画像は、大徳寺高桐院の庭園奥にある、細川三斎・ガラシャ夫妻の墓である、春日灯篭。元は利休秘蔵の灯篭でしたが、秀吉から譲るよう強要されたとか。利休は自ら灯篭の笠の部分を欠けさせることにより、秀吉の仰せを拒否。のちに利休切腹の折、形見として三斎に譲られたものです。
利休邸より移築した書院「意北軒」、三斎好み台目席の侘小座敷「松向軒」、加藤清正が朝鮮王城より持ち帰った礎石で作らせた「袈裟形おりつくばい」など、茶の湯文化が凝縮されています。大徳寺の多くの塔頭の中でも、利休の時代を直接肌で感じられる静かな聖域、高桐院へ一度足を運んでみませんか。
利休邸より移築した書院「意北軒」、三斎好み台目席の侘小座敷「松向軒」、加藤清正が朝鮮王城より持ち帰った礎石で作らせた「袈裟形おりつくばい」など、茶の湯文化が凝縮されています。大徳寺の多くの塔頭の中でも、利休の時代を直接肌で感じられる静かな聖域、高桐院へ一度足を運んでみませんか。
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