クリスマスっぽい童話でも書いてみようかと思って書いた作品。ともかく今日12月25日を過ぎると意味がないので、UPします。気が向いたら、手直しするかもしれません。感想などあれば、コメント欄にでも。
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「お兄ちゃん、サンタさん何くれるかな?」
ゆうちゃんは言いました。
ゆうちゃんは病気がちで今日もベットで寝ています。
「僕ねぇ、ずっとお願いしてたことがあるんだ。」
「サンタなんているわけないじゃん。」
ケンちゃんが言いました。
「そんなことはないさ。サンタさんはいるよ、いい子にはちゃんとプレゼントを持ってきてくれるんだから。」
お父さんはゆうちゃんの毛布を直しながら言いました。
「だから、ゆうちゃんもちゃんといい子にして、早く体を治さないとね」
「うん。」
「ケンちゃん、ケンちゃんもお兄ちゃんなんだから、ちゃんといい子にしてないとサンタさんが来てくれないよ。」
「いるわけないよ!だったら母さんを連れて来てよ。」
そういうとケンちゃんは家を飛び出してしまいました。ケン!後ろからは、お父さんの声が聞こえてきそうでした。
「なんだよ、ゆうちゃんのことばっかりさぁ…」
この家ではお母さんはもう亡くなっていました。お母さんが亡くなったとき、もの凄く悲しかったことを憶えています。でも、隣でゆうちゃんが泣きじゃくっていたので、ケンちゃんは必死に涙をこらえました。
「ケンちゃんがゆうちゃんのこと、守ってあげてね。」
それがケンちゃんが交わしたお母さんの最期の言葉でした。それ以来、ケンちゃんはいつもゆうちゃんと一緒にいました。学校へも一緒に通ったし、病院へも一緒について行きました。ゆうちゃんをからかういじめっ子がいればケンちゃんが助け出したし、ゆうちゃんの具合の悪い時はいつも隣で励ましました。ふたりは仲のいい兄弟でした。
「僕の弟なんだから当たり前だよ。」
近所の人がそんなケンちゃんを誉めても、ケンちゃんはそう言いうと、そんなことちっとも嬉しくないもっともっとしっかりしないといけなんだよというように、余計にゆうちゃんの面倒をみるのでした。
お父さんもそんなケンちゃんを頼もしく思ってました。
☆ ☆ ☆
「なんだよ、ゆうのことばっかりさ…」
ケンちゃんは雪の中、近所の公園に向かいました。
いつもなら子供たちで賑わう公園も今日は誰もいません。今日はクリスマスイブです。みんな家族と一緒に過ごす日です。
友達の家の前まで行ってみましたが、白く曇った窓越しに映る大きなツリーのネオンと賑やかな笑い声に、何となくそのまま通り過ぎてしまいました。
仕方なく、ケンちゃんは森に行ってみることにしました。森には誰も使っていない古い小屋があって、ケンちゃんとゆうちゃんはよくそこを2人だけの秘密基地にして遊んでいました。
大きなふわふわの雪が空から降ってきています。
森までは一本道です。住宅地を抜けて、田んぼを抜けて、くねくねとした畦道を抜けていきます。大きなぼたん雪がしんしんと降っています。ケンちゃんの足跡もすっかり雪で消えていきます。
やがてケンちゃんは森にたどり着きました。森の中はいつも以上にしんとしていました。森の木々や草花はみな雪の帽子をかぶっていました。いつもなら暗くて何となく薄気味悪い森も、今日は雪のおかげで明るく光っていました。
ケンちゃんが歩いていると、目の前に誰か立っていました。
「やあ。」
よく見るとそれは立派な角を生やしたトナカイでした。
「トナカイが二本足で立ってる!」
ケンちゃんは思わず声を出しました。しかも赤鼻じゃない!
