『マザー』(2014年)は、『おろち』『洗礼』『イアラ』などで知られる漫画家の楳図かずおが、77歳にして初となる長編映画監督を務めたホラー映画。主演は片岡愛之助。
《数々のヒット作、名作を放ってきた漫画家・楳図かずお(片岡愛之助)の母イチエ(真行寺君枝)が死んだ。その日からかずおの周りに漂う紫煙、誰も触っていないのに割れる皿、窓ガラスの手の跡などの怪異が起きるようになる。イチエがかずおの顔を見ながら度々言っていた「お前、似てきたね」とは、誰に似てきたという意味なのか?「自分のお葬式に参列してきた」「お礼参りに行ってきた」というのはどういう意味なのか?そして、イチエが死の間際の病床で掴んでいた黒髪の束は誰のものだったのだろうか?
そんなかずおのもとに、ある出版社から彼の半生を記した書籍の企画が舞い込んでくる。その担当編集者となって取材を重ねる若草さくら(舞羽美海)は、かずおの創作の原点が亡くなった母親イチエにあることを知る。
さくらは、かずおの両親の故郷であり、かずお自身も幼少期を過ごした奈良県の山奥の曾爾村に調査に向かう。そこで、かずおが幼少期に父キミオから聞かされていた〈滝口で水浴びしていた妖女を撃とうとした猟師が、女の妖力により自分の掌を撃ってしまったという話〉と〈夜な夜な山中を彷徨い歩く美女の話〉が、どちらも村に元々あった伝説に村で起きた事件がミックスされた話であり、しかも、猟師に襲われた女と山中を彷徨う女がともにイチエであるらしいことを突き止める。
やがて、木立の間やタクシーの隣席に見える妖しい人影、イチエの葬式の参列者の写真に写る彼女自身の姿など、さくらとかずおの周囲で怪奇現象が頻発する…。》
母親のことを何も知らなかった若き日のかずおが徐々に真実に迫っていく姿を、77歳の楳図かずおが描いている。怖いか怖くないかと訊かれたら、怖くはない。しかし、私は楳図かずおの漫画は、「恐怖」よりも「悲哀」だと思っているので、その点は気にならなかった。楳図かずおは、『洗礼』や『おろち』シリーズの「姉妹」「血」など、女の妄執の哀しさを描かせたら天下一なのだ。
『マザー』のイチエも哀しい女だった。一人の愚かで不幸な女の妄執が、死してなお、息子を振り回す。母の怨念に、村の伝説が絡んで、楳図かずおにしか描けない陰影の濃い世界が展開していく。
私にも弟が一人いるので、母と息子のややこしさというのは何となく分かるのだが、かずおの母が、二人産んだ息子のうち、かずおにだけ執着し、次男ミツグのことは全く気に留めていないのはどうしてだろうか、という点が最初のうちはわからなかった。その謎はちゃんと作中で明かされている。たいして愛されなかった上に、怨霊化した母に大怪我を負わされたミツグには同情を禁じ得ない。
ハチャメチャなようでいて、伏線がきちんと回収されている丁寧なつくりには好感が持てた。ただ、楳図かずおの漫画を未読の人が普通のホラー映画を求めて鑑賞したら、がっかりする作品かも知れない。怪力・駿足で、生き生きと大暴れする幽霊には驚くであろうが、これが楳図かずおの世界なのだ。
そして、すべての謎が解決した後、私が本当に怖いと思ったのは、かずおに熱心に村の伝説を語り聞かせていたキミオの気持ちなのだった。男は女のことがわからないから女が恐ろしいのであり、女も男のことがわからないから男が恐ろしいのである。
《数々のヒット作、名作を放ってきた漫画家・楳図かずお(片岡愛之助)の母イチエ(真行寺君枝)が死んだ。その日からかずおの周りに漂う紫煙、誰も触っていないのに割れる皿、窓ガラスの手の跡などの怪異が起きるようになる。イチエがかずおの顔を見ながら度々言っていた「お前、似てきたね」とは、誰に似てきたという意味なのか?「自分のお葬式に参列してきた」「お礼参りに行ってきた」というのはどういう意味なのか?そして、イチエが死の間際の病床で掴んでいた黒髪の束は誰のものだったのだろうか?
そんなかずおのもとに、ある出版社から彼の半生を記した書籍の企画が舞い込んでくる。その担当編集者となって取材を重ねる若草さくら(舞羽美海)は、かずおの創作の原点が亡くなった母親イチエにあることを知る。
さくらは、かずおの両親の故郷であり、かずお自身も幼少期を過ごした奈良県の山奥の曾爾村に調査に向かう。そこで、かずおが幼少期に父キミオから聞かされていた〈滝口で水浴びしていた妖女を撃とうとした猟師が、女の妖力により自分の掌を撃ってしまったという話〉と〈夜な夜な山中を彷徨い歩く美女の話〉が、どちらも村に元々あった伝説に村で起きた事件がミックスされた話であり、しかも、猟師に襲われた女と山中を彷徨う女がともにイチエであるらしいことを突き止める。
やがて、木立の間やタクシーの隣席に見える妖しい人影、イチエの葬式の参列者の写真に写る彼女自身の姿など、さくらとかずおの周囲で怪奇現象が頻発する…。》
母親のことを何も知らなかった若き日のかずおが徐々に真実に迫っていく姿を、77歳の楳図かずおが描いている。怖いか怖くないかと訊かれたら、怖くはない。しかし、私は楳図かずおの漫画は、「恐怖」よりも「悲哀」だと思っているので、その点は気にならなかった。楳図かずおは、『洗礼』や『おろち』シリーズの「姉妹」「血」など、女の妄執の哀しさを描かせたら天下一なのだ。
『マザー』のイチエも哀しい女だった。一人の愚かで不幸な女の妄執が、死してなお、息子を振り回す。母の怨念に、村の伝説が絡んで、楳図かずおにしか描けない陰影の濃い世界が展開していく。
私にも弟が一人いるので、母と息子のややこしさというのは何となく分かるのだが、かずおの母が、二人産んだ息子のうち、かずおにだけ執着し、次男ミツグのことは全く気に留めていないのはどうしてだろうか、という点が最初のうちはわからなかった。その謎はちゃんと作中で明かされている。たいして愛されなかった上に、怨霊化した母に大怪我を負わされたミツグには同情を禁じ得ない。
ハチャメチャなようでいて、伏線がきちんと回収されている丁寧なつくりには好感が持てた。ただ、楳図かずおの漫画を未読の人が普通のホラー映画を求めて鑑賞したら、がっかりする作品かも知れない。怪力・駿足で、生き生きと大暴れする幽霊には驚くであろうが、これが楳図かずおの世界なのだ。
そして、すべての謎が解決した後、私が本当に怖いと思ったのは、かずおに熱心に村の伝説を語り聞かせていたキミオの気持ちなのだった。男は女のことがわからないから女が恐ろしいのであり、女も男のことがわからないから男が恐ろしいのである。