「まあ、メイじゃないの?さあ、早く入っ
て。そんなところでぐずぐずしてないで、ほ
らあなた、カレー料理が大好きらしいじゃな
いの。メリカおばさんに聞いたわ」
聞きおぼえのある声を耳にしたメイは一瞬
入室をためらう。
宇宙船が、湖に不時着。それから良くない
ことばかり起きた。そのことを思い起こすと、
こんなところで、母のアステミルに会うなん
てことは、まるでありそうもないことだった。
メイはなにがなんだかわからなくなり、こ
ころの整理がつきそうもない。
しかし、ひとつずつ堅実に、その真偽を確
かめようと試みた。
左手は依然として、開け放たれた、重々し
いドアの取っ手をにぎったまま。いつでも逃
げられるよう備えをおこたらない。
「お・か・あ・さ・ん?」
ひと文字ひと文字、言葉が途切れてしまう。
「そうよ、なに、わかりきったこと言って
るの?ちょうど食事の時間だったのよ。いい
ところへ来たわ」
あまりに自然な口調でしゃべられると、こ
ころにわいた疑いなど、どうでもいいように
思える。
ここは、どこから見てもマンションのダイ
ニングルーム。紺のエプロンのひもをしっか
りと腰に巻きつけた中年の女性が、忙しそう
に台所で立ち働いている。
時折、ちらちらとメイを見る。
彼女のまなざしはいかにも優しげで、メイ
のすべてを受け入れてくれそうに思える。
自分がいま、よって立つ場所が、いったい
どこなのか、メイは分からなくなってしまう。
今は戦時下、ここはぜったい、断崖絶壁の
内部なんだ、と言い張ってみるが、カジュア
ルな服装の母を見ると、これこそが現実だと
思いたくなる。
銀色の宇宙服は、これ見よがしに、ダイニ
ングテーブルわきの椅子に掛けてある。
アステミルのそばのドアがふいに開き、ひ
とりの男があらわれた。
「あら、ポリドン、お帰りなさい」
「ただいま」
アステミルは料理の手を休めた、
男は彼女に近づくと、彼女の体を抱き、
「今さっき、メイが来たろ?」
と訊いた。
「ええ、ほら、そこにいるでしょ。わたし
たちの宝物ね、メイって」
「そうだよ、大事な、大事な娘さ」
あやうくメイは目がまわりそうになった。
(そんなに大事な娘だったら、どうしてひ
とりぽっちにしたのよ)
メイはそう叫びたくなる。
「メイ、いったい、どうしたんだ。そこに
誰かいるのか。気をつけて。騙されないよう
にするんだっ」
背後で、ニッキが語気強く、メイに注意を
うながす。
(まぼろしを見ているんだわ。足を踏みい
れたとたん、わたしは奈落の底に落ちてしま
う……、きっとそう……)
メイがそう確信したとき、目の前の風景が
すべて消え去ってしまい、真っ暗になった。
小石でも上から落ちたのだろう。
部屋の床がカンカンと響いた。
「あっ、だめっ、あなたたち、どうして行っ
てしまうの?」
なじみのあるリス、それにピーちゃんまで
もが、メイのわきをすり抜け、そして闇に消
えた。
メイは落胆した。今まで、彼女が経験した
ことがない喪失感だった。
どれくらい時間が経ったろう。
とても長く思えたが、ほんとはほんの少し
の時間だったかもしれない。
「メイ、よく来たね。待ってたよ。ちょっ
と待ちくたびれたけれどね。ここはきみのふ
るさとの星だ。さあ、きみの好きなようにな
んだってできる。女王さまとして君臨したっ
てかまわないんだよ」
ふいに、かん高い声がした。
闇の中……、そうさっきまでアステミルが
いた台所あたりがぼうっと明るい。
淡い光を受けて、ずんぐりした人影が壁に
映っている。
驚きのあまり、メイは何も言えず、その人
影を見つめるばかりだ。
急にニッキの背後があわただしくなった。
複数の靴音が迫ってきて、メイやニッキの
周りをすばやくかためた。
黒装束の一団。フードで顔を隠している。
「心配しないでください。何があってもわ
たしたちがお守りしますから」
ひとりがフードをはすし、小さなスポット
ライトで自分の顔を照らし出すと、顔じゅう
ひげだらけの男が現れた。
「おお、きみは……」
ニッキは目をまるくし、急ににこにこした