「トナカイだって立つさ。立とうと思ったら立てるんだ。人間が勝手に4本足だと思い込んでるから、まぁ、その辺はいろいろあるしね、そう思ってもらった方が都合のいいこともある。それで人間の期待に合わせてるだけなのさ。それと、鼻が赤いってのもいい迷惑だよ。あれもルドルフだけ。みんなが赤っ鼻ってわけじゃない。それなのにさ、人間はみんなトナカイは赤鼻だと思ってるんだ。知ってる?あの赤鼻じゃないトナカイを見た時の残念な顔。もー、ショックだよ。こっちは何にもしてないのにさぁ、何か悪いとした気になっちゃうんだよね…ま、たまには期待に応えて赤く塗ってみることもあるけどね。」
トナカイは言いました。
「ねぇ、君さぁ、ちょっと手伝ってくれないか。僕の相棒がさぁ、足挫いちゃって、プレゼントを僕ひとりで運ばないといけないんだ。」
トナカイは困った顔で言いました。この一年で一番忙しいタイミングで全くひどい話さ。
「プレゼントを配るのはサンタさんじゃないの?」
ケンちゃんは聞きました。
「もちろん。」
トナカイはさも当然のように応えました。
「子供たちにプレゼントを渡すのはサンタクロースに決まっているよ。でも、サンタさんだってこの時期は忙しいんだ。みんなで助け合わないと。僕らはサンタさんがすぐにみんなにプレゼントを渡せるように、先に配っておくんだ。そうしないと、とてもじゃないけどみんなに渡すなんてできないよ。ねぇ、手伝ってくれるかい?」
「僕にできるかな」
「もちろん。できない人には頼まないよ。」
そう言うと、トナカイは早速プレゼントが積まれた橇を引っ張ってきました。
「さぁ、行こう。あんまり時間はないんだ。なにせ、みんなこの時期だけはいい子になっているからね。本当は本当にいい子にだけプレゼントを配りたいんだけどさぁ、そういうわけにもいかないんだ。さぁ、乗って、時間がないんだ。」
そういうとトナカイはケンちゃんを橇の上に載せました。
「じゃぁ、行くよ。」
トナカイが引っ張った橇はそのまま森を一気に下ったかと思うとすごいスピードで飛び上がりました。ケンちゃんは必死に橇につながりました。
「さぁ、まずあの家からだ!」
トナカイはそう言うとよっちゃんの家の前に止まりました。よっちゃんはケンちゃんの同級生ですが、普段は一人でポータブルゲームで遊んでばかりいます。
「よっちゃんには、このボードゲームかな。」
「ボードゲーム?」
「ゲームソフトが欲しいって書いてあったんだけど、本当は違うんだよね。よっちゃんは、本当は、みんなと遊びたいんだ。だから本当にほしいのはゲームソフトなんかじゃなくて、みんなと遊ぶためのちょっとしたきっかけ。だから僕らはボードゲームを用意してみた。どう?面白そうだろう。でも、これは1人では遊べない。誰かに声をかけないと遊べないんだ。」
「じゃぁ、僕が遊んであげるよ。これだったらゆうちゃんもできるだろうし。」
「その時はよろしく頼むよ。まだ本人が気づいていないかもしれないけど、僕らはね、彼が本当に欲しがっているもの、必要としているものを知っているんだ。そしてそういうものを用意する。でも残念なことに、そのことに気付いてくれる子供は少ないんだ。」
「そうなの?」
「そんなものさ。さぁ、次に行こう。」
そう言うとトナカイは次の家に向かいました。プレゼントを配る家に着くたびに、ケンちゃんはプレゼントが詰まった大きな袋からトナカイのいうプレゼントを探し出し、家の前に置きました。中にはケンちゃんの身長よりも大きなものがあったり、小さなものがあったりしました。トナカイはそのプレゼントに絶対の自信を持ってるみたいでした。ケンちゃんは聞きました。
「ゆうちゃんは何を欲しがっているの?」
