明治11年4月11日、福沢諭吉は勝海舟のところに行き、慶應義塾の運営資金20万円を10年間無利子無担保で貸してくれるように頼みに行きます。
ところが、勝は三田にある一万五千坪の土地を売っても足らなかったら貸そうと言いました。
そこは、学校のためにも買っておいた土地だったので、福沢は起こって帰ってきました。
それ以来勝つに対して、ぶつかってきたわけです。
福沢の自伝では、「私は、生まれて50年、ただの一度も金を借りたことがない。日本国中に福沢の書いた借用証文が出てきたら、それを100万円(明治の)で買おう。」とまで、言っています。
勝海舟から、借りなくて良かったですね。
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