時折、中島みゆきは天才じゃないかと思います。
いや、まあ実際4世代(70年代、80年代、90年代、00年代)に渡ってシングル・ヒットチャート1位を取った初めての歌手ですから、天才に違いないのでしょうけど。
私は中学生の頃、かのプロジェクトXの主題歌、「地上の星」で中島みゆき好きになりまして、初めて買ったアルバムCDも中島みゆき、現在ではパソコンの中に100曲以上のみゆき曲集が入っていて、研究の傍らよく聞いているという立派な中島みゆきファンであります。
で、そんな私が最近ハマったのが、2007年にみゆき様が出した「一期一会」という曲です。世界ウルルン滞在記のテーマ曲になっていましたから、結構聞いたことのある方も多いと思います。
この曲、先日那覇から福岡への飛行機の中で流れており、空の旅とあいまって胸にグッと入ってきたのです。(その後に流れていた廣瀬香美の「ロマンスの神様」も名曲でした)
1番の歌詞を書きますと、
「見たこともない空の色 見たこともない海の色
見たこともない野を越えて 見たこともない人に会う
急いで道をゆく人もあり
泣き泣き 道をゆく人も
忘れないよ遠く離れても 短い日々も 浅い縁(えにし)も
忘れないで私のことより あなたの笑顔を 忘れないで」
旅好きの私にはかなりグッとくる歌詞です。世界ウルルン滞在記を意識した詩だと思いますが、一般的な旅、さらには人生にも当てはまる良い詩ではないでしょうか。
中島みゆきの声色でこの詩を聴くと、この四年間の沖縄滞在に万感の思いが湧いてきました。
大学入試の際、奈良は氷点下1度だったのに、那覇空港に着いたら25度でクーラーががんがん入っていて、あまりの気候の違いに、「これからちゃんと生活していけるのだろうか」と戸惑ったり、初めてビーチで泳いだとき、すぐそこに熱帯魚が泳いでいてびっくりしたり、自転車で大学から空港に行った帰り、道を間違えて北谷まで回り道してしまったりなどなど、当時はまだまだウブだったなあと思います。
2005年の4月1日に沖縄に来て、2日目までは那覇のビジネスホテルに泊っており、3日目から寮の自分の部屋で寝始めました。当時は一週間分程度の着替えと何冊かの愛読書くらいしか所持していなかったので、何もない部屋の中で一人ベッドに寝転がって、ひたすら天井を眺めていたものです。いつのまにか眠っていて、夜が明ければ、見たこともないような青空とほとんど真上から照りつける強烈な日差しが待っていました。建物の個室と反対側のリビングからは紺碧の海が見え、奈良盆地の内側で生まれ育った私には、そんな景色の中で生活していることが嘘のようでした。
「一期一会」の2番目の歌詞は、
「見たこともない月の下 見たこともない枝の下
見たこともない軒の下 見たこともない酒を汲む
人間好きになりたいために
旅を続けてゆくのでしょう」
というものですが、沖縄滞在の思い出だけではなく、奄美沖を航行中のフェリーから見た月夜の海、冬の釧路湿原で誰もいない林道を歩いていたこと、青森県黒石市の雁木(通り沿いの家々の軒先が長く伸びており、その下を通行できる)の軒の下、宮古島での「オトーリ」(人数分の回数行われる回し飲み)の洗礼などなど、旅の先々で出会った風景や文化というのは、実に面白いものでした。
旅先で出会った人々とは、もう二度と会えないかもしれません。私自身、中国旅行の帰りに飛行機で隣の席になった小父さん、函館から乗った汽車で写真を撮ってもらった家族連れ、東京の中央線の車内で話した小母さま、山陽本線の鈍行列車で会った大学生など、連絡先も知らず、恐らく二度と会えないだろうけれども、記憶に残る人々が数知れずいます。
でも、だからこそ旅の思い出は引き立つのです。彼らと会って話した思い出は、写真やビデオには残っていなくても、今でもしっかりと心に残っています。時折、そのときの会話を思い出しては、懐かしむものです。
「一期一会」・・、そういえば中学卒業時に、担任の先生から送られた言葉も、この言葉でした。(今も先生筆の色紙が残っています)この言葉の元の意味は、茶の湯を出す際に、「一生に一度の場」だとの思いを込めて主客ともに誠意を示すべきだとの教えなのですが、転じて人生全般、一期一会の心で日々を過ごせとの思いだったそうです。
とにもかくにも、この中島みゆき様の「一期一会」、確実に名曲だと思いますし、もっと売れても良い曲です。一度聴いてみることを、おススメしますよ。
