変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




人間が一人、生き続けるというのは、本当に大変なことだと思う。
本人もそうだし、関わる周辺も。
一生懸命に生きている人は多いと感じている。ただ、価値観の相違から、
受け入れ難い要素があったりするだけだ。
価値観だけでは済まされないこともある、と感じているのも事実である。
「可能性」は大切だ。これがあるから人は生きて行けるし、前に進める。
人類というスケールで考えても、個人であってもそれは変わらないと思う。
ところが、「可能性」を否定すると言うか、制限してしまうと言うか、そんな
言動が最近になって目立つようになった。相対的に以前より増えたのか、
おいらがそんなことをやっと考えるようになったのか。

  興味の無いことはやらない、参加しない。
  ひたすら文句ばっかりを言う、批判上手。

サマリすると、こういうことなんだと思う。どちらかと言うと、おいらよりも
若い年代に多い気がする。

ふん。

おいらが歳をとっただけってことか。
最近の若い奴らは・・・ってやつですか、結局。

なんでもいいけど、好奇心と言い換えてもいいと思うが、楽しもうとしない
連中というのは、ジャマだなぁ。仕事でも私事でも。
  だって楽しくないんだもん?
今は楽しいと思うことも、生まれた時から知っていた訳じゃなく、どこかで
出会い、習得し、考えて来た事のはずだ。これからの出会いにそんなモノ
が無いってどうして言えるのさ。
  もう充分だ?
そんなセリフはこの世を去る瞬間までとっておきな!
  そこまで自分がするんですか?
やれるならやれっての、全く。役割の線引きに逃げんなよなぁ。
  結局は自分は自分でしか守れない?
やかましい! お前を守ってるヤツがゴマンといるわ! 気付け、鈍感!

等と言い並べてみても、これだけだとおいらも文句を言っているに過ぎない。
そういう人種が存在する前提で対処を考えよう。
仕事なら、扱い方を考えればいい。本当にジャマなら外せばいい。使い道が
あれば役割を与えてやればいい。ただ、そいつのモチベーションに介入する
程おいらは出来た人間ではないが。
私事ではどうか。切り捨てるだけでいい?
そうもいかんのだよ。
口を出したくてしょうがないおいらがいる。
生来の説教好き? お節介?
良く言えばクール、実際のところ単に斜に構えているだけのおいらもいる。
怖がりなだけじゃん? 面倒くさい?

何の結論も無いのだが、連休を振り返ってふと考えたことを記録してみた。
明日は出勤。だから、ちょっとヒガミ入ってますかな、多分。

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