くま(球磨川大水害)

2020-08-08 10:41:39 | 日記
 お暑うございます。梅雨明けはしたようですが、毎日どんよりとした空で、なんでも小笠原諸島での火山噴火の煙霧とか。慢性気管支炎という持病持ちの爺さんは、喉の調子がいまいちです。ダメ娘は、エアコンの冷気が落ちてくるとこで、昼寝です。
幼稚園が夏休みの孫娘は、「じいちゃん、本読んで!」というので『妖怪大百科』を読んであげてます。(もっとかわいらしいのを選べ! 爺さん)

 7月26日 福岡ユネスコ講演会を聴講してきました。 福岡ユネスコ協会は、元職場の同僚が、ほぼボランティアで事務局の運営をやっているので、応援で賛助会員になっています。と言っても、年間会費2000円で、年間2~3回は、文化講演会をやってくれて(主に九州山口出身者、又は九州山口で活躍している人、歴史文化芸術、、幅広く、、)、そのうち1回は無料。おまけに、発行しているブックレット1冊も無料ですので、爺さんは、ドナルド・キーンさんの講演録をいただいてきました。
遥かにリターンの方が大きいです。

 今回のテーマは『琉球沖縄史を見る眼ーなぜ「茶と琉球人」を書いたのか?-』 熊本県球磨出身の琉球大学准教授武井弘一氏。もともと3月に開催予定であったがコロナのため延期されていたもの。おかげで岩波新書『茶と琉球人』をじっくり読んだうえで聴講できた。
 昭和19年9月、沖縄那覇市の女教師であったHさんが母と幼い娘二人を連れて、今次の大水害にあった球磨村に疎開してくる場面から書き出される。そして、薩摩に支配されていた近世、緑豊かな田園風景があり、人々は”球磨茶”を愛飲していたこと。 

 現在、沖縄県においてたった一人の日本近世史研究者であると自認されている武井氏は、もと高校教師のプライドにかけて、遥か八重山諸島をはじめとして生徒10数名規模の出前授業で、1000人を超えた子供たちに話したそうである。ようやく50歳かという若い研究者がこんな取り組みをされている、、、まだまだ世の中捨てたものじゃないな、と爺さんは感じいるのであります。
 おだやかで真面目な公務員であった人が、退職後、突然、いわゆるネトウヨに変身したり、極端に政権批判者になったり、、、まぁ、心理はわからないわけではないけど、たまには、きちんとした話を聞いてみることも大事です。独りよがりの思考(一種のボケかも)に陥らないためにも。

 会場には、球磨川大水害の見舞金箱がありましたので、爺さんも、1000円入れてきましたよ。念のため。