趣味の電脳

WEBサイトの作り方、PCの周辺機器、タブレットの活用等について

専用ブログサイトでの投稿と自作ブログでの投稿の質の違い

2012-07-20 07:49:23 | 生き方

私は、毎日ブログを作成して投稿を精力的に行っています。これが、私の現在の生きがいなのです。特に、ムーバブルタイプのような、ちょっとやそっとでなかなかインストールできないブログソフトで打ち込むのは、何とも云えない快感なのです。というのは、巷の有名なブログだったら、たとえばFC2、yahoo、シーサー、exit、忍者、ウェブリブログなどだったら、何の予備知識もなしに、いとも簡単にブログ投稿が出来てしまうので、ブログの持つメリットや便利さはよく分かっても、その危険性は気づかないのです。

ということは、言いかえれば個人情報だとか言ってはならないこと、書いてはならないことをいとも簡単に発信してしまうことにつながる恐れがあるのです。ブログは、いきなり発信するような仕様にはなっていない・・・内部保存もあるのですが・・・。巷の既成のブログでは、文章は非常に短いです。つまり、これらは、簡単に100%支障なくすらすらと投稿できることが分かりきっているので、思いついたことを瞬く間に書き上げてすぐ投稿ボタンを押してしまうのです。その間、わずか3分以内です。つまり、熟慮して推敲を重ねたような文書は打つような雰囲気ではないのです。どうしても思いつくままに投稿してしまいがちです。

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これとは対照的に、ムーバブルタイプなんていうCMSでは、いろいろ試していますが無料サーバーにはまずインストールすらできません。投稿までなかなか行き着きません。私は、ある有料サーバーで、インストールの手順を間違って、とうとう2~3日は路頭に迷いました。(笑)

だから、やっとインストールできた暁には、感謝感激雨あられ・・・という厳粛な気分になって、ブログを大切に使おうという心が自然に出来上がってきました。慎重に言葉を選んで丁寧に書き込む気持ちになるのです。その上、自分でインストールした手作りのブログですので、当然、どこかバグがあったり、ちょっと打ち間違っただけで書きかけの原稿がすべて飛んでしまったりすることも多いので、動作確認をする必要性が出てきます。そういう意味で、ブログ自体がきちんと間違いなく動作するように点検したり、研究したりする課題が多いのです。このあたりは、巷の出来合いの超便利なブログとは大違いです。

こういうわけですから、どうしても原稿は、別途メモ帳で打ち込んだり、何度も推敲を重ねたりします。それで、これで大丈夫だ!という確信が持てたときにやっと投稿することになります。文章も、比較的練りに練った重厚な長いものになります。

 

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もう面倒な子どもは来させないでという元教師

2012-06-12 16:59:44 | 生き方
まあ、世の中には、いろんな人がいるわけで、こともあろうに標題のようなことを酒の席上ではあっても言ってしまう元教師がいることを知ってしまうのも因果なものであります。

世の中にはいろんな職場がありますから、赤提灯でいろいろな愚痴をしゃべってストレス解消をするのは、仕事を円満に続けるためには必要なことでしょう。で、先日、久しぶりに大阪の梅田まで出かけたついでにちょっと居酒屋に立ち寄ったのですが、そのときの話です。家庭的な問題で、いわゆる校内暴力や非行を起こす子どもは、特定の学校に偏っている傾向があると思いますが、おそらくそういう学校に比較的長く勤めていたと思われる元教師でしょうが、無事勤め上げて定年退職の日を迎え、退任後は目出度く天下り、某教育施設に勤められるようになって勤務環境がガラリと変わるとホッとしたのか気を許したのか、標記のような感想というか本音をつい喋ってしまったのじゃないかという感じがしました。

居酒屋で偶然隣席で居合わせてそれとなく聞いてしまっただけの話ですが、こんなのは、「長い間、本当にご苦労様でした。これからは、以前よりは少しは平穏無事な毎日が過ごせるように頑張ってください・・・」などと調子を合わせて聞き流せるのでしょうか?

これはきわめてプライベートな酒席だとはいえ、こういう不穏当な愚痴を聞いた時、ひとごとで何の関係も無い他人の話だとはいえ、驚きと悲しみで開いた口がふさがりませんでした。全く、教育を何だと考えているんだ!と思いました。酒の席上での悪い冗談(ブラックジョーク)かな?とも思いましたが、かなり不愉快な気分になりました。

これじゃ話にならない。これでいいのか。この男が本当にそう思って頑張るためには、この男の胃がもっと悪くなって、もっと無駄な時間が積み上げられる必要がある。・・・そういう黒澤明の「生きる」という映画の冒頭のナレーターの言葉が思い出されました。

もちろん、つつがなく定年退職の日を迎えられたんですから、標記の言葉はホンのご冗談ということで、酒が相当入っていましたから元同僚の人は聞き流して、「ご苦労さま。定年までよく頑張られました。」とドッと笑って拍手でお送りしていたようですが、内心では皆さん非常に憤慨しておられたのではないでしょうか気になりました。
 
私は、定年退職後、再任用で勤めていた職場で腰痛を起こして手術をしてから退職を余儀なくされ、現在は近隣の小学校の放課後の学習ボランティアをしています。少しでも、地域の子どもの役に立てれば・・・と考えて教育センターに行って講師の登録をして週2回ほど勤めています。やはり、次代を担う子どもたちには世の中に対してこれからの長い人生に対して「希望と信頼と愛」を感じてほしいし、それなりの学力も身に付けてほしい・・・という気持ちで奉仕しています。
 
