青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

鴛鴦歌合戦

2015-08-24 08:03:35 | 日記
『鴛鴦歌合戦』は、1939年12月14日公開のオペレッタ時代劇映画である。監督は当時31歳のマキノ正博(マキノ雅弘)。脚本は江戸川浩二。撮影は宮川一夫。出演は、片岡千恵蔵、市川春代、志村喬、ディック・ミネなど。

《堅苦しい宮勤めを嫌って、清貧を決め込む浪人・浅井禮三郎(片岡千恵蔵)。美男の彼を巡って、同じ長屋の住人で、骨董狂いの父・志村狂斎(志村喬)に悩まされているお春(市川)、近所の別荘の持ち主・香川屋の娘・おとみ(服部富子)、おじ・遠山満右衛門(遠山満)の娘で、親が決めた許嫁・藤尾(深水藤子)の三人が恋のさや当てを繰り広げる。

お春は働き者だが、傘貼りの内職で稼いだ金を父が骨董道楽に使ってしまうので、食べる物にも事欠く赤貧状態である。いつも麦こがしで空腹をごまかすしかない。ガラクタを買い漁っては「家宝が増えた」と喜ぶ父に不平を鳴らしながらも、健気に働くお春を禮三郎は影に日向に気づかっている。

峯澤丹波守(ディック・ミネ)は、狂斎と同じく骨董狂い。骨董商・六兵衛(尾上華丈)には毎度毎度贋作を掴まされているが、「贋作でもこれほどの出来栄えなら、本物以上」などと、詭弁を並べられると、バカなのでその気になってしまう。家来たちもバカ揃いなので、誰も殿様を諌めない。

いつものように骨董品を買いに六兵衛の店を訪れた丹波守は、狂斎と顔を合わせた。お供として同行していた藤尾の父は、邪魔者のお春を丹波守とくっつけようと思いつく。まずは、狂斎の風流心を褒め称え、感心した丹波守に、狂斎へ50両もする掛け軸を贈らせる。お礼に狂斎の長屋に招かれた丹波守は首尾よくお春にのぼせ上がる。その上で、藤尾の父は、掛け軸の代わりにお春を丹波守の妾に差し出せと迫ったのだ。
娘を妾に出す気の無い狂斎は、六兵衛の店に払い戻しに行くが、六兵衛から「申し訳ございませんが、その品はついさっき偽物であるとわかりまして…3両にしかなりません」と、言われてしまう。長年収集したコレクションも二束三文のガラクタばかりで、掛け軸と合わせても12両にしかならない。お春は「お妾なんか死んでもイヤよ」と泣く。狂斎は親子で夜逃げすることに決めた。

お春は、禮三郎に別れを告げに行くが、おとみの策略で会うことが出来なかった。そこに、「狂斎が50両返してきたら、お春を諦めなければならない」と心配になった丹波守が家来とともに現れ、強引にお春を拉致しようとする。これを見た禮三郎が救出に現れ、乱闘になる。が、割と短時間で丹波守一行は逃げ帰って行った。
狂斎は日の高いうちから夜逃げを決行するが、抱えている麦こがしの壺を見た六兵衛が色めき立つ。狂斎がガラクタだと思っていたその壺には、どうやら一万両の値打ちがあるらしい。狂斎とお春は、「これからは金持ち暮らしが出来る」と狂喜する。しかし、禮三郎はそっけない。それどころか、追ってきたお春の腕を振り払うと「金持ちは嫌いだ!殊に成り上がりは嫌いだ!!」と言い放つ。そんな禮三郎にお春は、明るい表情で「うん、わかったわ!」と答え、父の壺を取り上げると、叩き割ってしまった。狂斎も六兵衛も唖然とする。しかし、お春が、「壺は割れるが、真心は割れない」と朗らかに歌うと、禮三郎は喜び、狂斎とおとみもお春の心根を讃える歌を歌いあげるのだった。

最後は、皆で、青空のもと、傘を回しながら歌って踊って、めでたし、めでたし。》

開始早々、丹波守御一行がディズニーアニメばりに歌いながら町を練り歩くのに度肝を抜かれる。バカ・オーラが半端じゃない。そして圧倒されたまま、ノー天気でハッピーな物語の世界に飲み込まれてしまうのだ。登場人物全員、底抜けに陽気で、声が良い。特に、志村喬はたいそうな美声の持ち主である。
台詞と歌が一体化し、無駄やわざとらしさが全く無い。江戸時代なのに外来語が頻出するが、それがまた良い。ここは浮世と異なる夢の世界、という感じ。メイン人物だけでなく、おとみの取り巻き連中やバカ殿の家来たちなどの端役も皆実に楽しげで、場面の後方に小さく映っている状態でも、常にリズムに合わせて体を揺らしているのである。終盤のチャンバラもダンスのような軽快な身のこなしで楽しい。
特筆すべきは、お春役の市川春代の圧倒的な可愛らしさだ。ちょっと舌足らずな甘えた口調で、「ちぇ~っ!」「お父さん、きら~い」「お父さんのバカ!」「お父さん、しっかりしてよ~ん」などと言うのだが、並みの女優が言ったら気色悪いこれらのセリフをひたすら可憐に口にする。動作や表情のすべてが小鳥のように愛くるしくて、嫉妬すら憶えないレベルの高さだ。
「僕はわか~い殿様~♪」とか「さ~て、さてさて、この茶碗~♪さ~ても天下のいっぴんじゃあ~♪み~たか?きいたか?きいたか?みたか~♪」などの暢気でバカバカしい歌が耳に残り、脳内から快楽物質がドバドバ湧いてくる。「山と思えば~山でなし~♪川と思えば~川でなし~♪」って、一体何?「鼻水垂らして儂も泣く~♪」なんて深刻な場面なのに吹き出してしまう。
しかし、本作が公開された年の背景を思うと、胸が痛くなる。2年前の1937年には盧溝橋事件をきっかけとして日中戦争が勃発。1939年9月のドイツのポーランド侵攻、続くソ連軍による侵攻、仏英による対独宣戦布告とともにヨーロッパ戦争が始まり、その後1941年12月の日本対米英の開戦によって、戦火は全世界に拡大した。『鴛鴦歌合戦』は、日本中が焦土と化すほんの一瞬前に生まれた、美しい幻影のような作品なのである。

※『鴛鴦歌合戦』は、27日(木)13時から、NHKのBSプレミアで放送されますので、興味をお持ちの方はご覧になってください。
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