今日は終戦記念日。
戦争体験はないが戦後の混乱と貧困を目の当たりに見てきた世代である。
復員してきた父親の存在も家族のありようを変えた。
戦争を引きづって生きてきた長い時間があった。
以下の文章は、亡き父の文章「何とかしてくれや」の一部である。しばらく封印していたが、再度公開することにした。
遠くて近い海
其処は何と云う名の土地だったかは分からない。海の匂いがしたから東部ニューギニアの海辺の地域に違いなかった。長かった道程…。途中には深いジャングルや湿地や水の澄んだ河の流れもあった。それ等を潜り抜け渉り歩いて漸く人肌の微かに臭う開闊地へ辿り着いたのだ。軍靴は裂け、服は綻び、銃さえ棄てて裸に近い垢だらけの風貌と体で倒れ込むように転がり込んだのであった。
幾つもの部隊が入れ替って滞在した痕跡のある自然に踏み固められた広場と道路、その道路に沿って、椰子の葉やいろいろな灌木の幹の寄せ集めで組まれた高床式の小屋が点々と散在しており、汗臭い人肌の名残を漂わせていた。
私はとある小さな屋台を見付けて分隊の兵をまとめて収容し部隊の指揮班に所在を報告した。
暫くの間は此の中継地に部隊は駐留するとの上部からの通達があった。
落ち着くと間もなく人肌恋しい私は小屋を出て道路を見付け当てもなくそぞろ歩いた。 他部隊の兵隊の一部は未だ屋台の上で為すこともなく残留していた。中には、意図的な落ちこぼれの者達もいたであろう。
その時一人の兵隊の好奇心に満ちた笑顔が私の方を向いているのに気付いた私は近付いて行き、彼の屋台の縁に遠慮なく腰を掛けた。
兵隊の顔は四国の南予に近い同郷人の顔である。私にはそれが直感的に納得が出来た。やや出張った頬骨、何れかと云えば厚みのある唇の形、正にこれは同郷人の特有の顔貌ではないか。名のり合ったら果して私の村から十里近く離れ、私の親類も住んでいる或る漁港の町の住人であった。彼は私に貴重な煙草とキャラメルを手渡して呉れた。共通の知識を持っている郷土の話題に暫くの間は時の経つのを忘れた。さよならの時彼は私の顔と体をいとしむ様に見詰めて、
「がいに窶れなはっちょるが気を付けなはいよ。これから先も楽じゃないけんのう」と言った。
夜おそく、私はそっと仮小屋を抜け出した。数十米も歩くと其処は波打際であった。波は僅かに白い歯を見せて音もなく砂浜を舐めていた。
黒々として重そうな葉の茂みを頭の上に附けた背の高い椰子の幹が飛び飛びに砂浜のあちこちに根を張っていた。
明るい夜だが月の姿は見えない。空に光っているのは星粒である。
まるで宙空に浮いた電燈の様に一つ一つが馬鹿に大きく輝いていた。手を伸ばせば或いは触れそうな距離に懸っている。
大気は澄み切っていて、こちらの呼気が反って汚れを吐いている様な感じであった。
小さな肌触りの柔らかい粒石が敷き詰めていて、砂地は所々にしかない。私は仰向けに転がった。夜の微風が頬をかすめ過ぎて行く。溜まっている疲労の塊りが滴となって徐々に隠密に体の外へ融け出て行く様な快感を覚えた。
私は自分が次第に透明人間になった様に外界と合体しているのを微かに意識した。此のまま臥ていれるものなら好いなあと思った。
もう戦斗も逃げるのも沢山だと思った。こんな星空の下でずっと眠っていれたら好いなあと思った。
唯、此処の海岸や星空は日本内地とは一寸雰囲気が違う気がした。似ている所もあるが、全く趣が違うところもある。でも地球上の何処の海岸も星空も皆んな似た様なもんだよと無数の星の光が語りかけている様な気もした。
それが心の片隅でちょっぴり悲しみを呼んだ。
すると傷口が開いて溜まっていた膿が滲み出る様に突然胸の奥から熱い濡れた塊りが迫り上って来て、私は長い間忘れていた涙を噴きこぼしながら音もなく泣いていた。
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戦争体験はないが戦後の混乱と貧困を目の当たりに見てきた世代である。
