青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

高い城の男

2016-01-08 07:12:21 | 日記
Amazonでドラマ化されたとのことなので、フィリップ・K・ディック著『高い城の男』を読んでみた。
『高い城の男』は、第二次世界大戦で枢軸国が勝利し、アメリカが東西に分断されている世界を舞台とする歴史改変SF小説。作中では、ドイツと日本が冷戦状態で、イタリアは事実上ドイツの属国である。
また、作中では連合国が第二次世界大戦に勝利していたらという内容の歴史改変SF小説『イナゴ身重く横たわる』が流行しているが、『イナゴ身重く横たわる』においての連合国の勝利の仕方は、現実の第二次世界大戦の経緯とは異なる。

《第二次世界大戦は枢軸国の勝利に終わり、アメリカ合衆国は日独の分割統治下に置かれていた。
アメリカ人の間では、第二次世界大戦で連合国が勝利していたらという内容の歴史改変SF小説『イナゴ身重く横たわる』が流行していた。『イナゴ身重く横たわる』はドイツ統治地域では発禁本に指定され、著者のホーソーン・アベンゼンはSDに命を狙われていた。

「アメリカ美術工芸品商会」を営んでいるロバート・チルダンは、この一週間、気をもみながら、ロッキー山脈連邦から来るはずの貴重な小包を待っていた。
依頼主の田上伸輔氏から催促の電話がかかって来た。礼儀正しいがせかせかした口調でクレームを入れてくる田上氏にチルダンは懸命に謝罪し、代用品を見繕うことになった。

田上氏はスウェーデンから実業家のバイネス氏を迎える準備をしている。
契約が上手くいけば、金属材料をプラスチックで代用するための、射出形成法の技術を教えてもらえるのだ。

工芸職人のフランク・フリンクはヘイズ通りの自宅で途方に暮れていた。
社長のウィンダム=マトスンを罵ってしまったためにWMコーポレーションの工場をクビになってしまったのだ。
フリンクは、職種変更のために労働者弁明委員会へ出頭しなければならない。しかし、彼には大きな秘密があった。実はユダヤ人なのだ。本名はフランク・フィンク。正体が露見すれば逮捕されてしまう。

フリンクは易経で未来を占う。
1つは、ウィンダム=マトスンと和解をするにはどんな出方をするべきか?
もう1つは、別れた妻のジュリアナに会える見込みがあるだろうか?

工場へ行ったフリンクは、ウィンダム=マトスン社長に復職を断られてしまった。
同僚のエド・マッカーシーは、フリンクにオリジナル・デザインの商品を作るように奨める。
フリンクは易経によってどうするかを決断し、マッカーシーと組んで「エドフランク宝飾工房」を起業することにした。そして、二人は、ウィンダム=マトスンから開店資金をせしめる計画を立てる。

チルダンの店に、拝日派白人=ピノックらしき男がきた。
男は航空母艦・翔鶴の春沢提督に仕えているという。チルダンが1860年型陸軍制式拳銃コルト・44口径を見せると、男はそれを模造品だと指摘し、専門家を雇って在庫品を洗い直させるよう忠告した。

チルダンがカリフォルニア大学犯罪学部に分析に出した所、男の指摘通り、それは模造品だった。しかし、男が身分を偽っていたことも判明する。航空母艦・翔鶴は1945年に撃沈されており、春沢提督なる人物も実在しなかったのだ。男の目的は何か?

チルダンは、カンカンになって卸売業者のレイ・キャルヴィンに問い合わせた。
チルダンから怒鳴りつけられたレイ・キャルヴィンは、偽物を製造したWMコーポレーションに問い合わせた。
ウィンダム=マトスン社長は、レイ・キャルヴィンからチルダンの店を訪れた客が一目で偽物と見破ったことに対する言い分を求められたが、返す言葉がない。
しかし、フリンクとマッカーシーの仕業だということはわかった。それにしても、あの2人はどうやって去年の2月の製品に細工が出来たのか?
ウィンダム=マトスン社長は、愛人のリタから「警察に言いなさいよ」と言われたが、金でカタをつける方が得策と考え、フリンクとマッカーシーに口止め料2000ドルを支払うことにした。
帰り際、リタは本棚から、『イナゴ身重く横たわる』を取り出して、「この本、読んだの?」と聞いてきた。ウィンダム=マトスン社長は読んでいない。おそらく夫人が買ってきたのだろう。
リタは『イナゴ身重く横たわる』を熟読していた。リタは『イナゴ身重く横たわる』というタイトルが、聖書からの引用であることをウィンダム=マトスン社長に教えた。

田上氏はバイネス氏との会談の席で、次回の会談で矢田部という老紳士と引合されることを告げられる。
会談の終りにバイネス氏は、ホテルまで送るという日本人青年・伊藤から流暢なスウェーデン語で話しかけられ、内心狼狽する。実はバイネス氏はスウェーデン人ではないのだ。彼はいったい何者なのか?