トナカイは立ち止まると振り返り、ケンちゃんをじっと眺めました。ケンちゃんはそんな風にじっと見られたことがなかったので、ちょっとたじろぎました。それはずっと心の奥まで調べられているようで、居心地の悪い重く長い時間でした。
「それには答えられないな。意地悪で言っているんじゃないよ。言葉で伝えるのが難しいんだ。僕らは本当に必要なものをできるだけプレゼントしたいと思っている。でも、それは中にはそういった形じゃないものもあるんだ。だとするとそれをプレゼントするのは簡単じゃない。それにそれが何を意味するのか伝わるかどうかもわからない。それがそういうことだと思える何かが必要なんだ。」
「よくわからないよ。」
「さぁ、あまり時間はないんだ。次は森の向こうだ。」
そういうトナカイはスピードを上げて再び森に向かいました。
雪はしんしんと降り続いています。しんと静まった世界は、まるで世界が止まってしまったかのようです。
やがて雪が強く降り始めてきました。風も強くなってきました。ヒューヒューと風が鳴っています。ケンちゃんははじめは前を向いていましたが、やがて風が強くて顔を上げることができなくなりました。ヒューヒュー、ゴーゴー。吹雪が2人の前に渦を巻きます。ヒューヒュー、ゴーゴー、ヒューヒュー、ゴーゴー。ケンちゃんの顔も手先も冷たくなってきました。
「寒いよ…」
しかしトナカイはさらにスピードをあげて行きます。ヒューヒュー、ゴーゴー、ヒューヒュー、ゴーゴー…
やがてトナカイが立ち止まりました。
「どうやら、僕らは迷ってしまったようだ。吹雪が止むまであの小屋で休むことにしよう。」
吹雪の中、ケンちゃんとトナカイはやっとのこと森の中の小屋にたどり着きました。ケンちゃんが小屋の中に入ると、暖炉に火がともっていて、部屋の中は温かくなっていました。
ケンちゃんは暖炉のそばに座りました。カチカチ。カチカチ。薪木の鳴る音が聞こえます。その音を聞いているうちに、ケンちゃんは眠くなってきました。
「だめだ、僕、眠くなってきた。これ以上、手伝うことができないよぉ…」
ケンちゃんの意識は次第に遠のいて行きました。
☆ ☆ ☆
「ケンちゃん、ケンちゃん…」
遠くからケンちゃんを呼ぶ声が聞こえます。
「ケンちゃん、ダメよ、こんなところで寝てしまったら。」
聞き覚えのある優しい声が聞こえます。
「お母さん!」
ケンちゃんははっと起き上がりました。目の前には、お母さんの姿がありました。大好きだったお母さん。お母さんはケンちゃんが子供の頃と同じようにピンクのセーターに赤いエプロンをして、にっこり笑っていました。
「こんなところで寝ちゃだめよ。体が冷えちゃうでしょ。今、スープを作ってあげるわね。」
お母さんはそう言うと、台所に踵を返しました。奥からはグツグツと何かを煮込む音とトマトソースの甘い匂いが香ってきます。それはケンちゃんが知っているお母さんそのものでした。
「――お母さん」
「ん?」
ケンちゃんはお母さんに駆け寄りました。
「どうして?どうしてここにいるの。」
「ここはお母さんの台所だもの。それとも来ちゃダメだった?」
お母さんは言いました。
「そんなことないよ!…僕はね、お母さんに会いたかったんだよ。ずっと、ずっと会いたかったんだよ」
そう言うと、ケンちゃんは後ろからお母さんにギュッと抱きつきました。その瞬間、ケンちゃんの体の奥で硬く閉ざさていた塊が一気に溶け出しました。
「あらあら、どうしたの?」
ケンちゃんの目からは大粒の涙ががこぼれ始めました。
「だって、だって…」
自分でもどうにもならないくらいいろんな感情が溢れ出し、ケンちゃんの頭の中を駆け巡りました。いろいろなことを話したいはずなのに、嗚咽で声になりません。
「ケンちゃん、がんばったね。お母さんはね、いつだってケンちゃんのこと見てたのよ。」
「嘘だ。だって、僕、いつもひとりだった…。ひとりでがんばってたんだよ。」
