★ベトナム・ハノイは「こんなとこ」★

コネなし、金なし、能力なし。50を過ぎて、単身ハノイで会社を作り10年目。毎日「こんなふうに」すごしています。

ベトナムハノイの「感染状況のその後」

2022-02-22 12:33:41 | ベトナム・ハノイ

 社内クラスターが発生してから「追跡情報」を整理した。

弊社のコロナ関連情報(2月22日現在)である。

3回接種率 39.6%
2回接種率 100.0%
   
感染率 25.0%
3回接種後の感染者 6.3%
2回接種後の感染者 25.0%

日本と比較しても3回目ワクチン接種率は高いし、2回接種率は100%である。

それでもクラスターは発生した。しかしこの接種率の高さからか、重症化は起きていない。

そしてこの結果をもって

*2月いっぱいのオフィスの完全閉鎖と「消毒作業」

*2月いっぱいの「在宅勤務」

を決定した。 3月からも「妊娠者、5歳以下の子供のいる社員」「感染可能性のある者」は引き続き

在宅を行う。

 現在ベトナムでは昨日で感染者46861人、死者数105人になっている。高どまり状況だが

ベトナムは「どんどん規制緩和に動いている」昨日は「カラオケやディスコの営業再開を示唆」した。

これには「ワクチン接種率が向上し、死者数、重症化数が低下している」現状があるようだ。

欧州と同じ「コロナとの共存へ大きく舵を切った」

 弊社としても「感染者は多く出たが、平均3日で職務復帰をしている現状」を見ると

それなりの対応を考えるべきなのかもしれない。しかし日本のように高齢者を中心に死者数増加の観点から

自分だけは「引き続き感染防止」を継続しようと考えた。年齢はどうにもならない。

 

 

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ベトナムハノイの「音楽事情」

2022-02-21 17:04:26 | ベトナム・ハノイ

 自分は「音楽が好きだ」小学校3年生の時、家も近く仲の良かった友人には2人のお兄さんが居り

その「一歩進んだ音楽センスに大いに影響された」自分たちが「ミニカーで遊んでいる近くでは

簡易ステレオ(音楽プレーヤーに少し良いスピーカーのついたステレオ)で主に

*ポップスやビートルズ、ビージーズ、クリーム(エリッククラプトン)レッドツェッペリン、

ピンクフロイド、イエス、などが流れていた。ジャンルはぐちゃぐちゃで

映画音楽が有ったり、少し後には岡林信康や古井戸、吉田拓郎等々日本の音楽も普通に流れていた。

そして友人の2番目の兄がギターを持っていた。自分はこの人からギターを教えてもらい、中学1年では

既に学校にギターを持って行ってみんなで弾いて歌っていたのである。

 そんな環境で育ったせいか音楽ジャンルには全くこだわらない趣味になっていた。

ディープパープルを聞いた後で「堺正章の【さらば恋人】に聞き入ったり」コマーシャルソングで

良い曲があると「レコード屋に行って店員に【あの宣伝で流れている曲って何ですか?】」と質問する

ませた子供になっていたこれでゲットした曲には「マンダム:ジェリーウオレスの【男の世界】」や

「サマークリエイション(ジョンシェパード:千昌夫の元の奥さんである)」などの名曲があった。

 そして自分でギターを弾くようになると「自分ができるレベルの音楽に傾倒していった」つまり「アコースティック

ギター」で手軽に弾ける「フォーク」である。吉田拓郎の全盛期だった(エレックレコード)

初めて人前で演奏した曲は「吉田拓郎のイメージの詩である」中学1年生がこんな歌をフォークギターをかき鳴らして

歌っていたとは、いやはや恥ずかしい限りである。

 こんな経歴の人間がベトナムに来て「ベトナム音楽を容易に受け入れたのは不思議ではない」

特に「ベトナムに居を移してから」はベトナム音楽を聴くことが多くなった。

テレビを見ていて(確かあの頃 YAN TVという番組があり、今のYOUTUBEで見れるようなミュージックビデオ

を流していた)良い曲があると「安ホテルのレセプションの人に帰宅までにUSBに入れておいてもらい

あの頃の音楽プレーヤーで聞いていた」そして転機は「ベトナムカラオケ」である。会社でのパーティーのあと

お金のない私も含めた社員は二次会は当然安価な「ベトナムカラオケ」に行った。

しかし自分はそのころは「ベトナム曲など全く歌えるレベルでは無かった」それが悔しくて

好きなベトナムソングから「歌えそうな曲をまず選び、YOUTUBEで歌詞を見ながら覚えたのである」

今ではベトナム曲「レパートリーは10曲ほどになった」もうベトナムカラオケに行っても心配ないのである。

(やはり歌える歌は好きな歌が多く歌手は偏る傾向だ、自分はKhac Viet(カクビエットと言う歌手の詩が多い)

