油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

かんざし  その3

2021-07-14 22:05:18 | 小説
 敬三宅につづく坂道。
 収穫したばかりの梅の実を、敬三はふたつ
の米袋にほぼ等分に入れ、持参した一輪車の
上にのせた。
 二枚の青いシートは、できるだけ小さく折
りたたみ、米袋の下にしいてある。
 原木からつんできたシイタケは、彼の腰に
結わえた竹かごに入っている。
 来るときは、一輪車に乗ることに固執した
はるとだった。
 だが、帰りはなぜか乗ろうとしない。
 敬三の少しあとからとぼとぼと歩いた。
 町の給食センターが坂下に見える。
 車が好きなはるとらしく、駐車場にならん
だ大型トラックを、ものめずらしげにちらと
見つめる。
 子どもらしいはつらつさが、行きと帰りで
急速に消失している。
 はるとが元気をなくす原因がどこにあるか、
敬三は梅林の台地で起きたことを、逐一ふり
かえってみるが、どう考えてもさしたる理由
がなさそうに思えた。
 「どうしたんだ、なんだかうかない顔だな。
けっこう虫が取れたんだろ。もっとうれしそ
うにしなきゃ、じいじだって、つまらん」
 「うん……」
 「そんな顔、お前の母さんが見たら、なん
ていう?じいじだって、洋子にふきげんな面
でじっと見つめられるのは、いやだな。何が
あったのか知らんが、ここはもっと子供らし
くしてくんろ。もう最終学年なんだから、じ
いじの気持ち、わかるっぺ」
 軽乗用車どうしなら対向できるだけの幅を、
坂道は持っている。
 法事では、この道を、大型バスがたくさん
の人を乗せ、墓地まで行きつ戻りつする。乗っ
ている者はひやひやだろうけれども。
 ふいにぶうっと軽いエンジン音がして、大
通りのほうから、トラックがあがってきた。
 敬三の顔見知りだったのだろう。
 すれちがいざま、敬三は相好をくずし、JA
のキャップをかぶった年配の男に、こくりと
首をふった。
 キキキキ、キッ。
 敬三の背後で、今すれ違ったばかりのトラッ
クが、突然ブレーキをかけた。
 ふりむくと、はるとの姿が見えない。
 敬三はあわてた。はねられでもしたか、と
トラックの前に歩みでた。
 運転していた男がにやにやしている。
 ほら見ろ、と言わんばかりに、車の前方を
ゆびさす。
 はるとが顔をおおい、道の真ん中でうずく
まっていた。
 「わるかったない、よっさん。おらちの孫
はほんと、何を考えとるのかわかりゃせん」
 そう言いながら、敬三ははるとを抱き起し
にかかった。
 はるとはいやいやをするように、両の手で
万歳をした。
 はるとのかわいらしいへそがまるだしになっ
ている。
 「ぼく、これからは気をつけるんだよ。車
の前にはぜったいとびこんでくるんじゃない」
 「だって、ぼく、ぼく……、見たんだもん。
おじちゃんのわきにすわってる、紅い着物を
きたおねえちゃんが、ぼくにおいでおいでっ
てね、手まねきしたんだもん」
 「ばか言うんじゃねえ、そんなの、この車
にのっけてねえから……。めんこいがきでも
ねえのにわけの分からないこと言って」
 よっさんは、くわえていた煙草を、器用に
くるくるまわしてから、右足のペダルを強く
踏み込んだ。
 車は一気に急坂をのぼりきっていく。
 慣れないことをして、はるとはさぞ疲れた
に違いない。
 敬三はそう思った。
 「さあ、じいじがのっけてやるから、はよ
うはよう」
 敬三ははるとを両手で抱きかかえた。
 「あっ、靴が、ぼくの靴が……」
 はるとは左足のズック靴がなくなっている
のに気づいて叫んだ。
 敬三がはるとを地面におろした。
 はるとはじっと後ろを見ていた。
 坂道の曲がり角に設置された、凸面鏡の近
くにあったらしい。
 はるとはあったあったといい、けんけんし
ながらその場所まで行った。
 路上にすわりこみ、ズック靴をはいた。
 しかし、まだ何か用があるのか、はるとは
なかなか立ち上がらない。
 敬三の眼にきらりと光るものが見えた。
 はるとはそれを、そっと、腰のあたりにし
まいこんだ。
 「はると、何か拾ったんかい?」
 「ううん、なんにも。じいちゃん、ぼく先
に行ってるから」
 はるとは大声でいい、一目散に敬三の家の
庭先までかけた。
 
コメント (1)
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