お母さんの目をまっすぐ見つめながら、ケンちゃんは言いました。
「ケンちゃんは頑張った。でもね、ケンちゃんはひとりなんかじゃない。ケンちゃんはどうして頑張れたと思う?」
お母さんはにっこり微笑みかけました。
「だってお母さんと約束したし…」
「そうね、ケンちゃんにはお母さんがついている。それにゆうちゃんもいる。ゆうちゃんがいるから、ケンちゃんは守ってあげようとしたんでしょ?」
「…うん。」
「お父さんもいる。お父さんの助けになりたいと思ったんでしょう?」
「…うん。」
ケンちゃんは俯きながら応えました。
「お父さんもね、ケンちゃんのこと頼りにしているのよ。」
「ほんとう?」
「本当。ケンちゃんの側にはゆうちゃんも、お父さんもお母さんもいるわ。例えそこに姿が見えなくてもちゃんとそばにいるの。」
お母さんはそう言うとケンちゃんの頭をしっかりと撫でてくれました。
「さあ、スープが冷めちゃうわ。お腹いっぱい飲んで、体温めて、みんなの所に帰らないと。」
「やだよ。もっと一緒にいたいよ。」
「ダメ、言ったでしょ。いつだってケンちゃんのそばにいるの。会いたくなればいつでも会えるわ。だからそれ以上言わないで。」
「また会いに来てもいいの?」
「もちろん。」
「もうちょっと、こうしてていい?」
「もう少しだけよ」
そう言うとお母さんはケンちゃんをギュッと抱きしめました。ケンちゃんの体全体に温かいぬくもりが伝わってきました。
「いい匂い。母さんの匂いだ…」
そう思うとケンちゃんを深い眠気が襲ってきました――。
☆ ☆ ☆
「ケンちゃん、ケンちゃん」
遠くから誰かがケンちゃんを呼ぶ声が聞こえます。
「…う、う~ん」
「お父さん、ケンちゃんが起きたよ!」
ゆうちゃんの声でケンちゃんは目を覚ましました。そこはケンちゃんがいつも寝ているベットの上でした。目を開けると、ゆうちゃんとお父さんが心配そうにのぞきこんでいました。ゆうちゃんと目があった瞬間、ゆうちゃんの目には涙があふれ出し、いくつもの水玉があふれ出し、ケンちゃんの顔に落ちてきました。
あたたかい。ゆうちゃんの水玉をケンちゃんはそう思いました。
「大丈夫か?」
お父さんの大きな手がケンちゃんの額を覆いました。熱はないようだな。お父さんは言いました。
「ゆうちゃんが見つけてくれたんだぞ。」
「え?」
「覚えてないのか?昨日、ケンちゃんが行方不明だって大騒ぎになって、近所の人もいろいろ探してくれたんだけど、なかなか見つからなくて、ゆうちゃんが「森の小屋だ」って言い張って、最初は誰もあんな遠くに行かないだろうって言ってたんだけど、ゆうちゃんがあそこだって言い張るから、じゃぁ見に行こうかって…そしたら、小屋の中で寝てるから。みんな、すごく心配したんだぞ。」
「ゆうちゃんが…」
「だって、どこ探してもいないって…ケンちゃんがいなくなるなんて嫌だもん。僕、ずっと、お願いしてたんだもん、ケンちゃんとずっと一緒にいるって。あの森の小屋でもっともっと遊びたいって…」
ゆうちゃんの顔はくしゃくしゃになっていました。
「いやだよ、僕を置いていくなんて…」
「ゆうちゃん…」
そうつぶやくとケンちゃんの目にも水玉があふれ出しました。ケンちゃんとゆうちゃんはこれ以上にないくらいに大きな声で泣きました。悲しいわけでもないのに、涙がとまりませんでした。
「こらこら、二人とも泣きすぎだぞ。」
お父さんが笑っていました。
「ほら、ケンちゃん、これを飲みな。体が温まるよ」
お父さんが差し出してくれたのは、お母さんがよく作ってくれたトマトのスープでした。部屋中にトマトの甘い香りが広がって行きました。
「お母さんはほど美味しくないかもしれないけどな」
お父さんは笑いながらいいました。
