モノスヤ☆のまきのテケテケあるある記。

花柳仲登嗣(モノスヤ)&仲真央(のまき)のコンビは2013年もブルワーズ青木を鋭意応援して生きます!!芸道も精進ちゅ♪

トシを感じる瞬間

2008-02-26 12:46:55 | いろんな話。
最近、身近の老いを実感するにつれ年齢を自覚するようになってきたと思います。

まだまだ身を置いている世界では洟垂れ小僧扱いだとしても、ふつうの世間的には既に中堅的存在。

小さいながら世帯という一国を持つ身としては若ぶってもいられなくなりました。

周りは、まだまだ若いじゃないと言う人と。
もう、そんなに若くはないのよと言う人とが極端で混濁しています。

自分の中では、もうそろそろ折り返し地点なのねという感慨。

あと半分ある(と思う)反面もう半分しかない(かもしれない)。


明日の我が身さえわからないのよ、と思うのが本心ですけどねー。


どうやら自分の身を守り、すこしでも存えたいという内心が無意識に働くせいか無駄なことをしなくなりました。

あれ?昔から?

長いものには巻かれたり逃げるが勝ちとばかりにスタコラサッサと退散してみたり。

あれ?以前から?

勝てない勝負はしないし無駄な抵抗はしないし面倒なことには首を突っ込まないし。
聞きたくない話は耳が閉じるし。

時折、目もかすむしさ。
人間の肉体と精神って、つくづく自分に都合よくできてると思います。


それで「年齢を実感する瞬間」「齢を感じる瞬間」それは娘M嬢を見てて思うんだけど。

若いって刺激を欲することなのね。

昨晩、月曜日は『名探偵コナン』の日で。
毎週、彼女は楽しみにその日を待っているのです。

年明け1月14日の第491話「赤と黒のクラッシュ」からは、いったい何話で完結するのか(しないのか)という謎解き長編が放映されています。

それがM嬢的に面白くて仕方ないらしい。

私も母R子も最初のうちは、あーでこーでと推理に参加していました。
しかし最近は、すっかりそれも止めてしまいました。

ない頭をひねっても、その謎が解かれはしないし。
もつれる一方だからです。

登場人物の相関も複雑だし、どれがイイヒト(味方)で誰がアクニンなのかもさっぱりわからない。

娘M嬢は今朝、昨夜のストーリー展開について。

「私のほうの味方だから」

などと言い出す始末。どうやら彼女は自分をFBIの者と勘違いし始めているようです。

本当にFBIがイイヒトなのかどうかもわからないじゃない?
とか言ったらムッとされた。

私にすれば、もうどうでもいい話なんです。
誰が犯人だとか誰が死んだとか誰と誰が関係があるとか、なんてさ。

面倒くさい。
覚えるのも考えるのも、さ。


最近は推理小説を始めとする小説の類は全く読まないし。あんなに大好きだったのに。

ドンパチとかスリルとサスペンスの映画も観る気がしないし。
だからといって恋愛モノも興味を覚えないし。

その割に癒しって言葉もあんまり好きじゃないし。

要は刺激ってものを一切必要としません。
だって日々があまりに刺激に富み過ぎて疲れるんだもん。


自分好みの美味いものを食って寝るだけ寝れれば、それでいいやとか思う。


こういう時、齢を実感しますわ。

そして、こうして枯れながらすごく長々と生き永らえてしまいそうです。
すまん。

オイ考

2008-02-26 08:33:01 | いろんな話。
私には身内のたぐいは少ないけれど、そのぶん芸道上の親子や兄弟姉妹の関係を持つ存在が多くあります。

私が物心ついた頃や、20年30年と身近に親しんだ方が年齢を経ていく姿を間近で見ていくのは切実にリアルです。

私も同じだけ齢を重ね、たとえば3歳だった妹弟子が三十路目前となる。
その妹弟子の子が、あのときの妹の年に間もなくなる。

こんな場合はリアルに感慨深いけれど・・・・・・

四十路五十路だった方たちが70代、80代となるその姿を見るのは。
まざまざとした現実を突きつけられたようで、そのリアルさが苦しくなります。

辛くもあります。


日々、母R子と誰それさんのそんな話をして深いため息をついても所詮は趣味の世界でのつながり。

赤の他人である私たちに、いったい何ができるのか。

考えます。考えても答えは出ない。
答えが出ないことなら考えるのをやめたらいいのに、それでも考えてしまう。

「老い」について、しみじみと考える今日この頃です。


実際に接して体験して色々と知った中で強烈に印象に残るのは、ひとは自分の保身のためなら自分を病んでいくものなのだということです。

主に心、場合によって身体。

病は気から、という言葉があるけれど。
それは気の持ちようで病気にもなり病気をも治る(場合がある)ということと理解しているように。

避けたい事柄、忘れたい物事。消したい記憶、認めたくない事情があったりする時。
心身を病んだり痴呆を引き起こしたりすることもあるのだということ。


自分の身内や自分に置き換えて誰にでも、そんな可能性が潜んでいると思います。
だから他人事じゃないし怖くもあるし、いったいどんな風に接していけばいいのだろうかと悩んだりもします。

会話していても、その返答に困ることもあったりする。

肯定も否定もせず、にこにことウンウンと頷きながらただ聞くだけ聞いていて。
本当にこれでいいのか、と内心自問しているけれど答えは出ない。


たまに左の耳が、ほとんど聞こえなくなったりする。

これすらも自分の身を守ろうとして耳が閉じているのかな、とか。
思ってしまいます。


何とも言いようのない切なさを抱えたまま布団に潜り込んだら、いろんなことが間に合っていない夢を見ました。

ひたすら、もがき焦っているのに思ったように動けないの。

でも時間は刻一刻と迫ってくる。
そして、すんでのところで何とかなるんですけどね。


強迫観念?でしょうか。

自分で、こんなようなことがこなせなくなったら。
自分も保身のために忘れてしまうんだろうか、とかいう漠然とした不安。