長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

回文、そして判じ物。

2014年06月05日 14時10分41秒 | お稽古
 子どもというのは追いつめられると、真剣な思いつきを言ってしまうものである。
 小学校の国語のテストだった。漢字の部首を答えなさい、というよくある設問。
 「殺」…「るまた」の、つくりで分類することは皆さんご存じでしょう。
 その時の私は知らなかったので、さて、困った。かといって試験の解答用紙に空欄をつくるのも悔しいものである。
 ………「めぎへん」。違う、違うにきまっているが、しかし、何かしら書かずにはいられない子供心。
 返ってきた答案用紙には「惜しい!つくりで分けます」と愛情にあふれた赤が入っていた。
 先生というのは偉大な職業でありますね。
 そういうことがあったりして、私は国語が大好きな人間に育ったわけだ。

 …そんな、もう何十年もむかしのことを想い出したのは、明日が芒種であると知ったからである。そう、“めぎへん”の発想の原点は“のぎへん”です。
 そういえば、探偵小説家に、山本禾太郎(のぎたろう)という素敵な名前がありましたね。
 「るまた」は知らなくても、新青年に掲載されていたような探偵趣味の小説が好きなのは、昭和の、物好き(=ややオタク)な子どもたちの、共通事項でもありました。
  
 三十代の初め、本を読まずには夜も日も明けなかった頃のこと。井伏鱒二もほとんど読んでしまったので、何か似たようなテイストの作家はいませんか?と、当時懇意にして下さった方にお教えを乞うたところ、木山捷平を紹介して下さった。
 さすが、週刊誌で書評を担当してらした御方である。そのぴたりの選球眼たるや、ベストキッドのお師匠さま、掌を指すが如く。暫くの間、私は木山捷平を平らげることに退屈しなかった。

 その木山捷平の故郷は備州笠岡なのであるが、氏の著作中、丹波篠山に関わる記述があったような気がして…先日、久しぶりに京の街散策にいそしもうと取った旅程が何故か、午前中は長唄らしく鳥羽の恋塚寺にいたのに、午後想いつきで琵琶湖一周しちゃったり、貴船で青もみじ狩と洒落込むつもりが沓掛を経て丹波篠山をおとなう…やっぱり王道を外して横道へそれてしまう、三つ子の魂。

 篠竹が青々と茂る美しい里山の風景と…そしてもう一つの収穫は、篠山能楽資料館。
 面の特集展示も面白かったのであるが、私にとっての目から鱗は、小鼓や大鼓の胴の蒔絵の意匠の意外なテーマ。
 将棋の「王将」「香車」や「龍王」なんぞと書いてある駒ちらしの柄。傍らに、「将棋も鼓もどちらも打つもの」と丁寧な学芸員さんの解説が。
 ほかにも、斧と鼠で「よき音(ね)」とか、錠前が夥しい数を鎖の間に置いて「上手(=錠数)に鳴る」とか…これは面白いじゃないですか!!
 今まで真面目で客観的な美しい文様ばかりを見てきたのであるが、なんと、浮世絵のような判じ物仕立ての、読み解く文様の蒔絵がたくさんあるのだった。

 考えてみたらそりゃーそうですね。能楽関係者は常に真面目なしかつめらしい顔をして、人生の一大事や指標になるようなことを追い求めているような…そういうイメージの固定概念があって気にも留めなかったのだけれど、お武家だって遊び心がなきゃ生きていけませんね。

 むしろ、争いごとの無きよう、一心不乱に事なき一生を過ごそうと気をめぐらし知恵を働かせていた、鎖国時代の日本人は、平和に生きることを追求していたのですから、遊び心にかけちゃ地球随一であったに相違ございません。 

 長唄にも「宝船」という、七福神が吉原へ繰り込むという、シャレのめした曲があります。
 しかも凝ったことに「長き夜の遠の眠りのみな目覚め…波乗り舟の音のよきかな」という回文が、冒頭と段切れに織り込まれているという、日本人の諧謔味ここに極まれりという、七福神それぞれのキャラが立った、短いながらも面白い曲。

 それがこのたび、四回ほどの講座で、唄えるようになるのであります。

 長唄杵徳会家元・杵屋徳衛の“初心者向け唄稽古”プロジェクト、このたび新シリーズstart!いたします。
【宝船コース】2014年6月14日、7月12日、8月9日、9月6日の各日土曜日
      午後3時より下北沢稽古場
【供奴コース】2014年6月14日、7月5日、8月9日、9月6日、10月25日の各日土曜 
      夕方6時より下北沢稽古場 
 参加費は1回3千円前後で一括割引が有ります。お問合せください。

 皆さま、お誘い合わせのうえぜひ…!
 …という、引き札のような、本日のブログでありました。

 (そして写真は…弁財天のおわします竹生島、
  岬に隠れて見えませんが、その向うには長浜市の山本山があります)

追って:♪なかきよのとおのねぶりのみなめざめ…
 多くの芝居マニアがそうであるように、自分の凝りっぷり、のめり込みっぷり(かくも凝り過ぎな伝統文化を眺めるにつけ、典型的なガラパゴス島的日本人体質に違いありません)ときたら尋常ではないので、観劇は一人で行くことを旨としているのですが、時々、うれしいことにご同道下さる方がいます。
 そんなカンゲキ時は、先代の歌舞伎座の二階の奥に吉兆がありまして、忙しい幕間のお弁当をいただいたりするのですが、円いコースターを縁取るように、この回文が書かれているのです。
 以前、この話をしましたら、大阪の吉兆に行ったらやっぱりありました、とお弟子さんがコースターをお土産にくださった。大阪のは中心に宝船の絵も描いてありました。
 新しい歌舞伎座、三階奥に吉兆があります。もう無くなっちゃったかなぁ…ドキドキしてお弁当を注文したら、嬉しや、変わらぬ回文コースターでした。
 そんな想い出もある、宝船の曲です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする