【旧岩崎邸庭園】
~♪母がまだ若い頃 僕の手をひいて
この坂を登る度(たび) いつもため息をついた♪~
【無縁坂】
上野恩賜公園不忍池の西、あの「グレープ」が歌っていた「無縁坂」の手前を左に折れ
暫く行くと大きなお屋敷の門が見えてきます。
そこが今回訪ねた旧岩崎邸庭園です。
三菱商事の創設者でありNHKの大河ドラマ「坂本竜馬」で香川照之さんが演じた
岩崎弥太郎の孫岩崎久彌氏の邸宅です。
【広い芝生の庭から眺めた旧岩崎邸】
~当時の暮らしはどんなものだったのでしょう…~
当時150万坪あったとされる旧岩崎邸の敷地は、江戸時代には越後高田藩榊原家の中屋敷でした。
明治時代初期に牧野弼成(旧舞鶴藩主)邸となり、その後1878年(明治11年)に三菱財閥初代の
岩崎弥太郎が牧野弼成から邸地を購入したものだそうです。
その敷地の中には、20もの建物があったそうです。
1923年(大正12年)の関東大震災の際には、屋敷地が避難所として地元住民に開放されました。
その数なんと2万人!
如何に広いお屋敷だったかが想像できます・・・いえ、そんなに広いなんて想像をはるかに超えますね!
現存する洋館、和館の一部である大広間などは、岩崎財閥3代の岩崎久弥によって1896年(明治29年)に竣工されました。
洋館は、イギリスからお雇い外国人とした来日し、日本に骨を埋めたジョサイア・コンドルの設計です。
和館は、三重県桑名の棟梁・大河喜十郎の設計施工と伝えられています。
550坪あったとされる和館が大広間の周辺を残しただけで、ほとんどが取り壊されてしまっています。
文化財的価値からすると、この取り壊された和館部分の方が、洋館より価値があったと言われています。
なんと、もったいない話だこと!
邸宅内の写真撮影は禁止でしたので、詳細をお知りになりたい方は
こちら↓で、どうぞ。
http://youtu.be/XC01zChtsEA
復元された壁紙金唐革紙の制作過程などの展示
現在の作家さんの作品なども展示されていました。
金唐革紙(きんからかわし)とは、日本最高の和紙加工技術で
ヨーロッパでも高く評価され、輸出されていたのだそうです。
この岩崎邸でも使用されていたのですが老朽化してしまっていました。
それがこのたび40年ぶりに復元されたのです。
一枚一枚手仕事で、和紙を重ねて色を付け金箔を貼るという豪華な壁紙。
この壁紙が使われている1部屋だけで1億5千万円の価値があるのだそうです!
さて、和館にある御茶席では、庭を眺めながらお抹茶(和菓子付)
コーヒー(小岩井農場製のチーズケーキ付)を頂きました。
・・・・岩崎家は小岩井農場の創業者のひとりです。
こちらもジョサイア・コンドル設計の撞球室(ビリヤード場)です。
スイスの山小屋を模し、栗材を用いた校倉造りのようになっています。
ステンドグラスや鎧戸など、洋館も撞球場も初めての事ばかりであったと思われます。
しかしながら、当時の日本の建築技術からしてみても
これは容易い(たやすい)ことであったと伝えられているそうです。
イギリスで前途揚々たる評価を受けながら、来日し
日本人の女性と結婚、日本の政府との契約が終わった後も
日本で暮らし、浮世絵も学んだというコンドルさんは
いったいどんな方だったのでしょう。
そして明治という時代に、財閥と呼ばれた人々の
華やかな暮らしぶりに圧倒されてしまいました。
旧岩崎邸庭園パンフレット
平成の「スカイツリー」、東京で最古のお寺「浅草寺」、そして明治の財閥のお屋敷「旧岩崎邸」・・・
おのぼりさん一行の旅はまだまだ続きます。
~♪母がまだ若い頃 僕の手をひいて
この坂を登る度(たび) いつもため息をついた♪~
【無縁坂】
上野恩賜公園不忍池の西、あの「グレープ」が歌っていた「無縁坂」の手前を左に折れ
暫く行くと大きなお屋敷の門が見えてきます。
そこが今回訪ねた旧岩崎邸庭園です。
三菱商事の創設者でありNHKの大河ドラマ「坂本竜馬」で香川照之さんが演じた
岩崎弥太郎の孫岩崎久彌氏の邸宅です。
【広い芝生の庭から眺めた旧岩崎邸】
~当時の暮らしはどんなものだったのでしょう…~
当時150万坪あったとされる旧岩崎邸の敷地は、江戸時代には越後高田藩榊原家の中屋敷でした。
明治時代初期に牧野弼成(旧舞鶴藩主)邸となり、その後1878年(明治11年)に三菱財閥初代の
岩崎弥太郎が牧野弼成から邸地を購入したものだそうです。
その敷地の中には、20もの建物があったそうです。
1923年(大正12年)の関東大震災の際には、屋敷地が避難所として地元住民に開放されました。
その数なんと2万人!
如何に広いお屋敷だったかが想像できます・・・いえ、そんなに広いなんて想像をはるかに超えますね!
