kmitoh 春夏秋冬

水生生物雑記帳・男鹿半島幻想・接写と拡大写真

漂流瓶(ひょうりゅうびん)(1)

2020-03-02 10:34:07 | 境界


 別名、海流瓶(かいりゅうびん)
 海に流し、拾った人に、中に入れたハガキにその場所・日時を書いて送り返してもらい、海流調査をする。

 それとは別に、見知らぬ人と友達になりたいと流したりもする。
 そのとき、入れた手紙に、「私はXX歳の男性です」と書いてはいけない。
拾ってもらえるのが何十年あとになるかもしれないのだから。

 いまは、インターネットが漂流瓶の役割をしているし、
金さえあれば実際に行くこともできる。
 
備考
 内容がわかるような透明な瓶でないと拾ってもらえないが、
絵のような一升徳利(いっしょうとっくり)でも、漂着物を集めている「磯乞食(いそこじき)」と
呼ばれる人は拾うかもしれない。
 私は一度だけ、朝鮮半島から流れてきた漂流瓶を拾い、手紙を出したことがある。


使用フリーソフト
 3Dソフト Blender 2.82


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庚申塚(こうしんづか)

2020-02-27 12:27:04 | 境界

(A)




(B)


(C)

 新型ウイルスが流行している。
自宅から隣の馬生目(ばしょうめ)集落に続いている山道脇の
小さな石碑が気になり、確認しに行ってきた。
 道祖神(どうそじん)だと思っていたが、庚申塚であった。

 道祖神は、村境などの道端に祀(まつ)られて、
異郷から入ってくる神や霊を迎え、流行病や悪霊を防せぐ。
別名、塞の神(さいのかみ)ともよばれる。

 また、庚申塚(こうしんづか)は、青面金剛(しょうめんこんごう)を祀ってはいるが、
道祖神と習合(しゅうごう)、つまりひとつのものにまとめられていることが多い。

 ここでは、庚申塚 = 道祖神 なのだろう。
 
 現在のウイルスが侵入するのを入り口で防ごうとしている姿は、
昔からの道祖神信仰とかさなる。


自分用の備考
●Aの石碑には、「天保十四」と彫(ほ)られているようなのだけれど、
  天保には庚申の年がないから、ちがうのだろう。
●Aは、椿(つばき、地名)と書いたが、よくわからない。
●Bは 「右 船川(ふながわ)、左 金川(かねがわ)」 と彫られた標柱があったので確かだが、
  金川への道は杣道(そまみち)、つまり獣道(けものみち)のようになっていた。
●青面金剛の頭が尖っているのは、激しい怒りのために逆立った怒髪なのだろうか。


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神の正体

2020-02-05 11:56:06 | 境界


 神の正体、それはウイルスなのかもしれない。

 1918年のウイルスによる「スペイン風邪」では、当時の世界人口18憶人のうち
1憶人が死亡したとみられている。
 人類を滅ぼしかねないウイルスだが、さまざまなところでウイルスのおかげを受けているし、
ウイルスがいなければ人類も生まれてくることはなかったという。
 
 神道の神が、穏やかで恵みを与える和魂(にぎみたま)と
荒れ狂い災害をもたらす荒魂(あらみたま)の二面性を持っているのと似ている。


(補足)哺乳類の胎盤は、自分と血液型の異なる子を育てることができる。
その機能を形成するシンシチンというタンパク質がヒトのゲノム(遺伝子)に潜む
ウイルス由来のものによる。

参考:「ウイルスは生きている」中屋敷 均 講談社現代新書

使用3Dフリーソフト
   Blender 2.81a
私の中のウイルスイメージ。


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神と仏の違い

2019-10-17 15:01:20 | 境界


 「神は在るもの、仏は成るもの」 だという。
 
 この分け方は、私にはよく理解できる。
 ただし、死ねば仏になるという意味ではない。

 仏も昔は人なりき
 我らも終(つい)には仏なり
 三身仏性(さんしんぶっしょう)俱(ぐ)せる身と
 知らざりけるこそあはれなれ
          -梁塵秘抄(りょうじんひしょう)-
          
 仏も昔は私たちと同じ人だったが、
修行をしてついには仏になることができた。
 人にはもともと仏になれる心が備わっているのだが、
それを知らずに仏道にはげまず生きていることは悲しいことである。

 つまり、修行して仏は「成る」もの。
 

参考:
    日本古典文学全集 小学館
    仏の発見  五木寛之・梅原猛  平凡社

使用3Dフリーソフト Blender 2.8
    あまりにも使用法が変わって難儀している。

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中央構造線

2018-10-28 09:29:11 | 境界




 最近読んだいくつかの小説に中央構造線が出てきたけれど、
地理にうとい私は、意味がとれず苦労した。
 その後、線上をさまよっている夢でうなされはじめた。

 そこで精神的外傷治療のため、中央構造線を「適当に」描いてみた。



 地図は、大鹿村中央構造線博物館ほかを参考にはしたが、
いうまでもなく私のイメージにすぎない。
 教科書に載っているくらいだから確定したものだとおもっていたが、
いろいろな学説が発表されている。

「糸魚川・静岡構造線」と「柏崎・千葉構造線」の間が「フォッサマグナ」である。
これも単純明快なものではなく、
とりあえず矮小な私の頭に入れるために線を引いただけである。


 地図作成フリーソフト カシミール Ver.9.3.3 使用。
 絵画フリーソフト Gimp 2.10.6 使用。
 

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