1993年の篠原美也子のアルバム『海になりたい青』より、“Time is ripe”を、聴いてみる。
何の好機も転機もないままに、終わることは、ある意味では、幸せであり、不幸でもある。
2004年の篠原美也子のナンバー、“30s blue”を、2004年アルバム『種と果実』から、聴いてみる。
抜け出せぬ、憂鬱。
深まる、どうにもこうにも、ならない、現実。
2003年の篠原美也子のナンバー、『ダイヤモンドダスト』を、2003年の福娘。のシングル『夏ノ花』より、聴いてみる。
例外の夏、ダイヤモンドダストは、なかった――。
篠原美也子のセルフカバーアルバム“SPIRAL”(2003年)から、1995年のナンバー『名前の無い週末』を、聴いてみる。
週末の終末時。
流れ行く日は、相変わらずで、私も変わらない。
1994年の篠原美也子のナンバー『ジレンマ』を、アルバム『いとおしいグレイ』(1994年)から、聴いてみる。
時々、こうして、聴きたくなる、篠原美也子の名曲。
1995年の篠原美也子のアルバム『河よりも長くゆるやかに』より、“Fool in the Rain”(1995年)を、聴いてみる。
雨のナンバーは、良いが、長雨は、しばらく勘弁を。
1993年の篠原美也子のナンバー『ひとり』を、シングル盤で、聴いてみる。
巡りめぐって、また、このナンバーに、たどり着くのは、原点、だからだろうか?
篠原美也子の2010年ナンバー、“HELPLESS”を、アルバム『バード・アローン』(2010年)から、聴いてみる。
人は、この世を去って、評価されるもの――なんて、冗談じゃないし、この世を去る事が、美学、と言うのを、現実のものにして、何になる?
篠原美也子、1997年のナンバー、『風の背中』、を、1997年のシングル『“Always”/『風の背中』』から、聴いてみる。
人生と言う、猛烈、頑張競争に、敗けても、脱落しても、生きていける路は、ある――と、言う風に、歌われているように、1997年当時、思ったような気がする。当時から、敗組人生だったし、1997年で、それが決まったような、もの、だったし。
1993年の篠原美也子のナンバー、『満月』を、1993年のアルバム『満たされた月』より、聴いてみる。
今週、不意に思い出した1曲。
篠原美也子の名曲なだけあって、不意に、心がこの歌を、ひきつけることもあるようだ。