってほしいんだけど、と言われたのかもしれません。
はい、毎度のまずい絵;でございます。(苦笑)
わかりますかね;?
こんな感じの絵をご覧になられたことはありませんか?
実は中学生の頃、夏休みの宿題か何かでポスターを描いてきなさいみたいものがあり自分は地球から大きな芽が出ているのを描いた覚えがあります。
その地球を下から手で支えているという絵です。(あ~、超下手っぴな絵;)
題材はなんであったのか肝心のところを覚えていないのですけれど、何か世界の平和みたいなものだったかと思います。
それで、この絵を描きました。
地球が割れてるのは、どうかいな;なところですけれどね;。
それから何年かして同じような感じの絵を見た覚えがあります、それも別々の方が描いたと思しき絵でした。
これも何が言いたいかといえば、全く関係ない人の間であっても同じような感覚を覚えることがあるのではということです。
もっと言ってしまえば、シンクロニシティということになるのでしょうか。
何かを考える時、それこそ何処ぞのクラウドに自分の感覚がアクセスして同じような事柄をダウンロードしてくるのではないのかという事です。
これとて、で、何が言いたい?と問われれば、いえそれだけの話です、ということなんですけれどね;。
すみません、クドクドと分けわからぬ事を並び立ててしまいました;。
いつにない暑さで少しおかしくなったんだねぇ、と思っておいて下さいませ。(笑)
巻雲が出る時は、どこかしら不思議な雲も多くみられるように感じます。
上の三角に見える雲は肉眼ではわずかに彩雲となっておりました。
その下の2枚はどことなく龍の頭部を思わせるようでした。(自分だけですけれど;)
続いてのは、これ最初は長い方の雲が、まるで龍みたいと思ったのですが。
夕方歩きながら見ているうちに、下の方の雲がどこかイルカのように思えて「あ、エーヴィン?!」と感じると、すかさず‘ばれた?’と頭へ
言葉が浮かびました;。
そう、エーヴィンが雲に似せて龍と戯れているようでした。
この時に
‘ 君たち人間は実際にある物しか信じられない人もいるけれど
僕たちはこうして君たちにわかるような形で
そばにくることもあるんだよ
これを感じ取ってほしいな ’
とも言われたようでした。
ちなみに龍に見えた?雲は、もしかしてテラ?と尋ねると
「あれは仲間のにいさんの龍やね 雨降らす前に出てきはったんやろね」
とのことでした。(ほんまかいな;)
いずれにしても見えているのはただの雲ですが、それをどのように感じるかで受け取るものも変わってくるようにも思えます。
それを感じてみて頂きたいですね。
いつもと順序が逆になりましたが朝は祝詞奏上致し、その折に感じたことがありました。
大祓い(の祝詞)の最中 瀬織津比売(せおりつひめ)の直前 佐久那太理(さくなだり)に落ち多岐つ(おちたぎつ)の後で急に詰まる
言葉が急に出てこない
普通スラスラ出てくるところが全くだめ
神拝詞集(しんぱいししゅう)を取り出して やっと読み上げながら確認する
大神にうかがう
〝 瀬織津 これより(そなたに)関係してくる
心せよ 〟
どこかの場所(神社等)の比売?
〝 小さいところ 場所をいうのではない
祓いとしての 役割としての
より大儀な部分の役割である
追って 沙汰する
ガイアという(神)も 関係致す 〟
下から突き上げるエネルギー いつもより強い
“ 空に水(水蒸気)があって 雲がわき 雨を降らします
地と水 風 火
切っても 切れぬ関係なのです
概念としてではなく 体感そのものとして
この要素を感じて下さい
この地球に遍くある水
無いと思われている砂漠ですら 水は存在します
その大いなる役割を感じて下さい ”
毎晩被る一杯の水に感謝することが瀬織津比売の神に通じていたのか?
毎日祝詞を奏上致す中の一つに「大祓詞」(おおはらい)というものがあります。
ご存じの方もおられるかもしれませんけれど、神道の中で一番大事とされております祓いの言葉、その祝詞ということになります。
毎日奏上致すものですし、当然何も考えずとも口からついて出てくるものでもあります。
それがどうしたことか書いておりますように『佐久那太理(さくなだり)に落ち多岐つ(おちたぎつ』というフレーズの後で急に次の言葉が出て
来なくなりました。
続く言葉は『速川の瀬に坐す瀬織津比売と言ふ神(はやかわのせにますせおりつひめというかみ』というフレーズなのですが、本当にど忘れした
かのように詰まってしまったのでした。
何秒か止まってしまい、必死で次の言葉を思い出そうとしても出て来ず、結局は神拝詞を取り出しそこの部分を奏上させて頂きました。
そんな経緯があったものですから、これはどうしたことだろうと思い大神にうかがってみた訳です。
答えは言われたように、何処かの社に坐す一柱等の瀬織津比売を指しているのではなく、これより後、祓いとしての本来の役割としての神の部分を
指しているとのことでした。
言われております言葉はわかりますが、その意味するところ、本当の所は自分にはまだわかりません。
これも今後、それこそ後になってみて初めて、こういうことを言われていたのかとわかるのかも知れません。
追って沙汰する この言葉こそその事を指し示しておるのとかとも感じております。
その次には、昨日まで続けて出て来ておられた女神、ガイアが三度お言葉を授けて下さったようでした。
ここでいわれる地、水、風、火というのはどうやら四つの元素からなるとされる概念をいわれたものかもしれません。
そう考えると地ではなく土なのかもしれませんが、この度は地と頭へ入ってきました。
自分自身がこの四元素というものの知識が殆どありませんので、どのように解釈するのか、これもまたわからないのですが今回は頭でわかるよりも
身体、体感として理解してほしいと言われたようでした。
とは言え、体感と言われても、これまたどのように感じれば良いのかさっぱりわからないのですけれどね;。
ただ、水は日々お世話になっておるものですし、風は吹くのを感じております。
地、土はそれこそこの大地でしょうか。
火、これもまた日常に使わせて頂いておるものです。
このような体感しか今のところはわかりませんけれど、もっとハートで感じ取れるようになりなさいということでしょうか。
どうにも今日のお言葉はこれまで以上に理解し難いもののようですね。
その中で殊に水は、大神にも言われましたように瀬織津比売とも大いに関係するものでもあります。
どうやら今後、この「水」に関することが大事になってくるのかもしれません。
先日よりお伝え致しております五月十四日月曜日午前十時より出雲大社例大祭が斎行されます。
ご参列ご希望の方がおられましたら下記までご連絡下さいませ。
追って詳細をお伝えさせて頂きます。
kimikimiblue13@gmail.com
ご参列の程、お待ち申し上げております。
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。