油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その56

2020-06-16 02:46:22 | 小説
 イノシシがえさを求めて、雪の積もった地
面を掘り起こしたのだろう。
 木や草の根っこがむきだしになっているの
で、メイは歩きにくくてしかたがない。
 「イノシシさんたちって、まったくいやだ
わ。こんなに穴ぼこだらけにするんですもの。
お気に入りのピンクのブーツも、たちまちど
ろんになっちゃったじゃない。それにね、こ
れじゃどこをどう通って行けばいいか、わか
らないでしょうが」
 突然、メイは暗い気持ちにおそわれた。
 何もかも、もうどうでもいいように思えて
しまい、前へ前へと進む気力をなくしそうに
なった。
 「あなたには大きな使命があるの、なんて
さ。もうやめてよ。お母さんだか、誰だか知
らないけどね。おかげでわたし、今まで前ば
かり向いて暮らしてきたわ」
 メイはわめくように言った。
 きっと、母の言葉が、かなりの負担になっ
ていたのだろう。
 まるで泉のようにメイの目じりから、温か
な液体がじわりじわりとわきだしてくる。
 「ええい、こんなもの。わたし頼ったりす
るもんですか」
 メイは首からつるした小袋のひもを、思い
切り引っぱった。
 ひもはちぎれてしまい、小袋がパサリと凍
てついた地面に落ちた。
 (確かにこの小石たち、何かパワーを持っ
てるんでしょうね。でもね、石は石。ほんと
うに頼れるのは、自分自身しかないんじゃな
いかしら。でも、だめなわたし。ケイのこと
だって、がんばって友だちになりたいと思っ
たけど……)
 ズボンのお尻が濡れるのもかまわず、メイ
はどさっと横倒しになったもみの木の幹に腰
かけた。
 小枝に降り積もっていた雪が、パラパラと
落ち、凍りついて板のようになった雪の上を
ころがっていく。
 森の朝夕はよほど寒いらしい。
 強い風に吹かれたのだろうか。
 メイの頭の上の空をおおっていた灰色の雲
がいずこかへ去って行くと、それまで待ちか
まえていた日の光りが、荒れはてた森に差し
込みはじめた。 
 (まあ、なんてきれいなんでしょう。氷の
粒がまるで真珠みたいに)
 メイは鳴きだしそうになった。
 ピーちゃんの子が急いで飛んで来て、メイ
のそばにとまった。
 つづいて、もう一羽。
 「まあ、ピーちゃん、ピーちゃんじゃない
の。よく飛べたわね。むりしないで。今まで
さんざん飛びまわって、わたしのために尽く
してくれたんだから」
 ピーちゃんはそれに応えるように、ピピー
っと鳴いてから、
 「何か大変なことが起こりそうなの。あの
洞窟がね」
 不意に、グワングワンと奇妙な音が辺りに
響くと、ピーちゃん親子はわっと飛びたって
しまった。
 「ちょっと待ってどこへ行くというの。あ
なたたちがいないと、わたしこれからどうす
ればいいかわからないわ」
 ブイッブイッ。
 いつの間に来たのか、イノシシの親子連れ
が姿をあらわした。
 おかあさんイノシシの華は、泥だらけ。
 「わっびっくりするじゃない。まったくあ
なたでしょ?ここを穴ぼこだらけにしちゃっ
て」
 とたんに、ウリぼうたちが三匹、メイのそ
ばに寄ってきて、ぶうぶう騒ぎ出した。
 「わかった。わかったって言ってるでしょ。
わたしもう、あなたたちのお母さんのこと責
めないから」
 ブイッ。
 母さんイノシシはメイのほうを向いて、ひ
と鳴きするとのっしのっしと歩きだした。
 子どもたちは、彼女のあとを一列になって
ついていく。
 「わかったわ。わたしはあなたについて行
けばいいのね」
 メイは、ぽんともみの木から飛びおりた。
 (ピーちゃんの子はいなくなったがイノシ
シさんたちがいる。きっとみんなのこころが、
つながってるんだ)
 メイは、しっかりと歩きだした。
 間もなく、メイのよく知っている風景が彼
女の前にあらわれた。
 「洞窟が近いわ。なんだか怖い」
 メイは身をかたくした。
 
 
 

 
 
  
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