先日、北野天満宮の初天神へ行ってきました。雪が舞う中、梅も咲いていました。【前ブログ】
天神さんを受験の神様と仰いだのは、江戸時代の寺子屋が始まりだったらしいですが・・・よく「天満宮のお守りの値段」という検索があるので、お守りの価格のわかる写真を撮ってきました。ご参考まで。(写真クリックで拡大できます)
追記:2008.10撮影の価格案内板は【先ブログ】にて。
ご存知、ご祭神の菅原道真公は平安中期のすぐれた政治家で、学者、歌人です。学者一族に生まれ、朝廷官吏の難試験をいくつも突破し、右大臣にまで昇進しますが、 政敵の左大臣、藤原時平のたくらみにより大宰府に左遷され、無実の罪を訴えながら生涯を閉じています。
北野天満宮の始まりは、道真公の乳母の多治比文子(たじひあやこ)が自宅庭前に小さな祠を建てて、非業の死を遂げた道真公を祭っていたところ、死後40年に「北野の右近の馬場に祀って・・・」とのお告げがありました。
同じように、近江国の比良宮の禰宜神良種(ねぎみわよしたね)の息子、太郎丸にも同様のお告げがあり、両者などが協力して北野天満宮を創建したそうです。
もともと乳母が祀っていた祠、文子天満宮(あやこてんまんぐう)は、今もちゃんとあります。東本願寺の近く、京都駅から歩いて10分、周辺に道案内板がたくさん出ていますので、わかりやすいです。ちゃんと、牛も祀られています。
境内はせまいですが、雨でも大丈夫なように、屋根もついています。訪ねたのは本日で、昨夜から雨が降り続いていました。
文子さんの像もあります。想像よりぐっと若くてかわいらしいです。考えてみれば「乳母」って発音が「姥」と同じだし、ついつい年配女性を思い浮かべがちですが、若いのですよねー。でも、お告げがあった時は、道真公の死後40年でしたから、「姥」ですねー。(^m^)
ここにも合格のお守りがあります。全国に天神さん(天満社)は、1万社以上あり、これはその発祥の地のお守りですから、より強力かも!