「イメージスケッチ」
(1)
(ドタキャンかよ…やってくれたよ)
ある日の日曜日、練馬潤一郎は名無ヶ丘団地にある喫茶店で、携帯を見つめて奥歯をかみ締めていた。今日は、友人の師岡(シオカ)達と会って遊園地へ行く予定だったのだが、30分前にメンバーの集まりが悪い事を理由に中止するというメールが来たのだ。その時、潤一郎は既に電車に乗っていたのだ。行き場を無くした潤一郎は、特にこれと言う理由もなしに、この団地に近い名無ヶ丘駅で降りて、ここまで来たのだ。途方に暮れた所で、この喫茶店に入った。
(これからどうしよう)
潤一郎は、フーッと長いため息を着いた。
天気は抜群で、お出かけ日よりだが、その青い空が何だか皮肉に思えた。
コーヒーの上に乗っかったソフトクリームを弄びつつ、ふと窓の向こうを見た。
(あいつは、ひょっとして)
スケッチブックを片手に鉛筆を動かしている1人の少女の姿が目に入った。
(2)
「霞田?」
思わず店を飛び出して、潤一郎は少女の所に行った。その人は潤一郎が高校2年の頃、同じクラスで3学期の終りになって知り合った霞田阪奈だった。彼女が描いていたのはベンチの上でギターを持った1人の少年だった。
「また変な所で会ったわね」
ああ、ありがとね、と潤一郎を一瞥した後、ベンチに座る少年に声をかける。
「相変わらず、絵描くの好きなのか?」
「うん。だらだら続いてる感じ」
霞田はスケッチブックを閉じると脇に抱えた。
「そっちの人は?」
「さっき会ったの。ここでギター弾いてる姿見たら急に描きたくなって」
それは凄い話だな…と潤一郎は思う。この少年の名前は、印台叔丘(インダイ ヨシタカ)と言った。
「そうだ、折角だから名無ヶ丘中央公園でも行こうか。こっから近いし」
彼女の提案で3人はそこへ行った。道すがら彼らは自分自身の紹介を軽くした。
(3)
「ギターに駄文作成に絵か…芸術の3つが揃ったって感じね」
霞田はふっと笑った。
「去年まで、あんたみたいな奴が近所に住んでいたんだけど、引っ越しちゃってさ」
「そっかー。そいつは惜しかったな」
きっと親しかったんだろう、と潤一郎は思う。一瞬だけ見せた霞田の表情がそう物語っていた。
「印台君は、ギター歴長いの?」
「3年くらいです」
訊けば、彼は高校1年生で中学の音楽の時間にギターと出会い、好きになったと言う。
「どう?1発、小説書ける気配は無いの?印台君をベースに」
「簡単に言うなよ」
唐突さは変わらないな、と潤一郎は思う。
「そう言えば〝東京渋谷W物語〟はどうなったの?復活させたの?」
「懐かしいな、っていうかよく覚えてるな」
潤一郎の第2の趣味である、「鉄道に乗る」というのを活かして、中学時代の部活で発表した作品だった。何かのキャラクターの名前からそんなタイトルをつけた記憶があった。
(4)
他愛も無い談笑を楽しんでいる中、不意に霞田が潤一郎に、
「この中身、見てみる?」
と訊いてきたので、彼はスケッチブックを受け取った。
「色々…」
描いているんだ、と潤一郎が言おうとした時、霞田は印台少年と楽しそうに話していた。彼は黙って沢山のページに描かれた絵を見る事にした。
(うわ、誰も居ない校庭に転がる1個のボールか。それに夕暮れ時とは…切ないなぁ)
潤一郎は、パラパラとページをめくって行く。
(団地街で遊ぶ子供達か…少子化だってのに居るんだな)
小さな公園でキャッチボールをしている兄弟と思われる2人の少年が描かれていた。
(うん?扇風機?また妙なもの描くな)
木製の机に置かれた小さなそれが描かれた所で手が止まった。
(何か話に使えるかもな)
潤一郎は、大きく頷いた。
(どんな風にしようか…)
そのページを見開いたまま、しばらく考え込んだ。
(5)
その日の別れ際になって、潤一郎は霞田の書いた絵をコンビニでカラーコピーした。
「変わり者ねぇ~。こんな扇風機1個でどんな話を描こうってのよ」
信じられない、と霞田は首を振った。
「面白そうな感じしますね」
印台は、ちょっと笑顔を見せた。
「どんな風にする気なの?」
「ファンタジーな世界の中での学園物でも描いてみようかって思ってるんだ」
まだはっきりとした形にはなっていないけれど、何かが潤一郎の中で走り始めているのだ。
「イメージスケッチ。インスピレーションで何かが生まれるって何かの本に書いてあったような気がします」
印台が不意にそんな言葉を口にした。
「こんなんで?ありえなくない?まぁいいわ。やるって言ったからには、ちゃんと完成させたものを私達に見せなさいね!」
絶対よ、と霞田に詰め寄られた。
数ヵ月後その絵から『ティステルの足跡』という作品を潤一郎は形にし、彼女達に発表する事になった。
あとがき
これが最後の作品となった。全13作品を一手に書いてきた訳だが、毎回毎回異なった写真だったので、構成を考えるのが1つの楽しみであり苦労でもあった。このうち2作品は、私の我侭で創り上げたものだった。
今回もどう仕上げようか考えている中で、「最終回」となったので、ならば、この「イメージスケッチのコーナー」も織り交ぜてこの掲載写真につなげようと言う事で出来上がった作品である。しかし、お気づきの方もいらっしゃると思うが、第11作品の番外編となった。しっかりとキャラクター設定はしていないが、ヒロイン的な霞田阪奈は高校を卒業している事になっている。主人公とは同い年という形にしているが、一体、2人は何をしている設定になっているかは…。
そこまで第11作品の『2つを繋ぐ物』に思い入れはなかったのだが、丁度、今回の作品を描くにあたって、『2つを繋ぐ物』で使われた写真の中に、喫茶店のような店があったを思い出して、使えるかなと思って作った次第である。それとあとは、先週10月20日か21日に管理人様が西新井駅に行かれた時のコメント欄にかつての友人が描いた『大東京日比谷線物語』を思い出して書き込み、ついでに私が描いた『東京渋谷W物語』も思い出した。そして「東京渋谷W」と名乗る男の主人公の本名が、練馬潤一郎という設定していた資料が出てきたので、今回の作品の主人公の名前がすんなりと決まったのである。ちなみに、脇役で出て来ている、印台叔丘という少年は、以前話したラジオフリーランスのキャラにあったのをそのまま流用している。苗字から解る通り、北総鉄道の印西牧の原駅がヒントになっているのは言うまでも無い。ファーストネームは、適当に名前をつける本から引っ張り出した記憶がある。
そんなこんなで今回の作品が出来上がった。本当にこれまでありがとう御座いました。またこんな風に作品を発表できる機会があったらと思います。リンク先のつよんじゅん様そして読者の方々、本当にありがとう御座いました。