 ベトナムの音楽事情は日本とは大きく異なる。著作権等が非常にあいまいなのだ。

新曲が「歌詞も含めすぐにWEB上でダウンローでできる」 少し前には「CDやDVDは正規版ではなく海賊版しかなかった」

そんな中で今ではYOUTUBEという強い味方を得て、ジャンルにこだわらず「好きな音楽を楽しんでいる」

ベトナムにはRED SONG 、YELLOWSONG、BLUE SONGと言う分類がある、レッドソングは「労働者の共産党系の

雰囲気のある曲、そしてイエローソングはレッドソングほどメッセージ性は強くないが、日本で言えば「演歌」に近い

カテゴリー、そしてその他のブルーソングである。ベトナムでは若者がこのレッドソングやイエローソングもカラオケで

歌うのである。(日本で言えば、軍歌や演歌、民謡などを若者が歌うことに等しいだろう)

 それからベトナムに来て「聞く音楽のジャンルが増えた」 ベトナムではどういうわけか「JAZZ」が結構聞けるのである。

ハノイの中心部、オペラハウスの裏手には「MINHS JAZZ BAR」と言う有名なJAZZバーがある。この場所に落ち着くまで

私の知る限りではこの店は4回引っ越しをしている。そして現在の場所に落ち着いた。MINHさんと言うサックス奏者

(現在は2代目)でべトナミJAZZ会の大御所さんが経営している。この方はJAZZ学校を主宰し、ベトナムのJAZZ演奏者を

育成している。そしてこのライブハウスでは「ここの卒業生や学生が発表の場所として演奏しているのだ」

 ハノイに一人さみしく過ごしている自分は引っ越しを続けたころから時々バイクで通ってはJAZZを楽しんでいる。

(最近はコロナで行けてないが)

 思うままに「自分と音楽、そしてベトナムハノイの音楽事情を話したが」とても語るには書面と時間が足りないようだ。

また改めてこの自分と「ベトナムハノイで楽しむ音楽について記したいと思う」(年齢が年齢なので、記した内容に関し

読者とは全く年代が異なってしまうかもしれない事はお詫びします)

 在宅で仕事を邪魔しない「JAZZ」を聞きながら、ベトナムハノイでの「音楽事情」をこんな風に考えた。

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ベトナムハノイの「ベトナム人気小説と映画化」

2022-02-21 16:01:02 | ベトナム・ハノイ

 昨晩、NETFLIXでふと選んだ映画を2つも見てしまった。おかげで今日は寝不足だ。

2つ目の映画が終わって、寝ようとしたときの時間、確か午前2:30だった。

今朝はいつも通り6:30に起床した。いつも通りの仕事ルーティ~ンをこなし

12:00~13:20まで「これもいつものルーティーンである。プールを40往復、80回泳ぎ」

そして今、軽いスナックを食べて仕事をしている。(そしてこのブログを記している)