顔つきになった。
て。そんなところでぐずぐずしてないで、ほ
らあなた、カレー料理が大好きらしいじゃな
いの。メリカおばさんに聞いたわ」
聞きおぼえのある声を耳にしたメイは一瞬
入室をためらう。
宇宙船が、湖に不時着。それから良くない
ことばかり起きた。そのことを思い起こすと、
こんなところで、母のアステミルに会うなん
てことは、まるでありそうもないことだった。
メイはなにがなんだかわからなくなり、こ
ころの整理がつきそうもない。
しかし、ひとつずつ堅実に、その真偽を確
かめようと試みた。
左手は依然として、開け放たれた、重々し
いドアの取っ手をにぎったまま。いつでも逃
げられるよう備えをおこたらない。
「お・か・あ・さ・ん?」
ひと文字ひと文字、言葉が途切れてしまう。
「そうよ、なに、わかりきったこと言って
るの?ちょうど食事の時間だったのよ。いい
ところへ来たわ」
あまりに自然な口調でしゃべられると、こ
ころにわいた疑いなど、どうでもいいように
思える。
ここは、どこから見てもマンションのダイ
ニングルーム。紺のエプロンのひもをしっか
りと腰に巻きつけた中年の女性が、忙しそう
に台所で立ち働いている。
時折、ちらちらとメイを見る。
彼女のまなざしはいかにも優しげで、メイ
のすべてを受け入れてくれそうに思える。
自分がいま、よって立つ場所が、いったい
どこなのか、メイは分からなくなってしまう。
今は戦時下、ここはぜったい、断崖絶壁の
内部なんだ、と言い張ってみるが、カジュア
ルな服装の母を見ると、これこそが現実だと
思いたくなる。
銀色の宇宙服は、これ見よがしに、ダイニ
ングテーブルわきの椅子に掛けてある。
アステミルのそばのドアがふいに開き、ひ
とりの男があらわれた。
「あら、ポリドン、お帰りなさい」
「ただいま」
アステミルは料理の手を休めた、
男は彼女に近づくと、彼女の体を抱き、
「今さっき、メイが来たろ?」
と訊いた。
「ええ、ほら、そこにいるでしょ。わたし
たちの宝物ね、メイって」
「そうだよ、大事な、大事な娘さ」
あやうくメイは目がまわりそうになった。
(そんなに大事な娘だったら、どうしてひ
とりぽっちにしたのよ)
メイはそう叫びたくなる。
「メイ、いったい、どうしたんだ。そこに
誰かいるのか。気をつけて。騙されないよう
にするんだっ」
背後で、ニッキが語気強く、メイに注意を
うながす。
(まぼろしを見ているんだわ。足を踏みい
れたとたん、わたしは奈落の底に落ちてしま
う……、きっとそう……)
メイがそう確信したとき、目の前の風景が
すべて消え去ってしまい、真っ暗になった。
小石でも上から落ちたのだろう。
部屋の床がカンカンと響いた。
「あっ、だめっ、あなたたち、どうして行っ
てしまうの?」
なじみのあるリス、それにピーちゃんまで
もが、メイのわきをすり抜け、そして闇に消
えた。
メイは落胆した。今まで、彼女が経験した
ことがない喪失感だった。
どれくらい時間が経ったろう。
とても長く思えたが、ほんとはほんの少し
の時間だったかもしれない。
「メイ、よく来たね。待ってたよ。ちょっ
と待ちくたびれたけれどね。ここはきみのふ
るさとの星だ。さあ、きみの好きなようにな
んだってできる。女王さまとして君臨したっ
てかまわないんだよ」
ふいに、かん高い声がした。
闇の中……、そうさっきまでアステミルが
いた台所あたりがぼうっと明るい。
淡い光を受けて、ずんぐりした人影が壁に
映っている。
驚きのあまり、メイは何も言えず、その人
影を見つめるばかりだ。
急にニッキの背後があわただしくなった。
複数の靴音が迫ってきて、メイやニッキの
周りをすばやくかためた。
黒装束の一団。フードで顔を隠している。
「心配しないでください。何があってもわ
たしたちがお守りしますから」
ひとりがフードをはすし、小さなスポット
ライトで自分の顔を照らし出すと、顔じゅう
ひげだらけの男が現れた。
「おお、きみは……」
ニッキは目をまるくし、急ににこにこした
顔つきになった。