信州上田の・・・六文銭の写真帳から
信州桜紀行・・・信州・・・伊那高遠城址・・・を見に来たのですが人人人で断念。高遠の町をあとにして伊那市春日(城址)公園へ。
春日公園・・・伊那市西町沢、JR伊那市駅から徒歩15分、天竜川右岸、市街地に続く40mの河岸段丘の上。
戦国時代の春日城址。桜が見事です。
※撮影日は4月11日。
伊那という地名のルーツを探ってみた・・・伊那とは・・・読みはイナ・・・難読地名ではありませんが意味がワカリマセン。表音表記・・・当て字です。
「伊那」は、古代、新羅からの渡来人猪名部(為奈部とも)という木工技能集団が地名の由来といわれています。意味は不明です。猪名部の集団は大阪の尼崎あたりに住みつき,一部が移動をはじめます。移動の年代、理由は不明。三重県の員部(いなべ)、愛知県小坂井の伊奈、そして天竜川を遡り南信州へ、最終の到達点が現在の伊那市伊那部あたり?。伊奈一族は三河、遠州と信濃の国境から天龍川の中流、上流を占める沖積平野に至る広い範囲に定着・・・(現在の上伊那郡、下伊那郡)? 渡来人ですから木工、建築、林業、農業、土木など技術で、また文化の面で、移動した土地を発展させたと思います。
※以上は書記(応神天皇31年の記載、4世紀後半?)、和名抄などの僅かな記載から研究者が推定したもの。それを確かめる記録はありません。
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