現存する洋館、和館の一部である大広間などは、岩崎財閥3代の岩崎久弥によって1896年(明治29年)に竣工されました。
洋館は、イギリスからお雇い外国人とした来日し、日本に骨を埋めたジョサイア・コンドルの設計です。
和館は、三重県桑名の棟梁・大河喜十郎の設計施工と伝えられています。
550坪あったとされる和館が大広間の周辺を残しただけで、ほとんどが取り壊されてしまっています。
文化財的価値からすると、この取り壊された和館部分の方が、洋館より価値があったと言われています。
なんと、もったいない話だこと!
邸宅内の写真撮影は禁止でしたので、詳細をお知りになりたい方は
こちら↓で、どうぞ。
http://youtu.be/XC01zChtsEA
復元された壁紙金唐革紙の制作過程などの展示
現在の作家さんの作品なども展示されていました。
金唐革紙(きんからかわし)とは、日本最高の和紙加工技術で
ヨーロッパでも高く評価され、輸出されていたのだそうです。
この岩崎邸でも使用されていたのですが老朽化してしまっていました。
それがこのたび40年ぶりに復元されたのです。
一枚一枚手仕事で、和紙を重ねて色を付け金箔を貼るという豪華な壁紙。
この壁紙が使われている1部屋だけで1億5千万円の価値があるのだそうです!
さて、和館にある御茶席では、庭を眺めながらお抹茶(和菓子付)
コーヒー(小岩井農場製のチーズケーキ付)を頂きました。
・・・・岩崎家は小岩井農場の創業者のひとりです。
こちらもジョサイア・コンドル設計の撞球室(ビリヤード場)です。
スイスの山小屋を模し、栗材を用いた校倉造りのようになっています。
ステンドグラスや鎧戸など、洋館も撞球場も初めての事ばかりであったと思われます。
しかしながら、当時の日本の建築技術からしてみても
これは容易い(たやすい)ことであったと伝えられているそうです。
イギリスで前途揚々たる評価を受けながら、来日し
日本人の女性と結婚、日本の政府との契約が終わった後も
日本で暮らし、浮世絵も学んだというコンドルさんは
いったいどんな方だったのでしょう。
そして明治という時代に、財閥と呼ばれた人々の
華やかな暮らしぶりに圧倒されてしまいました。
旧岩崎邸庭園パンフレット
平成の「スカイツリー」、東京で最古のお寺「浅草寺」、そして明治の財閥のお屋敷「旧岩崎邸」・・・
おのぼりさん一行の旅はまだまだ続きます。
テレビで映画『二百三高地』を観ていて「防人の詩」を聴いた時には、その迫力に圧倒され驚いたものですが、こちらが28歳の時のものですね。
西洋のクラシック曲でもけっこう若い時に書かれていますね。
えっ、まだ本題に入ってなかったですね。
そうか、pinkyさん今度は鹿鳴館時代にスキップかスリップが知りませんが出向かれたわけですね。
pinkyさんと歩いたら、下手なプロのガイドさんは恥かきそうです!(笑)
そしてまた、日本中にある辰野金吾設計の建物に繋がっていくんですね。
pinkyさん、また神戸の異人館の解説もお願いします(笑)
建築史への造詣が深いですね。
いやいや、おのぼりさんどころか、東京に暮らす何人が
pinkyさんみたいな説明が出来るか、100人に一人、いや1000人に一人くらな気がします。
日本建築は棟梁が設計するんですね!
なんとなく納得できます。
リンクしてある動画を観終わったところです。
感動ですね。
東京に出掛けてホテルで食事したり、お茶飲んでくるだけではだめだなとつくづく思いました。
金唐革紙(きんからかわし)って初耳ですよ!
いやー、建設会社にいても知らないことだらけです。
撞球室か、いいなー。
私がお金持ちだったら、そうだな~、ブログ室と
プールにジム室にフリークライミング室でも作りますか(爆)
旧岩崎邸庭園パンフレットは今読み切れないのでゆっくり拝見します。
えっ、まだ続きもあるんですか?
母上は疲れ果てて帰宅して寝込まれませんでしたか?
見事な案内で無縁坂も旧岩崎邸も良くわかりました。
上野は昨年、フェルメールの彼女に会いに行き、帰りに不忍池で蓮の花を見て感動しました。おのぼりさんにもならないですね(笑い)
スカイツリー、浅草寺、旧岩崎邸。さて次のガイド案内はそちらでしょう? 楽しみです!
