挿入課題が系列位置効果に与える影響
問題
Murdock (1962)は,一つずつ順次呈示されて記銘した単語系列を直後に再生した場合,系列の最初の方と最後の方の再生率が高くなること(系列位置効果)を示した。系列の最初の方の再生率が高くなることを初頭効果,最後の方の再生率が高くなることを新近効果と言う。Murdockは,この効果を順向抑制と逆向抑制によって説明した。
例えば,印象の強い出来事があった場合,その前後の出来事が思い出しにくくなるという記憶の抑制効果が知られている。ある出来事がその後の出来事の記憶を抑制することを順向抑制,ある出来事がその前の出来事の記憶を抑制することを逆向抑制と言う。系列呈示された複数単語の記銘においては,各単語の記憶は順向抑制と逆向抑制を受ける。この場合,最初に出てきた単語は順向抑制を受けず,最後に出てきた単語は逆向抑制を受けない。このように順向抑制と逆向抑制を受ける程度は、系列位置(呈示順位)によって異なり,最初では順向抑制が弱く,最後の方では逆向抑制が弱いと考えられる。このことが初頭効果と新近効果という系列位置効果の原因であると, Murdock (1962)は論じている。
これに対して, Atkinson & Shiffrin (1968)は,記憶の二貯蔵モデルによって初頭効果と新近効果を説明した。彼らによれば,記憶は短期記憶(short-term memory: STM)と長期記憶(long-term memory: LTM)の2種類に分けられる。STMは,例えば,単語の場合,頭のなかで単語の音声イメージを繰り返し思い浮かべること(リハーサル)をしながら保持される。このようなリハーサルを行わないと数秒から十数秒で忘れられる記憶である。それに対して, LTMは長期的に保持される記憶である。Atkinson & Shiffrinは, STMとLTMは別々の機構に基づいており,繰り返し思い浮かべること,すなわち,リハーサルを繰り返すことによってLTMとして記憶が定着するとしている。彼らは,初頭効果がLTM,新近効果がSTMに基づいていると主張している。すなわち,初頭効果はリハーサルを繰り返すうちにLTMに定着し,新近効果はSTMにおける保持によって直ちに回答されたとしている。
系列位置効果については, Glanzer & Cunitz (1966)が,単語系列の直後に計算問題を挿入し,その後に再生させることで,新近効果が見られなくなるが初頭効果は見られることを示している。言い換えれば,単語の系列呈示の直後に意識や注意を計算課題の遂行に向けさせて,再生までの時間を遅延させると,新近効果はなくなり,初頭効果はなくならないことを示している。Atkinson & Shiffrin (1968)は,新近効果だけに見られた挿入課題と遅延時間の影響は,記憶の二貯蔵モデルを支持する証拠だとしている。すなわち,挿入課題がリハーサルによるSTMの保持を阻害したため,遅延時間によってSTMによる保持が喪失されたというのである。
この実験では, Glanzer & Cunitz (1966)の実験を追試し,系列位置効果がMurdock (1962)の説かAtkinson & Shiffrin (1968)の説かのどちらによってより説明されるかを検討する。翻って,記憶の二貯蔵モデルの妥当性を検討する。挿入課題の影響がMurdock(1962)の説を否定しているかどうかは,計算という単語の記銘とは別種の課題が逆向抑制をすると考えてよいかどうかにかかっている。そのため,考察では,この点をどう考えるかを明確にするとともに,記憶を再生するときの想起順や実験参加者の言語報告を検討する。新近効果がSTMによるとすれば,実験参加者は系列の最後の方の単語から再生する傾向があると予測される。また,系列呈示される複数の単語の記憶方略として,リハーサルを行ったという言語報告が得られれば, Atkinson & Shiffrin (1968)の二貯蔵モデルを支持する付加的あるいは間接的な証拠が得られたことになるであろう。
方法
実験参加者 放送大学生18名(男性6名、女性12名)が実験に参加した。年齢は,バラバラであるが、高齢者も少なくなかった。(正式には、年令の平均と範囲を記す)
実験計画 遅延時間の有無(遅延あり,遅延なし)を独立変数とした参加者内1要因計画
材料 森・太田(1991)によって調べられた,大学生が中程度に思い浮かべやすい単語から,ひらがなで5文字になる単語30語を記銘項目として用いた。記銘項目10項目からなるリストを3リスト作成した。この際,同じ音が最初にくる語や明らかに意味的な関連のある語が,同一リストに入らないようにした。各試行で用いた単語と呈示順は表1に示すとおりである。
表1 系列位置効果実験で用いられた記銘材料(各試行呈示順)
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第1試行 ①ゆめごこち ②あいことば ③かんこどり ④くちぐるま ⑤けいむしょ
⑥ふるだぬき ⑦やおちょう ⑧すいさいが ⑨そうじゅう ⑩だいどころ
第2試行 ①けいりゃく ②じゅうじか ③あいきどう ④そくりょう ⑤たからぶね
⑥ちくおんき ⑦かつおぶし ⑧めしつかい ⑨なんぱせん ⑩むらはちぶ
第3試行 ①からげんき ②いなぴかり ③なにわぶし ④くさまくら ⑤らしんばん
