2/7 あれはいつだった? 第21話
ドア前でガサガサ音がして、ドア下からなにかが滑りこんだ。
それは宅配便の不在通知だった。
母からだった。
翌日再配達され、それは母の煮ものだった。
旭が大好きな筑前煮といただきものだけどと
佃煮が何種類か入っていた。
旭は受け取ったの電話をしながら、行ったときでよかったのに
って言った。
その晩直子が来たとき、これお袋の味だけど
食べてみるって筑前煮が置かれた。
直子は別に迷うこともなく、すぐ食べた。
そしておいしいってニッコリした。
お料理がお上手なのね、と、さらにいくつかつまんだ。
でもこの味になるにはかなり修行しないと
とポソっと言った。
別にそんなことしなくてもいいよ。
直子は直子の味なんだから。
直子はフランス料理が好きだった
と言うか、
手間がかからないポートォフーとかラタトゥーユ・ニソワーズなんかを
よく作った。
旭は直子のオムレツ、プレーンのオムレツが好きだった。
それはバターと卵だけのシンプルなオムレツだったけど
白味にちゃんと火が通っていて、固すぎず
とろけるようなオムレツだった。
それを軽く焼いたトーストの上に乗せて食べるのが
旭は好きだった。
直子はその上にその時あるジャムを乗せるのが好きだった。
旭の部屋ですごす日曜日の朝はたいていこのメニュだった。
直子においしいバターで味がよくなるって言われて
時間があるとデバートなんかの地下街をバターを探して歩いた。
ある日、指輪の御礼って直子がプレゼントを持ってきた。
それは直子が気に入って、旭に着せたいと思った
ポロシャツとかT-シャツとか数枚あった。
直子は旭の好みをしっかり把握していたから
そのプレゼントは旭が自分で選んだように
旭の気にいったのだった。
直子はもう僕の奥さんだね
と旭はうれしそうに言った。
そうなの?
でもまだご両親にも会っていないし・・・
確かに
旭は自身に言った。
話したいことがある。
そう旭が言ったとき、きた って直子は覚悟した。
聞くわよ 直子は軽く言ってみた。
そして旭に手で座ってってソファを示し、
自分もそばに座った。
旭は姉たちの”迫害”をどこから言おうと思った。
ソファに座った後も旭はしばらく沈黙していた。
記憶をたどっていた。
あれはいったいいつから始まったのだろう?
旭の胸が締め付けられた。
直子は旭の顔みて、旭が泣くかと思った。
そしてそっと旭の冷たくなっている手をにぎった。
無理しないでいいのよ、
とささやくように言った。
旭のチィ姉ちゃんは、旭より5歳上だった。
旭の大姉ちゃんは10歳以上上だった。
一番怖かったチュー姉ちゃんは8歳上だった。
思い出さないようにしていたことに面と向かってみると
一番記憶にある風呂上がりで真っ裸な旭が
姉たちの真ん中でひっくり返されたときが浮かんだ。
旭はまだ何が始まるかまったくわからなかった。
あれはいつだった?
大姉ちゃんが母親に私たちが旭に着せてあげるから
と、母親を遠ざける声が聞こえた。
暑い日だった。
チュー姉ちゃんは祖父の気に入らないことをした。
何をしたか、誰も、チュー姉ちゃんすら覚えていない。
祖父は自分のベルトの1本でチュー姉ちゃんの尻を高くして
鞭打った。
チュー姉ちゃんの悲鳴に母が飛んできた。
母はお許しください。 よく言ってきかせますから
と祖父の手にすがった。
その時、振り下ろそうとしたベルトが母の顔に当たった。
ギャという悲鳴とともに母は畳にうずくまった。
祖父はまずいとベルトを持ったままその場を去った。
母の顔のベルトの痕は完治するまで何か月もかかった。
姉たちの祖父への嫌いは憎悪にかわった。
父も自分を育てた父親への怒りから
父親の健康を口実に知り合いの医者の病院に入院させてしまった。
父はこの短気ですぐ暴力をふるう父親を嫌悪していた。
その日、旭はまだ一才にもなっていなかった。
旭が大きくなるにつけ、その容姿が祖父に似てきたのだった。
姉たちは旭が嫌いだった。
旭が祖父に可愛がられたことだけが理由ではなかった。
でも本当の嫌いな理由ははっきりとわからなかった。
祖父からゲンコツを受けたのは3人の姉全員だったけど
鞭打たれたのはチュー姉ちゃんだけだった。
チュー姉ちゃんが
旭から特に恐れられたのは一番暴力的だったからかもしれなかった。
もし大姉ちゃんが跡の残ることを恐れて止めなければ
チュー姉ちゃんはもっと旭に暴力をふるったかもしれなかった。
チュー姉ちゃんは密かにあの日、自分をたたき、母を傷つけたベルトを
衣装ダンスの奥に隠していた。
あ・き・らさん、直子は旭の両肩をもって引き寄せた。
そして抱きしめた。
旭は声をあげて泣いた。