まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

秋はコタツ

2011-11-01 17:12:10 | 人間文化論
先日、新歓コンパを行った我が倫理学ゼミですが、
第1回の顔合わせのときには、全員に 「偏愛マップ」 を作ってきてもらって、
お互いに自己紹介をしてもらいました。
「キャリア形成論」 では自己分析のためにやってもらっていますが、
「教養演習」 や 「基礎演習」 など少人数のゼミ形式の授業では、
お互いをよく知り合うためのツールとして、この偏愛マップを利用しています。

今年も個性的なメンバーが集まり、それぞれへんてこりんな偏愛マップが揃いましたが、
そのうちの1人が好きなもののカテゴリーのひとつとして 「秋」 を挙げていました。
真っ先に 「秋」 を挙げていましたので、よっぽど好きなのでしょう。
まあでも、それはそんなに珍しいことでもありません。
ただ私としてはちょっと気になることがあったので、すぐに質問してみたくなりました。
「福島って秋がなくない?」
まあ秋がないというのは言い過ぎですが、秋っていつからいつまでだったっけ?
とわからなくなってしまうくらい、福島は秋が短い気がするのです。
今年なんか特にそうでしたが、猛暑のまま残暑に突入し、
いつまでも暑いなあと思っていたら、あの台風のあと一気に冷え込み、
いつの間にやらもう冬になってしまったような気がするのです。
いや、たしかに今は冬と言うにはまだ早過ぎるような気もしますが、
私のイメージする秋はこんなに寒くないんだよなあ。
もう少し過ごしやすい季節という感覚があるのですが…。

と聞いてみたところ、山形出身の彼女によれば、
東北の秋はこれでいいんだ、とのことです。
実際、彼女の偏愛マップをもう一度よく見てみると、
「秋」 のカテゴリーの下に 「秋晴れ」 や 「紅葉」 と並んで、
「こたつ」 や 「マフラー」 が入っているではありませんか。
これはおかしいだろう、とさらに突っ込んでみました。
こたつもマフラーも冬の代名詞ではないですかい?

彼女の説明によると正確には 「こたつだけ」、「マフラーだけ」 というのが秋なのだそうです。
彼女はもうこたつを使い始めていて、
秋のあいだはストーブを使わずにこたつだけで過ごせるのがいいらしいのです。
同様に、コートはまだ着ないけれどマフラーはする、というのが秋の代名詞なんだそうです。
ハマッ子にとってはもうこたつを使ってるんだというだけでも驚きなのに、
それが秋の代名詞になるというところがさらにビックリでした。
まあ、東北出身の他の子たちも 「こたつ」 には 「ん?」 という顔をしていましたから、
みんながみんな 「秋はこたつ」 と思っているわけではなくて、
彼女がけっこう特殊な感性の持ち主なのでしょう。
「秋は夕暮れ」 と謳った清少納言も今頃、草葉の陰で、
京の都とみちのくの地のまったく異なる風物詩に驚いていることでしょう。