田上氏は、伊藤からバイネス氏に関する報告を受けた。伊藤の考えでは、バイネス氏は間違いなくドイツ人だ。
田上氏がバイネス氏について考えを巡らせているところに、第三帝国のマルティン・ボルマン首相死亡のニュースが飛び込んでくる。第三帝国では、空位になった首相の座を巡り、激烈な派閥抗争が表面化することが予想された。
外務省の発表では、日本にとって最悪の選択は、R・ハイドリヒ、ザイズ=インクヴァルト、ヘルマン・ゲーリング。最良の選択は、バルドゥール・フォン・シーラッハ、J・ゲッベルス。しかし、ドイツ高官の間では、日本に対する陰謀が巡らされているようだ。外側から見える情報では判断できない。
田上氏は易経で今の局面を占った。出た卦が47番『困』。困窮欠乏である。

フリンクの元妻ジュリアナ・フリンクは、イタリア人のトラック運転手ジョー・チナデーラと恋仲になった。二人は、『イナゴ身重く横たわる』について話す。ジュリアナは、何か秘密を抱えているらしいジョーと、アベンゼンに会うために旅立つが…。》

主人公不在の群像劇で、視点は目まぐるしく入れ替わる。主要人物は以下の四人だ。

ロバート・チルダン……古美術商。アメリカ太平洋岸連邦で「アメリカ美術工芸品商会」を経営している。日本人相手に高級美術品を販売しているが、商品の中に贋作が紛れ込んでいることが発覚し…。

田上信輔……太平洋岸連邦の第一通商代表団の代表を務める日本人官僚。日本政府からスウェーデン人実業家のバイネス氏の素性を探ることを命令されている。バイネス氏の正体を知った彼は“タンポポ作戦”の情報を得るが…。

フランク・フリンク……工芸職人。ユダヤ系アメリカ人で、本名はフランク・フィンク。合衆国の軍人としてアメリカ本土決戦で枢軸軍と戦った経歴を持つ。マッカーシーに誘われ、「エドフランク宝飾工房」を起業するが、チルダンへの詐欺とユダヤ人であることが発覚し、逮捕される。彼の作った銀の装飾品が、彼自身と田上氏の運命に大きな影響を与える。

ジュリアナ・フリンク……フランクの元妻で柔道教師。『イナゴ身重く横たわる』の読者。イタリア人のトラック運転手ジョー・チナデーラと出会い、『イナゴ身重く横たわる』の作者ホーソーン・アベンゼンに会いに行く。実はジョーの正体はSDから送り込まれた暗殺者で、アベンセン殺害を目論んでいるのだが…。

人種や立場が異なる複数の人物の視点で同時進行に語られていくので、特定の人物に感情移入は難しい。
贋作が物語の流れを大きく動かす。また、何人かの人物は経歴を偽っている。何が真で何が偽なのか?真は偽より価値があるのか?
田上氏をはじめとする日本人や拝日派白人=ピノックは、夫婦関係から政治経済まで殆どの行動決定を易経に頼っている。しかし、占いの結果はいつも曖昧だ。
世界は一瞬たりとも止まらない。真贋入り乱れる不確かな運命の中で、人々が何を考え、どのように動くのか?ディック独特の哲学的な言い回しで、諸行無常が描かれる。
また、ドイツ人と日本人の描かれ方の違いが興味深かった。本書の世界では、ドイツ人が割と単純な悪党に描かれている一方で、日本人はチビでガニマタだが文明人、神経質だが礼儀正しい、露骨な人種差別はしないがじわじわと微妙な術策で支配してくる…狡知で不可解な存在として描かれている。バイネス氏殺害に乗り込んできたSD二人にコルト・44口径をぶっ放した直後に筮竹を繰り出す田上氏は、日本人の私から見ても奇妙だ。
『高い城の男』が書かれた1960年代のアメリカ人にとって、日本人は、欧米人とは異なる倫理・正義で行動する得体の知れない神秘的な存在だったようだ。今でもだろうか?
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