工作台の休日

模型のこと、乗り物のこと、ときどきほかのことも。

レーシングドライバー達の熱き想いに乾杯

2022年06月04日 | 自動車、モータースポーツ
 5月29日、日曜日のモナコGP、今年はレッドブルのセルジオ・ペレスが優勝しました。土曜日の予選ではフェラーリ二台が優勢で、特に地元モナコ出身のシャルル・ルクレールがポールを獲得、決勝も死角なしと思われていましたが、日曜日には雨模様となり、フェラーリは作戦判断のミスが響いてカルロス・サインツJrの2位とルクレールの4位という結果になりました。二度の中断などをはさみ、そういう意味では2のつく年の今年も一筋縄でいかないレース展開となりました。ルクレールはレッドブルのエースのフェルスタッペンにも先行を許したため、タイトル争いでもまた水をあけられた格好になりました。テレビ中継でフェラーリのまずい作戦を観ながら「これで『F1速報』誌で森脇基恭さんの〇と×のコーナーのうち、×の方は決まりだな」と思っておりました(私が言うまでもありませんが)。レースは終盤、レッドブルとフェラーリの4台のマシンが接近戦となり、簡単に抜けるコースではないだけに誰かがミスをすれば順位が入れ替わるような緊張感の中、チェッカーを目指しました。特にペレスはサインツJrの猛追を振り切っての優勝であり、天候の変化、さらには中断などをはさみ、よく走り切ったと思います。
 さて、この優勝でペレスは通算3勝目、モナコは初制覇でした。表彰式で喜びをかみしめながら母国のメキシコ国歌を聴く姿が何とも印象的でした。初優勝までも時間がかかりましたし、トップチームに加入して、いろいろな意味で注目を浴びるモナコでの勝利ですから、見ているこちらも心を動かされるものがありました。スペイン語圏のドライバーは風貌もあいまってかみんな華があり、ペレスについてはフェラーリファンからすればライバルチームではありますが応援しています。若いドライバーも多い中、デビューから10年以上が経ち、さまざまなことが刻まれた顔をしており、今回の優勝も「よくやったね」と一人のレースファンとして言いたくなりました。
 2位のサインツJrはスペイン出身で、お父さんは私が説明するまでもなくラリーのレジェンドですが、子供の方はまだF1キャリア初優勝がめぐってきません。でも、この調子ならどこかで勝つんじゃないかと思わせるレースをしています。
 ルクレールは今年も地元での勝利がお預けとなりました。セナのように母国で勝つまでこれでもかと毎年のように困難に見舞われたケースもあります。個人的にはフェルスタッペン、サインツJr、ラッセル(メルセデスを駆るもう一人のイギリス人も、若いのに風貌が昔っぽくて気になる存在です)らと今後10年タイトルを争ってほしいと願っています。
 さて、ペレスの勝利はメキシコ人としても最多になりました。1960年代に活躍したロドリゲス兄弟の兄・ペドロ・ロドリゲスの2勝が最多でした。今回のレースではそのペドロ・ロドリゲスをトリビュートした特別デザインのヘルメットで出走しています。優勝後のインタビューでもメキシコ人として最多ということに言及していましたが、偉大な先輩があっての自分、というところにこちらもグッと来てしまいます。どうやら私も「ココロの一番深いところにロドリゲス様が棲んでいる」(クレージーケンバンド「ロドリゲス兄弟」より)ようです。
 モナコGPがチェッカーを迎えたのは日本時間で夜中になっていましたが、明け方にはアメリカでインディ500マイルレースも行われました。この二つの有名なレースが同じ日にぶつかることは以前からよくあることで、インディの方は5月の最終日曜・メモリアルデーと決まっています(コロナ禍で夏に実施ということもありましたが)。こちらのレースではスウェーデン出身のマーカス・エリクソンが優勝しました。NHK-BS1でも録画放送されたのでご覧になった方もいらっしゃるでしょう。エリクソンはF1でも出走経験があり、デビュー当時は久々のスウェーデン人ドライバーということでも話題になりましたが、なかなか成功を収めることができず、アメリカに渡っています。エリクソンも同郷の大先輩、ロニー・ピーターソンのヘルメットデザインを採り入れたヘルメットで出走しています。ピーターソンは70年代に活躍した名ドライバーでしたが、78年モンツァでの事故が元で亡くなっています。タイトルは獲れなかったものの、その走りに魅了された人も多く、今でも語り継がれているドライバーです。エリクソンもまた、大先輩へのリスペクトをしているわけで、こうした熱い想いを胸に、みんな走っているのですね。
 
 モナコの方に話を戻しますが、スタート直後の大雨による中断がそれなりにあって、CSのフジテレビNEXTでは解説の森脇、川井両氏による昔話に花が咲いていました。モナコならではの華やかなパーティーから、川井氏のピットリポーターデビューが1988年モナコで、その裏話も聞くことができました(このあたりの話は故・今宮純氏の著作にも出てきましたが)。モナコということで、カジノの話などもあって活字や電波に乗せられないこともあるようです。グランプリ期間はもちろん、他の時期に訪れるのも高くつきそうですが、いつか訪れたいと思っている国です。
 そして今年のモナコの表彰式、ロイヤルファミリーも勢ぞろいでマスクもしていません。大公、大公妃と共に双子の公子と公女も参加していました。まだ小さな二人ですが、おめかしをして子供のうちからモナコ公国にとって大切な行事に参加している姿が印象的でした。モナコGPそのものの存続についてもこのところいろいろと噂が立っていましたが、公子や公女が大きくなって表彰式でトロフィーを渡すときまで、グランプリが続いていることを祈っています。やっぱり、モナコはあらゆるところで特別です。

 さあ、シーズンはまだまだ続きます。さきほどの「ロドリゲス兄弟」の歌詞のようにテキーラ決めて、と言えるほどアルコールには強くありませんが、次の週末も騒ごうぜ、という気分になっております。



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