知人から「山崎豊子さんの『運命の人』読み終えたので、議員読み ますか?」と聞かれ、夢中になって読んだ「大地の子」・「沈まぬ太陽」を思い出し、すぐに借りて全4巻をようやく読み終えました。山崎豊子さんの本を手にしたのは10年ぶりになるでしょうか?私にとって特別興味があった本であっただけに、真新しいブックカバーに包まれた「運命の人」を手にしたとき、胸がワクワクしました。貸して頂いて感謝しています。
6月の沖縄・嘉手納基地視察、そして最近では「核持ち込み密約」問題が元外務事務次官(村田良平氏)の証言で明らかになっただけに、1972年の沖縄返還交渉にまつわる国家機密文書に関わる展開は読み応えがありました。
1972年と言えば、私は東京で勤労学生生活(夜学通学)をして2年目。同級生に同年の沖縄出身の親友がいました。貧乏学生だった私たちでしたが、仲良し3人組で夏休みに「沖縄旅行」を計画。でも私は自治会(学費値上げ闘争)の仕事が忙しくなり、それよりも肝心の旅費の工面が出来ない生活実態だったので、「次の機会に・・・」となって行く機会を失いました。親友は既に沖縄には居住していませんでしたが、17年後に行き、その後、議員活動のなかで2回行く機会に巡り会いました。
小説では、沖縄返還交渉における「外務省機密」が漏洩され、その取材をした記者が「表現の自由」「知る権利」で国家権力と争い「地方裁」では無罪でしたが、「高等裁」・「最高裁」で有罪確定し、記者生命を失ってしまいます。しかし、28年後に米国立公文書館で「極秘ファイル」が発見され、沖縄返還に関わる軍用地補償費(当時400万ドル)を日本が負担した事実が明らかになりました。
今回の1960年の日米安全保障条約改定時に「核兵器搭載艦船の寄港」=「核持ち込み密約」が元外務事務次官の証言があっても、政府は未だ国是である「非核3原則」は守られている、と主張していますが、相変わらず米艦船における「核持ち込み」は事前協議事項だから、「問題がない」とする姿勢は詭弁です。時間はかかっても歴史は必ず真実が証明されるものです。
苫小牧市の非核平和都市条例にも、前文に「国是である非核3原則を踏まえて・・・」と明記していますが、今回の問題から考えると、岩倉市長の米艦船の受入姿勢は「国いいなり・アメリカいいなり」であり、市民の安全・安心は何も担保はないことになります。条例制定の意義をもっと、「市民の目線」からしっかり見ることが強く求められていることを「運命の人」を読んで学びました。