日経エコロミー特集「
CO2有料時代」のモデル提案・国立環境研究所 西岡参与に聞く<スペシャル対談・下>を読みました。
その中で、
欧米と比較して日本の政治家やビジネスリーダーには、
科学的知見を尊重するメンタリティーが極めて希薄だという話があり、
ちょっとナットクしてしまいました。
日本で総合的な対策が進まない大きな理由として、
科学的事実に対する各界リーダーの姿勢に、
大きな差がみられると思うのです。
そして
これは私たちメディアにも同じこと言えると
思いました。
西岡氏は
「
IPCCがノーベル平和賞をもらったのは、
ある意味かなり手遅れでした。」
と仰っていました。
科学者は慎重にしかものを言わないので、
(実際、政治家と科学者を較べると、人にもよりますが、
1のものを100であるかのようにいう政治家はかなりいると思いますが、
ほとんどの科学者は1のものは1(しかも、絶対1であると証明できなければ、
「1である可能性が高い」)と言うでしょう。
その警告を日本がきちんと受け止める体制ができていなかったことで
対策が遅れてしまったという西岡氏の主張は正しいと思います。
そして私たちメディアもそのとき、
一部を除き、大きな動きはみせませんでした。
これは大きな反省を残します。
西岡氏がIPCCに初めて参加した88年ごろ
「そんなことは研究者のやることではないからやめておけ」
と何度も言われたというから驚きです。
しかも当初は会議への参加は手弁当で、
旅費すら出なかったそうです。
恥をしのんで、海外の研究機関に旅費を出して欲しいと
何度も手紙を出したそうです。
これは国として恥ずかしい話ですね。
そして政策決定者には体系化された科学的情報の伝達
できないままきてしまったのだそうです。
科学的かつ大局的見地から、
日本の進むべき道を語っておられる好企画です。
是非ご一読下さい。
それにしても、日本の科学者が手弁当で参加していたとは、
オドロキです。
そうした状況は憂うべきものですが、
科学者、研究者、その他勉強熱心、仕事熱心な人は、
「これは大切だ」と思ったときに報酬度外視、
ときには手弁当でコトに当たることがあります。
IPCCが始まったときに、
「これは大切だ」
と冷徹に見通すことが出来た方々がいたからこそなりなったのだと
思います。
そして我々マスコミ、メディアは、
ノーベル賞受賞後に
追い回すのではなく、
「これは大切だ」
という段階で、
(IPCCで言えば、1988年頃)
その声に耳を傾け
わかりやすく伝えることではないかと
私は思うのですが。
勉強したい、伝えたいという気持ちならば
人一倍持っている私たちメディアは、
勉強することは決していとわない人間の
集団であると
私は思っています。
頑張りたいものです。