 日本では「ベトナム小説」や「ベトナム映画」はほとんど紹介されることは無い。

自分は訪越前、「ベトナム人作家による小説をブックオフで探しまくり、ようやく10冊に満たないが

ベトナム小説(もちろん翻訳版だが)を読んだ。中には「秀作」もいくつかあった。

 その中に、現在のベトナム人気小説家「Nguyen Nhat Anh」(グエンニャットアイン)の作品も含まれていた。

しかしそんなことはすっかり忘れていたところ、昨晩見た「ベトナム映画」がこのグエンニャットアイン

の小説の「映画化されたものだった」 このグエンニャットアインは「ベトナムの若者に超人気の小説家なのだ」

本屋に行くと「グエンニャットアインコーナーがあるくらだ」

昨晩見た映画は、ベトナム題名「MAT BIEC」邦題は「つぶらな瞳」と言う。

ベトナム風景の美しい映画で「幼なじみの二人にやがて恋愛感情が生まれる。そのころ

女性は、街に出ていく、そして都会の色に染まってしまう・・・やがて男性は彼女を追って都会に行くが・・

女性の変わりように打ちひしがれ故郷の町で教師として生きていく、しかしシングルマザーになった女性に寄り添いその子供を

故郷で世話していくが・・・」のような切ない「映画であった」 

 ベトナム小説や映画化された最近の作品は「秀作が多い」と思う。以前見た同じグエンニャットアイン

「草原に黄色い花を見つける」という映画も良かった。(これはやはり幼なじみで、ベトナムの田舎の農村を舞台に

繰り広げられる初恋物語だ)是非機会が有ったら見て頂きたい映画だ、どちらも「少し前のベトナムの田舎風景を感じるには

良い映画だ」 残念ながらグエンニャットアインの作品で「日本語訳されているのは【つぶらな瞳】ぐらいだ。

 あまり宣伝もされず日本では有名でない作品だが、ベトナムに興味のある方は是非接してほしい。

ここで寝ればよかったのだが、隣にあった「Em Chua Muoi Tam (18) 」エムチュア18を見てしまった。3回目だが

これは「新しい数年前に大ヒットしたベトナム現代映画だ」自分はこの主題歌のメロディーが好きでそこから

映画を見たが、なつかしさに負けてみてしまった。(パッとしないお金持ちプレーボーイが18歳以下の高校生と知らず

手を出してしまい・・・ドタバタ劇の何も残らないハッピーエンドの映画だ。娯楽映画とはこれでよいのだ)

まさか、ベトナム映画をベトナムの映画館でベトナム人と見るようになるとは思わなかったが、もう違和感なくみられる。

(もちろん英語字幕に助けられながらだが)

もしあなたが「ベトナムに興味があるなら是非以前ブログに記した映画や、このグエンニャットアインの叙情感あふれる

映画を見てほしいものである。

 

★ちなみに自分のブログに時々登場する「4歳友人」はこの「ベトナム人気小説家と同姓同名であり、誕生日が自分と同じなのである」

しかし「小説家のグエンニャットアインは中年男性、4歳友人は女性である」

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ベトナムハノイの「新都市交通試運転?」

2022-02-21 13:13:32 | ベトナム・ハノイ

 今日も在宅勤務、休憩に「観葉植物の水やりをやっていた」

寝室の観葉植物に水をやり、ふと外を見ると、なんともう10年もほっとかれている「ハノイの新都市交通」

が走っているではないか? 「初めて見た」気づいてからスマホを取りに行き、

それでも「写真が撮れたのは、速度がめちゃくちゃ遅いからだ」10年程前から作り始め

線路はすでに2年以上前に完成したかに思われたが? その後ほっとかれて、すでに線路は錆ている。

 先日この路線のハノイ中心部の「地下部分工事」の大幅な遅れの記事があった。土地買収が遅れ

施工している海外メーカから「莫大な賠償金をベトナム政府は要求されているようだ」

 そんな中、先日ふと「アパートの真ん前の新都市交通の駅を見ると【駅名】が作られていた」

この駅の名前が「初めて分かった」(ちなみに駅名は CHUNG HAと言うらしい)ゆっくりとだが

稼働に向けて動いているようだ、しかしこの駅もずいぶん前に完成し、周りの構造物はすでに「さびてきており」

とても新規駅だと思えない雰囲気である。どうやら構造物自体の規格が安全基準から外れており、

大幅な回収をしないと許可にならないと聞いた。

 この施設も「中国の一対一路政策」のようだが、どの国でも問題になる「価格は安いが詰めが甘い」

状況は、ここベトナムハノイでも起きているようである。

急いで写したので、構図がめちゃくちゃだが、自分は初めて「この路線に電車が走っているのを見た」

すごくゆっくりな速度だったが。通常運行、そして全面開通はいつになるやら。

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ベトナムハノイの「現在の気温9℃」

2022-02-20 13:04:58 | ベトナム・ハノイ

 昨晩寝るときには「久々に暖房をかけていた」ので、特別寒さは感じなかった。

(ハノイのエアコンは暖房がついていない物も多い、この時期町の電気屋には

電気ストーブさえ並んでいる。とにかく寒いのである)

そして、暖房は切って寝たので

本日の朝、日本で言えば「薄手の夏布団と綿の薄いブランケット」で寝ていたが、少々寒かった。

「いつものようにシリーに本日の天気を聞くと【雨、最低は8℃最高が11℃】との事である」

現在は11:08晴れていれば「気温は上昇する時間であるが」天気予報では本日はもう気温はあまり上がらない

同じような気温で推移するようだ。もちろん「ハノイでは最近は無かった極寒の日曜日」だ、人通りは少ない。

 さっき「バルコニーに出てみた、雨と強い風、体感温度はもっと低いだろう」気温を見ると現在は9℃である。

寒くて中に入り、窓越しに見るハノイは、「グレーの寒々しい町だった」あと2か月もすれば「30℃を超える

日々が続くとはとても思えない街だ」

寒々しい街並みが続く。最近なかった「寒さ」である。

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