根本洋子の退職が、西端修が、洋子を、夜
の歓楽街にさそったことと関わりがあるので
はないか。
実際、洋子は不馴れなカクテルをたくさん
飲みすぎて酔ってしまい、前後不覚におちい
った。
タガが外れたごとく、常日頃、洋子が修に
ついて思っていることが、一挙に噴出してし
まったようだった。
誰がみても醜態ととらえられてしまう行動
に洋子を走らせた。
知らない人がこの件を聞けば、
「どうして若い女性新入社員を、カクテル
バーに連れて行ったりしたのよ、ばかね」
と言うに違いない。
まさしく軽率な行動だった。
洋子の提出した退職届けには、一身上の都
合としか書かれていなかったけれど、それだ
けにますます、修のこころに罪の意識が芽生
えた。
(ほんとうにわるいことをしてしまった。ど
んな形でもいい。洋子が立ち直るのを助ける
方法はないだろうか)
修の勝手な妄想が、彼の心の奥から、ふつ
ふつとわきだし、みずからを苦しめた。
修の憂鬱な日々の始まりだった。
宇都宮市屋板町……。
修の頭の中で、これら漢字七文字が、その
居場所を確固としたものにするのに大した時
間がかからなかった。
ただ、続く番地が不明である。
いや、総務課長の立場上、西端修がそれを
むりに知ろうと思えば不可能ではなかったが、
あえて修は究明しなかった。
実際、彼女の自宅を訪ねても、
「何でしょう。何かご用でしょうか、会社
とはもう関係がありませんもの。あなたにお
会いする理由があるとは思えません」
そっけなく洋子がそういえば、修は返す言
葉がなかった。
若い、嫁入り前の女性である。
中年男が彼女の周辺をうろつくのは、はば
かられた。
勝手気ままに屋板町をあちこち訪ねるのが
いちばんだと修は思い、修は直属の上司に一
週間の有給休暇を願い出た。
「お休みが欲しいんだ、西端さん。あなた
課長でしょ?ごじぶんの立場というものがお
分かりになって?」
「はい、じゅうぶんに知っております。で
すから、春先はかなりむりしました。ほんと
疲れたのです。新しい店もなんとか営業して
いるようですし、ここで英気を養いたいと思
いまして」
「まあね、そういわれれば、わたしだって
返す言葉がないわ。あなた、がんばってくれ
たものね。うふふ」
大塚啓子部長は、眼鏡の奥に、優しいまな
ざしを浮かべて言った。
「はあ、いえ。それほどでもありませんが」
修はどぎまぎして、答えた。
休暇一日目、修は屋板町をぶらりと訪ねた。
町の運動公園の駐車場にフィットをとめた。
週末の土曜とあって、テニスや野球に興じ
る若人の姿が多い。
じかに洋子に出くわしたりしても、具合が
わるい気がする。
修は、少し離れたところから、彼らの様子
を見守ることにした。
ひょっとして、洋子がいれば、修に声をか
けてくるかもしれない。
そんな淡いのぞみを、修は抱いた。
彼らからちょっと離れて、ぐるりと歩く。
正門の西側に、高架になっている東北新幹
線と交わる道路がある。
修はいったん門の手前で立ちどまり、後ろ
をふりかえった。
誰も修を呼びとめたりはしない。
日光連山からの山おろしが時おり、ひゅう
と吹きすぎていき、期待で熱くなった修のこ
ころを冷やした。
たちまちに黒雲がもくもくとわき起こる。
ぴかりぴかりと稲妻を生みながら、辺り一
面をおおっていく。
ふと修の脳裏に、立松和平さんの小説「遠
雷」の一場面がよみがえった。
の歓楽街にさそったことと関わりがあるので
はないか。
実際、洋子は不馴れなカクテルをたくさん
飲みすぎて酔ってしまい、前後不覚におちい
った。
タガが外れたごとく、常日頃、洋子が修に
ついて思っていることが、一挙に噴出してし
まったようだった。
誰がみても醜態ととらえられてしまう行動
に洋子を走らせた。
知らない人がこの件を聞けば、
「どうして若い女性新入社員を、カクテル
バーに連れて行ったりしたのよ、ばかね」
と言うに違いない。
まさしく軽率な行動だった。
洋子の提出した退職届けには、一身上の都
合としか書かれていなかったけれど、それだ
けにますます、修のこころに罪の意識が芽生
えた。
(ほんとうにわるいことをしてしまった。ど
んな形でもいい。洋子が立ち直るのを助ける
方法はないだろうか)
修の勝手な妄想が、彼の心の奥から、ふつ
ふつとわきだし、みずからを苦しめた。
修の憂鬱な日々の始まりだった。
宇都宮市屋板町……。
修の頭の中で、これら漢字七文字が、その
居場所を確固としたものにするのに大した時
間がかからなかった。
ただ、続く番地が不明である。
いや、総務課長の立場上、西端修がそれを
むりに知ろうと思えば不可能ではなかったが、
あえて修は究明しなかった。
実際、彼女の自宅を訪ねても、
「何でしょう。何かご用でしょうか、会社
とはもう関係がありませんもの。あなたにお
会いする理由があるとは思えません」
そっけなく洋子がそういえば、修は返す言
葉がなかった。
若い、嫁入り前の女性である。
中年男が彼女の周辺をうろつくのは、はば
かられた。
勝手気ままに屋板町をあちこち訪ねるのが
いちばんだと修は思い、修は直属の上司に一
週間の有給休暇を願い出た。
「お休みが欲しいんだ、西端さん。あなた
課長でしょ?ごじぶんの立場というものがお
分かりになって?」
「はい、じゅうぶんに知っております。で
すから、春先はかなりむりしました。ほんと
疲れたのです。新しい店もなんとか営業して
いるようですし、ここで英気を養いたいと思
いまして」
「まあね、そういわれれば、わたしだって
返す言葉がないわ。あなた、がんばってくれ
たものね。うふふ」
大塚啓子部長は、眼鏡の奥に、優しいまな
ざしを浮かべて言った。
「はあ、いえ。それほどでもありませんが」
修はどぎまぎして、答えた。
休暇一日目、修は屋板町をぶらりと訪ねた。
町の運動公園の駐車場にフィットをとめた。
週末の土曜とあって、テニスや野球に興じ
る若人の姿が多い。
じかに洋子に出くわしたりしても、具合が
わるい気がする。
修は、少し離れたところから、彼らの様子
を見守ることにした。
ひょっとして、洋子がいれば、修に声をか
けてくるかもしれない。
そんな淡いのぞみを、修は抱いた。
彼らからちょっと離れて、ぐるりと歩く。
正門の西側に、高架になっている東北新幹
線と交わる道路がある。
修はいったん門の手前で立ちどまり、後ろ
をふりかえった。
誰も修を呼びとめたりはしない。
日光連山からの山おろしが時おり、ひゅう
と吹きすぎていき、期待で熱くなった修のこ
ころを冷やした。
たちまちに黒雲がもくもくとわき起こる。
ぴかりぴかりと稲妻を生みながら、辺り一
面をおおっていく。
ふと修の脳裏に、立松和平さんの小説「遠
雷」の一場面がよみがえった。