「お母さんがケンちゃんとゆうちゃんの好物を全部残してくれてるんだ。その通りに作ってもなかなかあんなに美味しくならないけどな。」
ケンちゃんは、フーフーと少し冷ますと、スープがを一口口にしました。トマトの甘く美味しい味が口の中いっぱいに広がりました。
「あったかい。」
そのスープはケンちゃんの体の奥からしっかりと温めてくれるのでした。
おしまい。
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「お兄ちゃん、サンタさん何くれるかな?」
ゆうちゃんは言いました。
ゆうちゃんは病気がちで今日もベットで寝ています。
「僕ねぇ、ずっとお願いしてたことがあるんだ。」
「サンタなんているわけないじゃん。」
ケンちゃんが言いました。
「そんなことはないさ。サンタさんはいるよ、いい子にはちゃんとプレゼントを持ってきてくれるんだから。」
お父さんはゆうちゃんの毛布を直しながら言いました。
「だから、ゆうちゃんもちゃんといい子にして、早く体を治さないとね」
「うん。」
「ケンちゃん、ケンちゃんもお兄ちゃんなんだから、ちゃんといい子にしてないとサンタさんが来てくれないよ。」
「いるわけないよ!だったら母さんを連れて来てよ。」
そういうとケンちゃんは家を飛び出してしまいました。ケン!後ろからは、お父さんの声が聞こえてきそうでした。
「なんだよ、ゆうちゃんのことばっかりさぁ…」
この家ではお母さんはもう亡くなっていました。お母さんが亡くなったとき、もの凄く悲しかったことを憶えています。でも、隣でゆうちゃんが泣きじゃくっていたので、ケンちゃんは必死に涙をこらえました。
「ケンちゃんがゆうちゃんのこと、守ってあげてね。」
それがケンちゃんが交わしたお母さんの最期の言葉でした。それ以来、ケンちゃんはいつもゆうちゃんと一緒にいました。学校へも一緒に通ったし、病院へも一緒について行きました。ゆうちゃんをからかういじめっ子がいればケンちゃんが助け出したし、ゆうちゃんの具合の悪い時はいつも隣で励ましました。ふたりは仲のいい兄弟でした。
「僕の弟なんだから当たり前だよ。」
近所の人がそんなケンちゃんを誉めても、ケンちゃんはそう言いうと、そんなことちっとも嬉しくないもっともっとしっかりしないといけなんだよというように、余計にゆうちゃんの面倒をみるのでした。
お父さんもそんなケンちゃんを頼もしく思ってました。
☆ ☆ ☆
「なんだよ、ゆうのことばっかりさ…」
ケンちゃんは雪の中、近所の公園に向かいました。
いつもなら子供たちで賑わう公園も今日は誰もいません。今日はクリスマスイブです。みんな家族と一緒に過ごす日です。
友達の家の前まで行ってみましたが、白く曇った窓越しに映る大きなツリーのネオンと賑やかな笑い声に、何となくそのまま通り過ぎてしまいました。
仕方なく、ケンちゃんは森に行ってみることにしました。森には誰も使っていない古い小屋があって、ケンちゃんとゆうちゃんはよくそこを2人だけの秘密基地にして遊んでいました。
大きなふわふわの雪が空から降ってきています。
森までは一本道です。住宅地を抜けて、田んぼを抜けて、くねくねとした畦道を抜けていきます。大きなぼたん雪がしんしんと降っています。ケンちゃんの足跡もすっかり雪で消えていきます。
やがてケンちゃんは森にたどり着きました。森の中はいつも以上にしんとしていました。森の木々や草花はみな雪の帽子をかぶっていました。いつもなら暗くて何となく薄気味悪い森も、今日は雪のおかげで明るく光っていました。
ケンちゃんが歩いていると、目の前に誰か立っていました。
「やあ。」
よく見るとそれは立派な角を生やしたトナカイでした。
「トナカイが二本足で立ってる!」
ケンちゃんは思わず声を出しました。しかも赤鼻じゃない!
