by 高野孟『高野孟のTHE JOURNAL』2020.10.13
何もかも出任せの言いっ放しという安倍政権の無責任――例えば、「女性の活躍」はどうなったのか?
安倍晋三前首相は何によらず、大袈裟な口ぶりでその場限りの出任せを言って最初のうちだけやってるフリをして、半年か1年もするともうすっかり忘れたかのように、全然別のことを言い出して「やってるフリ」を更新するという風で、検証も総括もせずに放ったらかしにしてしまう。どうせ国民はバカだから、いちいち覚えていないよと思ってそういうことを繰り返してきたのだろうが、そうは問屋が卸さない。安倍前首相の挙動のいちいちをこれからも粘っこく追及して責任をとらせなければならない。それは単に過去を振り返るためだけでなく、安倍前首相の共犯者でありながらそっくりそのまま政権を引き継いだ菅義偉首相の未来を占うためでもある。
「成長戦略の中核」が何だったか覚えていますか?
例えば「女性の活躍」である。多分誰も覚えていないかもしれないが、安倍政権の最初の国民向けのメッセージはこれだった。
第2次安倍政権が発足して3カ月、日銀総裁の首を黒田東彦に挿げ替えて鳴り物入りで「アベノミクス」を発動させた安倍前首相は、4月19日に日本記者クラブで乾坤一擲とも言えるテンションの高い「成長戦略スピーチ」をブチ上げ、その中でこう述べた。
人材資源も、活性化させねばなりません。優秀な人材には、どんどん活躍してもらう社会をつくる。そのことが、社会全体の生産性を押し上げます。
現在、最も生かしきれていない人材とは何か。それは、女性です。女性の活躍は、しばしば、社会政策の文脈で語られがちです。しかし、私は、違います。成長戦略の中核をなすものであると考えています。
女性の中に眠る高い能力を、十二分に開花させていただくことが、閉塞感の漂う日本を、再び成長軌道に乗せる原動力だ、と確信しています。
「社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする」という〔03年に小泉内閣の男女共同参画推進本部が掲げた〕大きな目標があります。
先ほど、経済三団体に、全上場企業において、積極的に役員・管理職に女性を登用していただきたい。まずは、役員に、一人は女性を登用していただきたい」と要請しました。
唯々諾々と付き従った経済界トップの腑抜け
この演説の直前に、米倉弘昌経団連会長、岡村正日本商工会議所会頭、長谷川閑史経済同友会代表幹事を官邸に呼びつけて、首相自ら、民間企業の役員・管理職に女性を増やせ、まず役員の1人は女性にしろと迫るという、念の入った演出まで繰り広げた。
首相から直接言われたのでは仕方がないということで、経団連は7月に企業行動委員会の下に「女性の活躍推進部会」を設置、翌14年4月には「女性活躍アクション・プラン」を公表した。それをバックアップすべく15年8月には「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」も成立し、従業員301人以上の大企業や、国・地方自治体の採用者や管理職に占める女性の割合を各自が数値目標を立てて公表することを義務付けた。
数値目標を公表はするがそれを達成できなくても罰則・罰金がある訳ではないから、これはつまり経済界も政府と一緒になって「やってるフリ」に付き合えという法律にすぎなかった。なので、このようなひと騒ぎの後ではほとんど話題に上がることもなかった。
7年後に女性はどれだけ輝いたか?
ピョ~ンと飛んで7年後に「女性の活躍」はどこまで進んだかの数値を示そう。
第1に、大企業の役員における女性の割合だが、内閣府男女共同参画局HPが掲げている「上場企業の役員に占める女性の割合」のグラフ(図1)では、13年に1.8%であったものが18年には4.1%と2.3倍ほどに増えてはいるものの、30%という大目標には到底及ばない。
それどころか、安倍前首相が経済3団体代表に求めた「まずは役員の1人だけでも女性を」という控えめな目標さえ達成には程遠い。東京商工リサーチの20年8月11日の発表によると近年むしろ後退さえしている(図2)。「ゆっくりと女性の役員登用は進んでいるが、20年3月期決算の上場企業では女性役員比率は6.0%(前年同期4.9%)、まだ5割(1,152社)の上場企業で女性役員はゼロ」である。
第2に、管理職の範囲を「課長級から役員まで」に広げて統計を探すと、19年7月厚労省発表「平成30年度雇用均等基本調査」に「役職別女性管理職割合の推移」があり(図3)、その中の「課長相当職以上(役員を含む)」(但しこれは企業規模10人以上のほぼ全企業が対象)を見ると、13年度の9.1%から18年度の11.8%に微増はしているけれども、30%の大目標からすればほぼ横這いである。
公務員の中でも増やさないと
第3に、民間をその気にさせるためにも、まずは国家・地方公務員が率先、女性比率を増やさなければならない。そこで13年6月に官邸が「各省庁の重要ポストに女性を積極的に登用せよ」と指示。それを具体化して、直ちに厚労省内の事情を飛び越える形で事務次官に村木厚子社会・援護局長を充てることにした。その後、経産省の山田真貴子官房審議官を首相補佐官に、人事院の一宮なほみ人事官を人事院総裁にするなどの派手な演出を連発した。
