昨年の夏、私は井の頭公園傍らの吉祥寺稽古場に籠って、日本歴史史上の、滅びゆく者たちの所業に関して、想いを致さねばならぬ仕儀に相成った。
作業のまとまりのつかぬまま、思案投げ首していると、蝉が鳴く。
夜明け前、明け方近くになると、もう、カナカナ哀し…という塩梅に、ひぐらしの大斉唱が聞こえる。平成21年の夏、都下西域の辺りでは、なぜか夏の始まりだというのに、夏の終わりを告げるひぐらしが、真っ先に鳴きはじめていた。
昔、関東地方の夏は、ミンミンゼミが賑やかに彩り、それから……青い空に入道雲、虫採り網の長い柄、こんもりとした木陰、丈が伸びた雑草を踏み分けて走る雑木林の小道、氷をかくシャカシャカいう氷屋さんの機械の音…心躍る夏休みだった。
カナカナカナ…と悲しげになくひぐらしの声に終日囲まれていた私は、なんだか三島由紀夫の『花ざかりの森』を想い出して、夕刻の森は憂国の森…という地口に陥りながら、蘇我入鹿や聖徳太子、菅公に大楠公、後醍醐天皇、驕る平家は久しからず…なんてことに精を出していた。
今年の夏、ちょうど旧暦の五月が終わりを告げる頃、7月10日の夕暮れだったろうか、私は今年最初の蝉の声を聞いた。かなかなかな…とひぐらしが、武蔵野の林に響いて、消え入るように鳴いていた。
それから3週間ほどが経って、今年は昨年と違い、今はアブラゼミの盛りである。
暑さが体に沁み入るような、ジーという声が、静かに、熱い、陽炎の立つ舗道を縁取っている。
作業のまとまりのつかぬまま、思案投げ首していると、蝉が鳴く。
夜明け前、明け方近くになると、もう、カナカナ哀し…という塩梅に、ひぐらしの大斉唱が聞こえる。平成21年の夏、都下西域の辺りでは、なぜか夏の始まりだというのに、夏の終わりを告げるひぐらしが、真っ先に鳴きはじめていた。
昔、関東地方の夏は、ミンミンゼミが賑やかに彩り、それから……青い空に入道雲、虫採り網の長い柄、こんもりとした木陰、丈が伸びた雑草を踏み分けて走る雑木林の小道、氷をかくシャカシャカいう氷屋さんの機械の音…心躍る夏休みだった。
カナカナカナ…と悲しげになくひぐらしの声に終日囲まれていた私は、なんだか三島由紀夫の『花ざかりの森』を想い出して、夕刻の森は憂国の森…という地口に陥りながら、蘇我入鹿や聖徳太子、菅公に大楠公、後醍醐天皇、驕る平家は久しからず…なんてことに精を出していた。
今年の夏、ちょうど旧暦の五月が終わりを告げる頃、7月10日の夕暮れだったろうか、私は今年最初の蝉の声を聞いた。かなかなかな…とひぐらしが、武蔵野の林に響いて、消え入るように鳴いていた。
それから3週間ほどが経って、今年は昨年と違い、今はアブラゼミの盛りである。
暑さが体に沁み入るような、ジーという声が、静かに、熱い、陽炎の立つ舗道を縁取っている。