いや、まあ実際4世代(70年代、80年代、90年代、00年代)に渡ってシングル・ヒットチャート1位を取った初めての歌手ですから、天才に違いないのでしょうけど。
私は中学生の頃、かのプロジェクトXの主題歌、「地上の星」で中島みゆき好きになりまして、初めて買ったアルバムCDも中島みゆき、現在ではパソコンの中に100曲以上のみゆき曲集が入っていて、研究の傍らよく聞いているという立派な中島みゆきファンであります。
で、そんな私が最近ハマったのが、2007年にみゆき様が出した「一期一会」という曲です。世界ウルルン滞在記のテーマ曲になっていましたから、結構聞いたことのある方も多いと思います。
この曲、先日那覇から福岡への飛行機の中で流れており、空の旅とあいまって胸にグッと入ってきたのです。(その後に流れていた廣瀬香美の「ロマンスの神様」も名曲でした)
1番の歌詞を書きますと、
「見たこともない空の色 見たこともない海の色
見たこともない野を越えて 見たこともない人に会う
急いで道をゆく人もあり
泣き泣き 道をゆく人も
忘れないよ遠く離れても 短い日々も 浅い縁(えにし)も
忘れないで私のことより あなたの笑顔を 忘れないで」
旅好きの私にはかなりグッとくる歌詞です。世界ウルルン滞在記を意識した詩だと思いますが、一般的な旅、さらには人生にも当てはまる良い詩ではないでしょうか。
中島みゆきの声色でこの詩を聴くと、この四年間の沖縄滞在に万感の思いが湧いてきました。
大学入試の際、奈良は氷点下1度だったのに、那覇空港に着いたら25度でクーラーががんがん入っていて、あまりの気候の違いに、「これからちゃんと生活していけるのだろうか」と戸惑ったり、初めてビーチで泳いだとき、すぐそこに熱帯魚が泳いでいてびっくりしたり、自転車で大学から空港に行った帰り、道を間違えて北谷まで回り道してしまったりなどなど、当時はまだまだウブだったなあと思います。
2005年の4月1日に沖縄に来て、2日目までは那覇のビジネスホテルに泊っており、3日目から寮の自分の部屋で寝始めました。当時は一週間分程度の着替えと何冊かの愛読書くらいしか所持していなかったので、何もない部屋の中で一人ベッドに寝転がって、ひたすら天井を眺めていたものです。いつのまにか眠っていて、夜が明ければ、見たこともないような青空とほとんど真上から照りつける強烈な日差しが待っていました。建物の個室と反対側のリビングからは紺碧の海が見え、奈良盆地の内側で生まれ育った私には、そんな景色の中で生活していることが嘘のようでした。
「一期一会」の2番目の歌詞は、
「見たこともない月の下 見たこともない枝の下
見たこともない軒の下 見たこともない酒を汲む
人間好きになりたいために
旅を続けてゆくのでしょう」
というものですが、沖縄滞在の思い出だけではなく、奄美沖を航行中のフェリーから見た月夜の海、冬の釧路湿原で誰もいない林道を歩いていたこと、青森県黒石市の雁木(通り沿いの家々の軒先が長く伸びており、その下を通行できる)の軒の下、宮古島での「オトーリ」(人数分の回数行われる回し飲み)の洗礼などなど、旅の先々で出会った風景や文化というのは、実に面白いものでした。
旅先で出会った人々とは、もう二度と会えないかもしれません。私自身、中国旅行の帰りに飛行機で隣の席になった小父さん、函館から乗った汽車で写真を撮ってもらった家族連れ、東京の中央線の車内で話した小母さま、山陽本線の鈍行列車で会った大学生など、連絡先も知らず、恐らく二度と会えないだろうけれども、記憶に残る人々が数知れずいます。
でも、だからこそ旅の思い出は引き立つのです。彼らと会って話した思い出は、写真やビデオには残っていなくても、今でもしっかりと心に残っています。時折、そのときの会話を思い出しては、懐かしむものです。
「一期一会」・・、そういえば中学卒業時に、担任の先生から送られた言葉も、この言葉でした。(今も先生筆の色紙が残っています)この言葉の元の意味は、茶の湯を出す際に、「一生に一度の場」だとの思いを込めて主客ともに誠意を示すべきだとの教えなのですが、転じて人生全般、一期一会の心で日々を過ごせとの思いだったそうです。
とにもかくにも、この中島みゆき様の「一期一会」、確実に名曲だと思いますし、もっと売れても良い曲です。一度聴いてみることを、おススメしますよ。