復員してきた父親の存在も家族のありようを変えた。
戦争を引きづって生きてきた長い時間があった。
以下の文章は、亡き父の文章「何とかしてくれや」の一部である。しばらく封印していたが、再度公開することにした。
遠くて近い海
其処は何と云う名の土地だったかは分からない。海の匂いがしたから東部ニューギニアの海辺の地域に違いなかった。長かった道程…。途中には深いジャングルや湿地や水の澄んだ河の流れもあった。それ等を潜り抜け渉り歩いて漸く人肌の微かに臭う開闊地へ辿り着いたのだ。軍靴は裂け、服は綻び、銃さえ棄てて裸に近い垢だらけの風貌と体で倒れ込むように転がり込んだのであった。
幾つもの部隊が入れ替って滞在した痕跡のある自然に踏み固められた広場と道路、その道路に沿って、椰子の葉やいろいろな灌木の幹の寄せ集めで組まれた高床式の小屋が点々と散在しており、汗臭い人肌の名残を漂わせていた。
私はとある小さな屋台を見付けて分隊の兵をまとめて収容し部隊の指揮班に所在を報告した。
暫くの間は此の中継地に部隊は駐留するとの上部からの通達があった。
落ち着くと間もなく人肌恋しい私は小屋を出て道路を見付け当てもなくそぞろ歩いた。 他部隊の兵隊の一部は未だ屋台の上で為すこともなく残留していた。中には、意図的な落ちこぼれの者達もいたであろう。
その時一人の兵隊の好奇心に満ちた笑顔が私の方を向いているのに気付いた私は近付いて行き、彼の屋台の縁に遠慮なく腰を掛けた。
兵隊の顔は四国の南予に近い同郷人の顔である。私にはそれが直感的に納得が出来た。やや出張った頬骨、何れかと云えば厚みのある唇の形、正にこれは同郷人の特有の顔貌ではないか。名のり合ったら果して私の村から十里近く離れ、私の親類も住んでいる或る漁港の町の住人であった。彼は私に貴重な煙草とキャラメルを手渡して呉れた。共通の知識を持っている郷土の話題に暫くの間は時の経つのを忘れた。さよならの時彼は私の顔と体をいとしむ様に見詰めて、
「がいに窶れなはっちょるが気を付けなはいよ。これから先も楽じゃないけんのう」と言った。
夜おそく、私はそっと仮小屋を抜け出した。数十米も歩くと其処は波打際であった。波は僅かに白い歯を見せて音もなく砂浜を舐めていた。
黒々として重そうな葉の茂みを頭の上に附けた背の高い椰子の幹が飛び飛びに砂浜のあちこちに根を張っていた。
明るい夜だが月の姿は見えない。空に光っているのは星粒である。
まるで宙空に浮いた電燈の様に一つ一つが馬鹿に大きく輝いていた。手を伸ばせば或いは触れそうな距離に懸っている。
大気は澄み切っていて、こちらの呼気が反って汚れを吐いている様な感じであった。
小さな肌触りの柔らかい粒石が敷き詰めていて、砂地は所々にしかない。私は仰向けに転がった。夜の微風が頬をかすめ過ぎて行く。溜まっている疲労の塊りが滴となって徐々に隠密に体の外へ融け出て行く様な快感を覚えた。
私は自分が次第に透明人間になった様に外界と合体しているのを微かに意識した。此のまま臥ていれるものなら好いなあと思った。
もう戦斗も逃げるのも沢山だと思った。こんな星空の下でずっと眠っていれたら好いなあと思った。
唯、此処の海岸や星空は日本内地とは一寸雰囲気が違う気がした。似ている所もあるが、全く趣が違うところもある。でも地球上の何処の海岸も星空も皆んな似た様なもんだよと無数の星の光が語りかけている様な気もした。
それが心の片隅でちょっぴり悲しみを呼んだ。
すると傷口が開いて溜まっていた膿が滲み出る様に突然胸の奥から熱い濡れた塊りが迫り上って来て、私は長い間忘れていた涙を噴きこぼしながら音もなく泣いていた。
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