「トナカイだって立つさ。立とうと思ったら立てるんだ。人間が勝手に4本足だと思い込んでるから、まぁ、その辺はいろいろあるしね、そう思ってもらった方が都合のいいこともある。それで人間の期待に合わせてるだけなのさ。それと、鼻が赤いってのもいい迷惑だよ。あれもルドルフだけ。みんなが赤っ鼻ってわけじゃない。それなのにさ、人間はみんなトナカイは赤鼻だと思ってるんだ。知ってる?あの赤鼻じゃないトナカイを見た時の残念な顔。もー、ショックだよ。こっちは何にもしてないのにさぁ、何か悪いとした気になっちゃうんだよね…ま、たまには期待に応えて赤く塗ってみることもあるけどね。」
トナカイは言いました。
「ねぇ、君さぁ、ちょっと手伝ってくれないか。僕の相棒がさぁ、足挫いちゃって、プレゼントを僕ひとりで運ばないといけないんだ。」
トナカイは困った顔で言いました。この一年で一番忙しいタイミングで全くひどい話さ。
「プレゼントを配るのはサンタさんじゃないの?」
ケンちゃんは聞きました。
「もちろん。」
トナカイはさも当然のように応えました。
「子供たちにプレゼントを渡すのはサンタクロースに決まっているよ。でも、サンタさんだってこの時期は忙しいんだ。みんなで助け合わないと。僕らはサンタさんがすぐにみんなにプレゼントを渡せるように、先に配っておくんだ。そうしないと、とてもじゃないけどみんなに渡すなんてできないよ。ねぇ、手伝ってくれるかい?」
「僕にできるかな」
「もちろん。できない人には頼まないよ。」
そう言うと、トナカイは早速プレゼントが積まれた橇を引っ張ってきました。
「さぁ、行こう。あんまり時間はないんだ。なにせ、みんなこの時期だけはいい子になっているからね。本当は本当にいい子にだけプレゼントを配りたいんだけどさぁ、そういうわけにもいかないんだ。さぁ、乗って、時間がないんだ。」
そういうとトナカイはケンちゃんを橇の上に載せました。
「じゃぁ、行くよ。」
トナカイが引っ張った橇はそのまま森を一気に下ったかと思うとすごいスピードで飛び上がりました。ケンちゃんは必死に橇につながりました。
「さぁ、まずあの家からだ!」
トナカイはそう言うとよっちゃんの家の前に止まりました。よっちゃんはケンちゃんの同級生ですが、普段は一人でポータブルゲームで遊んでばかりいます。
「よっちゃんには、このボードゲームかな。」
「ボードゲーム?」
「ゲームソフトが欲しいって書いてあったんだけど、本当は違うんだよね。よっちゃんは、本当は、みんなと遊びたいんだ。だから本当にほしいのはゲームソフトなんかじゃなくて、みんなと遊ぶためのちょっとしたきっかけ。だから僕らはボードゲームを用意してみた。どう?面白そうだろう。でも、これは1人では遊べない。誰かに声をかけないと遊べないんだ。」
「じゃぁ、僕が遊んであげるよ。これだったらゆうちゃんもできるだろうし。」
「その時はよろしく頼むよ。まだ本人が気づいていないかもしれないけど、僕らはね、彼が本当に欲しがっているもの、必要としているものを知っているんだ。そしてそういうものを用意する。でも残念なことに、そのことに気付いてくれる子供は少ないんだ。」
「そうなの?」
「そんなものさ。さぁ、次に行こう。」
そう言うとトナカイは次の家に向かいました。プレゼントを配る家に着くたびに、ケンちゃんはプレゼントが詰まった大きな袋からトナカイのいうプレゼントを探し出し、家の前に置きました。中にはケンちゃんの身長よりも大きなものがあったり、小さなものがあったりしました。トナカイはそのプレゼントに絶対の自信を持ってるみたいでした。ケンちゃんは聞きました。
「ゆうちゃんは何を欲しがっているの?」
トナカイは立ち止まると振り返り、ケンちゃんをじっと眺めました。ケンちゃんはそんな風にじっと見られたことがなかったので、ちょっとたじろぎました。それはずっと心の奥まで調べられているようで、居心地の悪い重く長い時間でした。