不忍の池に近いこの坂を題材に、忍ぶ忍ばずの歌詞を考えたところがスゴイですね。
「精霊流し」もとても好きで、毎日聞いていました。
グレープのコンサートにも行ったことがあります。
鹿鳴館を設計したコンドルさんの作った代表作が観たくて行ってきました。
そうです~!辰野金吾はコンドルさんの弟子ですね。
作品よりもこうした後継者を育てたことが何よりの
功績とも言われているそうです。
この日本人の棟梁にも興味津々なのですが、あまり記録に残っていないらしく
調べてもあまり出てきませんでした。
日本文化がお気に入りだったコンドルさんは、この後
洋館の中にも和室を作ったりするようになっていきます。
旧古河邸が彼の集大成とも言われているそうなので
次の機会には行ってみたいと思っています。
ところでこの金唐革紙ってすごいですよね。
元々は金唐革というヨーロッパの革を加工する技術があるのですが
鎖国によってそれを輸入することが出来なくなり
代わりの物として開発されたらしいのです。
開国後は、壁紙としてヨーロッパへ輸出され絶賛されたそうですが
機械で作られたものが安く出回るにつれ、活躍の場を失っていき
この技術を伝承していく人もいなくなってしまったのだそうです。
このビリヤード場は地下通路で洋館と繋がっていて
雨の日でも濡れずに行けるようになっていました。
英国製タイルやビリヤードの台やら、1ドル5万円くらいの
レートだった時代にこんなものを輸入できる財力があった
岩崎家ってどんな人たちだったのでしょうね。
プールにジムいいですね。
私だったら、シネマルームも欲しいです!
え?母ですか?
いたって元気にしております。
あ!分って頂けましたか?嬉しいです。
ありがとうございます。^^
フェルメールをご覧になられたのですね。
よかったですよね~♪
私は神戸でしたが、本当に素敵な少女の絵に魅了させられました。
不忍池の蓮はさぞかしきれいだったことと思います。
この時も蓮の実がたくさん生っていました。
今回の旅の主役は母だったので、超スローペースでしたが
そのおかげで駆け足だと見落としてしまいそうなところも
じっくり見ることが出来来たような気がします。
坂本竜馬のこのテレビドラマは 少しだけ ネットで見ることが出来
この岩崎弥太郎を演じた香川照之さんも素晴らしかったように記憶します
今日 家の掃除をしていて
ひとつの客間に使っているカーテンはもう10年以上するのに
陽に色ざめすることなくいることに またまた 感心してみたことです
昔京都で見つけた染め布?ですが、、、
日本のものには感心するものがたくさんです
好きです
旧岩崎邸・・・豪邸ですね。
本当のお金持ちのお宅に圧倒されます。
ピリヤード場だなんて、我が旦那が小躍りしそう(笑)
無縁坂が頭に流れてきました。。。
なにもかも 素晴らしいですね!
わたくしも是非是非いってみたいで~す(^-^)
金唐革紙ってとても美しい!見事ですね☆
こういったすばらしい技術が復元されって、すごいですね^^
pinkyさんがUPして下さっているお写真もきれいですね☆そういえばイランの壁で度々見かけた色合いにも、こういった色彩や文様が多くありました。
リンク先を見てみると、ヨーロッパから経由したそうですね。
pinkyさんのおかげで、心に残る工芸品を拝見させていただくことができました^^ありがとうございます。
コーヒーとチーズケーキ^^
こんな優雅で豪華絢爛及び落ち着いた空間で是非是非わたくしも味わってみたいものです。
お母様もさぞかしお喜びになられたことでしょう!
親孝行なおやさしいpinkyさんにはぴったりの旧岩崎邸庭園のような気が致します!^^!
明治の時代って人も物も筋が通っているというか
信念があるというか
とても魅力的です。
新しいものと古いものをどちらも大切に、丁寧に生きているような気がします。
龍馬伝、面白かったですね。
香川さんの演技が光っていました。
でも、岩崎家の方々からはもっと上品な人だったとクレームが入ったとか・・・
イジーさんのお宅のカーテンに日本の布が掛けられているのですね。
素敵です♪これからも大切になさってくださいませ。
長い時を経て磨き上げられてきた手仕事が、脚光を浴びる時代が戻ってきてほしいと思います。
革がないなら紙で造ってしまうという器用さがスゴイですね。
まさに絢爛豪華!
いったいどのくらいの建築費がかかったのか想像もつきません。
ビリヤードは、留学していたペンシルバニアで覚えたようです。
なにもかも贅沢ですよね。
以前から行きたいと思っていたのですが、何故かチャンスを逃しづづけていたのですが
やっと念願がかないました。
金唐革紙を見たのはたぶん初めてだと思うのですが、本当に美しくて
うっとりしてしまいました。
実際の壁は触ることが出来ないのですが、感触を試すための見本があり
触ってみたのですが、本当に革のように思えました。
昔の人の知恵と情熱に感嘆しました。
この岩崎邸をデザインするに当たり、ヨーロッパのデザインと
流石、Ranchoさんです!
日本のデザインを融合させるために地理的に間になる
イスラム風のデザインを取り入れているのだそうです。
婦人客室にはアルコーブと呼ばれる飾りがついていたり
暖炉にはいかにもイスラム風な飾りが彫り込んでありました。
Ranchoさんがごらんになったら嬉しくなってしまうようなデザインだわ~!
と思いながら見てきたんですよ!
お茶席の緋毛氈の下にはホットカーペットがしいてあって
大きなお屋敷でに招かれたような気分でゆっくりコーヒーを頂いてきました。
都会のど真ん中とは思えないような静けさでした。
また違った季節にも行ってみたくなりました。
Ranchoさんも旦那様と是非~