⑥いろめがね ⑦しおひがり ⑧たまてばこ ⑨むしめがね ⑩やせがまん
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手続き パソコンの画面中央に,記銘項目を1項目ずつ継時的に提示した。記銘項目の提示時間は1秒,項目間間隔は2秒とした。提示される項目リストの順序は,表1の通りになるようにした。遅延時間なし条件では,項目リストの提示終了後,参加者自身の記入による項目の再生を求めた。遅延時間あり条件では,項目リストの提示終了後,参加者に3桁の乱数を提示し,その乱数から連続的に3を減算する作業を口頭で30秒間行ってもらい,その後参加者自身の記入による項目の再生を求めた。参加者には項目をできるだけ多く暗記するよう教示した。その際,項目の暗記方法は自由であること,どのような順序で再生してもかまわないことをあわせて教示した。再生時の制限時間は1分間とした。2つの実験条件の実施順序は,パソコンの中にパワーポイントがあるひとが遅延時間なし条件で先に行い、その後、それ以外の参加者が遅延時間あり条件で行った。参加者の再生は,参加者自ら誤反応も含め反応順に記録した。
実験終了後,参加者の記銘方略や再生方略についての内省報告を参加者自ら記録した。
結果
まず,実験参加者ごとに系列位置(呈示順)における正再生率(正再生数÷3試行)を求めた。そして,群での平均値を求めた。横軸に系列位置(呈示順)をとり,縦軸に正再生率をとって,2群の折れ線グラフを一つの図1にまとめて描いた。
図1 正再生率の変化 |
系列位置 |
この図の外枠は不要です。(外枠を書くと間違いですから気をつけてください)
【結果の記述は省略していますが、本来は必要です】
考察
遅延時間なし条件では、遅延あり条件よりも、とりわけ冒頭部と終末部で、正再生率が、増加しており、正再生率の割合も全般的に遅延条件ありよりも多いが、特定の単語に関しては、遅延時間あり条件のほうが、正再生率が高いために、Murdock (1962)の研究は、ある程度再現できた。グラフからは、Atkinson & Shiffrin (1968)の二貯蔵モデルの可能性は否定し得ないが、明確な結果としては表れていない。今回の実験では、有意味な単語であったために、たとえば、各試行における単語順位⑤にみられる「けいむしょ」「たからぶね」「らしんばん」は、網走刑務所やケーキ屋のタカラブネ及び航海に使われる羅針盤が画像イメージとして即座に連想されるため、再生率が、条件を変えても、高かったと推測される。同様に、単語順位⑨は、遅延時間あり条件の方が回答率がよい。⑨も比較的イメージ化しやすい単語だと考えられるが、今後の検証が待たれるところであった。
また、言語報告の記録に拠れば、単語の記憶方略に関して、「イメージを思い浮かべた」と回答した割合が多く、放送大学の専門科目「記憶の心理学」や「教育心理学」などを受講していて、記憶に関する学習をすでに終えているものも多いのかもしれなかった。後者でも、「記憶方略」に関連して、精緻化の例として「イメージ化」の説明があった。このイメージ化により正再生率を向上させたであろうことは、同記録の想起方略に頭にはっきり残っている言葉から思い出そうとしたと回答した人の割合が多いことからも、推測しうる。課題としては、意味のある語でも、「げんしょう」「せきにんかん」「がいねんわくぐみ」「あいでんてぃてぃ」「しょうとくかんねん」などの抽象的な言葉だと、イメージ化という記憶方略が使いづらいので、具体的なものの名前と抽象名詞を記銘材料とした場合、無意味語に近い結果が得られるかもしれなかったが、これも、今後の検証が待たれるところであった。
引用文献
Glanzer, M・, & Cunitz, A. R. (1966). Two strage mechanisms in free recall. Journal of Verbal Lerning and Verbal Behavior, 5,351-360.
Murdock, B. B. Jr. (1962). The serial position effect of free recall. Journal of Experimental Psychology, 64,482-488.
梅本尭夫・森川弥寿雄・伊吹昌夫(1955).清音2字音節の無連想価及び有意味度 心理学研究,26,148-155.
Atkinson, R.C.; Shiffrin, R.M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. In Spence,K.W.; Spence, J.T. The psychology of learning and motivation(Volume 2). New York: Academic Press. pp. 89-195.
森直久・太田信夫(1984).単語完成課題の作成:Ⅱ 筑波大学心理学研究, 13, 136-140
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この論文作成に当たっては、授業時間の制限があったため、下記を参照及び引用した。下記書物は、心理学実験を学ぶものには、大変有用です。
宮谷真人・坂田省吾編(2009).心理学基礎実験マニュアル.北大路書房,pp.110-111.