「それには答えられないな。意地悪で言っているんじゃないよ。言葉で伝えるのが難しいんだ。僕らは本当に必要なものをできるだけプレゼントしたいと思っている。でも、それは中にはそういった形じゃないものもあるんだ。だとするとそれをプレゼントするのは簡単じゃない。それにそれが何を意味するのか伝わるかどうかもわからない。それがそういうことだと思える何かが必要なんだ。」
「よくわからないよ。」
「さぁ、あまり時間はないんだ。次は森の向こうだ。」
そういうトナカイはスピードを上げて再び森に向かいました。
雪はしんしんと降り続いています。しんと静まった世界は、まるで世界が止まってしまったかのようです。
やがて雪が強く降り始めてきました。風も強くなってきました。ヒューヒューと風が鳴っています。ケンちゃんははじめは前を向いていましたが、やがて風が強くて顔を上げることができなくなりました。ヒューヒュー、ゴーゴー。吹雪が2人の前に渦を巻きます。ヒューヒュー、ゴーゴー、ヒューヒュー、ゴーゴー。ケンちゃんの顔も手先も冷たくなってきました。
「寒いよ…」
しかしトナカイはさらにスピードをあげて行きます。ヒューヒュー、ゴーゴー、ヒューヒュー、ゴーゴー…
やがてトナカイが立ち止まりました。
「どうやら、僕らは迷ってしまったようだ。吹雪が止むまであの小屋で休むことにしよう。」
吹雪の中、ケンちゃんとトナカイはやっとのこと森の中の小屋にたどり着きました。ケンちゃんが小屋の中に入ると、暖炉に火がともっていて、部屋の中は温かくなっていました。
ケンちゃんは暖炉のそばに座りました。カチカチ。カチカチ。薪木の鳴る音が聞こえます。その音を聞いているうちに、ケンちゃんは眠くなってきました。
「だめだ、僕、眠くなってきた。これ以上、手伝うことができないよぉ…」
ケンちゃんの意識は次第に遠のいて行きました。
☆ ☆ ☆
「ケンちゃん、ケンちゃん…」
遠くからケンちゃんを呼ぶ声が聞こえます。
「ケンちゃん、ダメよ、こんなところで寝てしまったら。」
聞き覚えのある優しい声が聞こえます。
「お母さん!」
ケンちゃんははっと起き上がりました。目の前には、お母さんの姿がありました。大好きだったお母さん。お母さんはケンちゃんが子供の頃と同じようにピンクのセーターに赤いエプロンをして、にっこり笑っていました。
「こんなところで寝ちゃだめよ。体が冷えちゃうでしょ。今、スープを作ってあげるわね。」
お母さんはそう言うと、台所に踵を返しました。奥からはグツグツと何かを煮込む音とトマトソースの甘い匂いが香ってきます。それはケンちゃんが知っているお母さんそのものでした。
「――お母さん」
「ん?」
ケンちゃんはお母さんに駆け寄りました。
「どうして?どうしてここにいるの。」
「ここはお母さんの台所だもの。それとも来ちゃダメだった?」
お母さんは言いました。
「そんなことないよ!…僕はね、お母さんに会いたかったんだよ。ずっと、ずっと会いたかったんだよ」
そう言うと、ケンちゃんは後ろからお母さんにギュッと抱きつきました。その瞬間、ケンちゃんの体の奥で硬く閉ざさていた塊が一気に溶け出しました。
「あらあら、どうしたの?」
ケンちゃんの目からは大粒の涙ががこぼれ始めました。
「だって、だって…」
自分でもどうにもならないくらいいろんな感情が溢れ出し、ケンちゃんの頭の中を駆け巡りました。いろいろなことを話したいはずなのに、嗚咽で声になりません。
「ケンちゃん、がんばったね。お母さんはね、いつだってケンちゃんのこと見てたのよ。」
「嘘だ。だって、僕、いつもひとりだった…。ひとりでがんばってたんだよ。」
お母さんの目をまっすぐ見つめながら、ケンちゃんは言いました。
「ケンちゃんは頑張った。でもね、ケンちゃんはひとりなんかじゃない。ケンちゃんはどうして頑張れたと思う?」
お母さんはにっこり微笑みかけました。
「だってお母さんと約束したし…」