しかし、それでどうなったかは定かならず、内閣府のHPには「女性の政策・方針決定過程への参画状況の推移」というなかなか面白い図があって(図4)、国家公務員として採用される人の中で女性の割合はわずかながらでも増えて、19年には35.4%と3分の1を超えるところまで来たけれども、この年の本省の課長・室長での女性割合は何と5.3%であるという過酷な現実が浮き彫りにされている。
地方公務員でも、このように女性が幹部になりにくい状況はほぼ同じである。
政治の女性化は必須であるはずなのに
安倍前首相がもし責任ある政治家として、民間企業や国家・地方公務員に女性割合を上げることを求めるのであれば、率先して自らのフィールドである政治の世界におけるそれを実現して範を垂れるのでなければおかしい。
列国議会同盟(IPU)のしばしば引用される統計「政治の中の女性」2020年版を見ると、国会議員(2院制の場合は衆議院)の中で女性が占める割合で日本は9.9%で全189カ国中で165位の最低ランク・グループに属する(図5)。図には165位近辺だけを切り取っているが、日本の前後は途上国ばかりで、その中には普通の人が「こんな国、あったっけ」というようなところもある。アジア地域平均の20.5%にも遠く及ばない。
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また同じく閣僚級ポストに女性が占める割合では15.8%で全182カ国中で113位(図6)。もっと詳しく、第2次安倍内閣の女性閣僚を見ると次のようになる(IPUとは統計の取り方の違いからか必ずしも一致しない)。
内閣名 発足日 閣僚数 内女性 比率
・第2次安倍内閣 12-12-26 19 2 11%
・ 〃 (改造) 14-09-03 23 6 26
・第3次安倍内閣 14-12-24 21 4 19
・ 〃(1次改造) 15-10-07 21 3 14
・ 〃(2次改造) 16-08-03 22 3 14
・ 〃(3次改造) 17-08-03 20 2 10
・第4次安倍内閣 17-11-01 21 2 10
・ 〃(1次改造) 18-10-02 21 1 5
・ 〃(2次改造) 19-09-11 22 3 14
2013年春に言い出して、それから最初の14年9月の改造ではさすがに26%にまで膨れ上がるが、この内閣で小渕優子と松島みどりはたちまち辞任に追い込まれており、それで熱が覚めたのか、以後は比率が下がるばかり。18年10月の改造では5%にまで後退した。ここにも、やってるフリも1年がせいぜいで、そのあとはフリすらも忘れて放ったらかしというのが安倍流儀がはっきりと表れている。
ちなみに、この間に登用されたのは13人(回数は安倍政権下での入閣回数)。
3回以上:高市早苗(6)、上川陽子(4)、山谷えり子(3)
2回:有村治子、丸川珠代、稲田朋美、野田聖子、森まさこの5人
1回:小渕優子、松島みどり、島尻安伊子、片山さつき、橋下聖子の5人
菅義偉政権は上川陽子と橋本聖子の2人である。
どうして日本の全女性は怒らないのか?
こうして、世界的に見ても日本の状況は恥ずべき状態であることが分かる。安倍前首相の「女性の活躍」は何の成果も上げなかったどころか、自分が首相として選任する閣僚においてすら何の進展もなく、また衆議院議員の各党別の女性比率を見ても、自分が総裁を務める自民党の方が格段に低い(20年9月時点、比率が大きい順)。
共産党 25.0%
立憲・国民・社民 14.3
公明党 13.8
維新の会 9.0
自民党 7.4
人様に向かっては「女性の活躍は成長戦略の中核」などと吹きまくるが、自分では何もしないというこの甚だしい無責任ぶりに、全女性は決起して糾弾し、自分の言葉に責任を持つとはどういうことかを思い知らせてやるべきである。これほどまでにバカにされて誰も怒らないという、男だけでなく女の従順さが「安倍一強」の虚構を支えてきたのである。それを菅政権にまで引き継がせてはならない。
あ、1人だけ本気で怒っている女性を見つけた。村上由美子=経済協力開発機構(OECD)東京センター所長が6日付「東京新聞」夕刊に「新政権に問う/指導層の『女性不在』にメスを」と書いていた。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年10月12日号より一部抜粋)
今日非正規待遇格差裁判の高裁判決が出た。不当判決と言わざるを得ない。闘った主体は女性たち、非正規の女性たちであった。日本の女性も怒っている。それを受け止めないのが「国家」だ。口先で言ってみただけ!?
(東京新聞社説より抜粋)
待遇格差判決 非正規差別を正さねば
2020年10月14日
賞与や退職金…正社員と非正規労働者との間にある待遇差を高裁が「不合理」としたのに、最高裁は覆す判断をした。「同一労働同一賃金」の制度下では、もっと非正規への差別が正されるべきだ。
「私たち非正規を見捨てた判決だ」と原告の女性は言った。