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腹が空いては愛は語れない

2016-08-22 21:00:00 | 人間としての修業
ワタリはこのブログ上では、かなり事細かく説明するのを心がけていますが、今回の件に関してはあまりにも多くの人間に言える事なので、あいまいにだけ話をします。

て言うか、以下かなり高次元的表現になるので、解りにくい!と言うクレームは一切受け付けません。

言いたい事はタイトルに集約されているんですが、愛を語るにしても趣味に没頭するにしても、それは全部心に余裕が有るからこそなせる技なんですよね。

心に余裕が有れば笑う事も出来るし、他人を世話する事も出来ます。

でも、この世の人間の大多数はそれに気が付いていないハリケーン魂で、余裕なんかなくて当たり前なのに自身の理想をおしつけて来る。

忙しくて他人をかまっている暇がないのに、どうして他人を優しくする事が出来るのか?
身なりもかまわず走り回っている人間に対して、自身と雑談をしろと言う人間は、他者と自分を分離して考える事が出来ない状態で有ると言う事を自らさらしている。

相手の手元を見ろ、相手の状態を察しろ。
それが出来る事が出来て、初めて自身の人間としての経験は積まれ、高次元化へ一歩近づく。

愛を語って欲しいのであれば、そう出来ない原因を探り、愛を語る事が出来るようにやってやれば良い。

我は良く言う、忙しい人からかまって欲しいと望むのであれば、そいつの仕事を手伝ってやれば良い。と。

結局はこう言うシンプルな事。いちじるしく現実的かつ可視領域的アプローチ。

言葉等ではなく、もっと、もっと現実的な働きかけが必要とされている。

だのに、何故にそれが解らぬ人間が多いのか?

ハリケーン魂など、しょせん若輩者の人間。
若い魂に年老いた魂の解っている事を理解しろと言う言う時点が酷な事で有ろう。

しかし、だからこそ我は若き魂に訴える。
腹が空いては愛は語れぬ。
忙し過ぎては愛は語れぬ。

走馬灯を見てからならば理解は出来ようが、生きている今の内に理解し行動に移せ。
走馬灯を見てからでは、何もこの世に出来る事はないのだから。

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