塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

僕が勝手に使う「長粋」という言葉

2016-06-22 00:51:22 | 日記
 昨日、両親と上山田の緑地公園に出かけた際、やはり多くの吸い殻と空き缶を見つけました。

 正直、この公園をそれほど多くの方が利用しているようには思えませんが、だからこそ捨てても誰も見ていない、という気になってしまうのでしょうか?

 上山田温泉は観光地ですし、旅人も地元住民も美化問題凄く大切なんですけれどもね。

 僕は最近、自分で勝手に「長粋」という言葉を作りました。

 この意味は幾つかありまして

 1・長生きという言葉にかけている
 2・長野という伝統が息づく街では、粋、つまり服装やマナーと言った心意気が大切である
 3・健康で長く生きて、パルセイロを応援したい

 という形なのですが。

 これも勝手な解釈ですが、長野に似合う色は紺である、これはパルセイロを象徴する色だからですが、だからこそ紺のブレザーや背広を意識して着用したいとも思います。

 南長野でもボランティアの皆さんが

 「ごみの分別、持ち帰りにご協力を」

 と頭を下げていますが、それは本来お願いされる代物ではありません。

 長野は地方都市であり、中には物足りない、東京のような首都圏に住みたいと考える方もいると思います。

 一方で、長野くらいの規模が丁度良いという方もいるでしょう。

 その感性の中に、パルセイロというサッカークラブがあることを意識してもらえるような、そんな存在になるようクラブが歩みを止めないことを期待します。

 僕は高校時代を篠ノ井で過ごしましたが、駅前にこんなオレンジの旗がひらめくこと、当時では考えられない出来事でしたから。
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文明の発達と明確な線引き

2016-06-22 00:38:25 | 日記
 文明の利器という言葉があります。

 1980年代は衛星放送が無かったため、選手たちはマラドーナのビデオを擦り切れるまで見て、その技術を目に焼き付かせたと言います。

 それまでは雑誌に掲載される連続写真が確認の手段でしたから、ビデオで「動く選手」を確認できることは、本当に凄いことだったのでしょう。

 その文明の利器が今はスマートフォンであり、インスタグラムになります。

 機械音痴の僕ですら、レイクやメンズEXでスーツやスポーツ・ジャケットの着こなしを確認しているくらいですから、みなさんが日々の服装や選手の日常を知りたいと思うのは当然と言えます。

 一方で以前は明確な線引きがあった

 「選手とファンの距離」

 が完全にあやふやとなりました。

 僕がサッカーに関心を持つようになった頃は

 選手へのファンレター代筆
 ファンレターの書き方
 
 というように、海外への手紙の書き方と郵送、ま田実際に届いた返事を紹介する読者ページを、各誌が持っていたものです。

 当時も今も、代表選手が多忙ですから、マネージャーや関係者が代筆を行っていた、返事よりも自分のポストカードにサインだけして返信という、簡易な形もありました。

 それでも受け取った方の喜びは、本当に大きかったと思います。

 それは自分と選手の間に明確な線引きがあることを、自覚していたためです。

 今は物凄い勢いで通信手段が発達しています。

 そこには選手もファンも、本来備えているべき「謙虚さ」が失われているのかもしれません。
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