「そうね、ケンちゃんにはお母さんがついている。それにゆうちゃんもいる。ゆうちゃんがいるから、ケンちゃんは守ってあげようとしたんでしょ?」
「…うん。」
「お父さんもいる。お父さんの助けになりたいと思ったんでしょう?」
「…うん。」
ケンちゃんは俯きながら応えました。
「お父さんもね、ケンちゃんのこと頼りにしているのよ。」
「ほんとう?」
「本当。ケンちゃんの側にはゆうちゃんも、お父さんもお母さんもいるわ。例えそこに姿が見えなくてもちゃんとそばにいるの。」
お母さんはそう言うとケンちゃんの頭をしっかりと撫でてくれました。
「さあ、スープが冷めちゃうわ。お腹いっぱい飲んで、体温めて、みんなの所に帰らないと。」
「やだよ。もっと一緒にいたいよ。」
「ダメ、言ったでしょ。いつだってケンちゃんのそばにいるの。会いたくなればいつでも会えるわ。だからそれ以上言わないで。」
「また会いに来てもいいの?」
「もちろん。」
「もうちょっと、こうしてていい?」
「もう少しだけよ」
そう言うとお母さんはケンちゃんをギュッと抱きしめました。ケンちゃんの体全体に温かいぬくもりが伝わってきました。
「いい匂い。母さんの匂いだ…」
そう思うとケンちゃんを深い眠気が襲ってきました――。
☆ ☆ ☆
「ケンちゃん、ケンちゃん」
遠くから誰かがケンちゃんを呼ぶ声が聞こえます。
「…う、う~ん」
「お父さん、ケンちゃんが起きたよ!」
ゆうちゃんの声でケンちゃんは目を覚ましました。そこはケンちゃんがいつも寝ているベットの上でした。目を開けると、ゆうちゃんとお父さんが心配そうにのぞきこんでいました。ゆうちゃんと目があった瞬間、ゆうちゃんの目には涙があふれ出し、いくつもの水玉があふれ出し、ケンちゃんの顔に落ちてきました。
あたたかい。ゆうちゃんの水玉をケンちゃんはそう思いました。
「大丈夫か?」
お父さんの大きな手がケンちゃんの額を覆いました。熱はないようだな。お父さんは言いました。
「ゆうちゃんが見つけてくれたんだぞ。」
「え?」
「覚えてないのか?昨日、ケンちゃんが行方不明だって大騒ぎになって、近所の人もいろいろ探してくれたんだけど、なかなか見つからなくて、ゆうちゃんが「森の小屋だ」って言い張って、最初は誰もあんな遠くに行かないだろうって言ってたんだけど、ゆうちゃんがあそこだって言い張るから、じゃぁ見に行こうかって…そしたら、小屋の中で寝てるから。みんな、すごく心配したんだぞ。」
「ゆうちゃんが…」
「だって、どこ探してもいないって…ケンちゃんがいなくなるなんて嫌だもん。僕、ずっと、お願いしてたんだもん、ケンちゃんとずっと一緒にいるって。あの森の小屋でもっともっと遊びたいって…」
ゆうちゃんの顔はくしゃくしゃになっていました。
「いやだよ、僕を置いていくなんて…」
「ゆうちゃん…」
そうつぶやくとケンちゃんの目にも水玉があふれ出しました。ケンちゃんとゆうちゃんはこれ以上にないくらいに大きな声で泣きました。悲しいわけでもないのに、涙がとまりませんでした。
「こらこら、二人とも泣きすぎだぞ。」
お父さんが笑っていました。
「ほら、ケンちゃん、これを飲みな。体が温まるよ」
お父さんが差し出してくれたのは、お母さんがよく作ってくれたトマトのスープでした。部屋中にトマトの甘い香りが広がって行きました。
「お母さんはほど美味しくないかもしれないけどな」
お父さんは笑いながらいいました。
「お母さんがケンちゃんとゆうちゃんの好物を全部残してくれてるんだ。その通りに作ってもなかなかあんなに美味しくならないけどな。」
ケンちゃんは、フーフーと少し冷ますと、スープがを一口口にしました。トマトの甘く美味しい味が口の中いっぱいに広がりました。
「あったかい。」
そのスープはケンちゃんの体の奥からしっかりと温めてくれるのでした。
おしまい。
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