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再任用を退職したが一家団らんの幸せを得る

2012-05-01 14:26:08 | 生き方
昨日4月30日、徒歩で、阪急上牧駅の近くの24節季というイベントハウスで妻の知人が生け花展覧会に出展されているとのことで、ご招待を受けていたので、これを家族全員で観賞する機会を得ました。


会場に着くと、すぐそのあとで、その知人のご主人も来られました。約8ヶ月ぶりでした。昨年の8月ごろ、私のリハビリで通っていた病院の玄関でお会いしたのですが、その時は週に何日かの出勤の日に当たっていて、その出勤途中で背広を着て急いておられたのか、少し緊張して利発な表情だったのですが、昨日は休日のためか全くリラックスして上機嫌で奥様の展示発表会を楽んで、終始にこやかなご様子でした。そして、生け花のお師匠さんの説明を熱心に聴いておられました。やがて、妻の友人も何人か会場に集まり、にぎやかになってきました。







私はというと、昨年の4月に再任用フルタイムで主として介護労働の部署担当に配置されました。でも、再任用してもらったのは感謝すべきことなのですが、それにしても、これは61歳の老躯には全く無理というか、その職場の他の部署と比べても非常に厳しい肉体労働の職場環境であったのは事実で、そのために10年前に同じ職場で患ったヘルニアが極端に悪化して、わずか1ヶ月足らずで4月末には、つまり着任早々、急性腰痛症、腰痛すべり症、脊椎管狭窄症、要手術だということで診断書が出て、病気休暇、7月には依願退職に追い込まれました。つまり、復帰したとしても再発の恐れが高く、再発した場合は下肢の神経が麻痺して、再起不能も予想されることから依願退職を余儀なくされました。

今年2月初旬に手術を受け、そして幸い成功しました。現在はリハビリのために無職です。今まで働きづめに働いてきて、世の中に仕えてきた過去の価値観や喜びや充実感は、こういう立場になったのですからきっぱりと卒業しております。最近は腰の手術後、徐々に回復・治癒に向かっているので明るい希望が持てている毎日ですし、リハビリをかねての家族全員の団らんもたくさん取れているので、大変ありがたいこととして、いつも喜んで感謝しています。反対に、もし、多少の腰痛があっても周りの筋肉を固めればそのうち治って働けるんじゃないか?などという考えで自己流の無理なトレーニングを重ねていたならば、今頃はまた再発して、こんなすばらしい展覧会に参加できていないのかもしれません。今は、働くなんて先の事は心配せずに、少しずつ牛歩の歩みでいいから今日のリハビリを適正に行うのが正解です。
    イベントハウス 24節季 での一家団欒風景
   長女と次女の2ショット(JR島本駅前の某公園前で)


現在は、周囲の人からは意外だと思われていますが、きっぱりと退職して、そのおかげで家族の団らんがたくさん持てるようになって、かえって良かったと思っています。上の2ショットの写真などは、本日の午後4時に次女と一緒に、長女をJR島本駅に迎えに行ったときに撮った写真です。こんな家族の写真が、今日撮れるまでに足腰が回復していることが喜びです。

災い転じて福となす・・・ということですか?
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東北大震災と通信インフラの整備

2012-03-11 21:37:31 | 生き方
報道特集として、今日の朝に1年前の大震災に関してのテレビ番組が放映されていました。パネラーとしての参加者はソフトバンク社長の孫正義氏およびエネルギー関係の評論家2名でした。孫氏は、1年前の地震・津波・放射能被害の実写映像が映っている間中、目に大粒の涙を浮かべていました。「どうして、あの大震災でライフラインである通信ができなかったのか、事業者として罪の意識を感じる。」という発言がありましたが、この思いが原動力となって、国家規模の自然エネルギー発電の計画や通信インフラの整備や、100億円の寄付金や被災者支援へと精力的に活動しているのだな・・・と思いました。でも反面、これは、偽善者的な行為だとか売名行為だとか批判する向きもあって、経団連の中でも見解の相違がいろいろあって、一筋縄では事業や構想が展開できない状況の様相です。他の評論家2名も、そのような状況であるので、自然エネルギー発電は将来的には移行してもいいが、短期的にはかなり採算的、技術的に無理があると述べていました。

しかし、よく考えてみると、ソフトバンクも営利企業である限り、まさか慈善事業をやってるわけではないので、実際、政治的な駆け引きも含めて食うか食われるかの大勝負のキャンペーン的な効果を孫正義氏が狙っておらなきゃあ、膨大な支出ばかりで、収支決算で取り戻せないでしょうから・・・そういう意味で偽善者だとか感じさせるような露骨な行動に出てきたとしても、ある意味、企業家としては冷静に計算し尽された当然の行動であるわけです。かたや既存の原発の利益団体は、こういったテレビ番組に主席して賛成・応援してくれる評論家に拍手を送って、既得権益を必死に守ろうとしているのですから、自然エネルギー開発には、「時期尚早だ」といって水をさすのも、ある意味、当然の動きと言えるのではないでしょうか。

まあ、いずれの論が正しいのか誤っているのかという件については、このブログの趣旨ではないので措くとして、そういう先駆的な事業を展開していること自体が政府の目に留まって評価対象になったのかなと思います。・・・但し、これは私の個人的な勝手な想像の域を超えませんが・・・。

でも、総務省が予定する携帯電話向けの新たな電波割当900Mhzの帯域の割り当て先がソフトバンクモバイルになることが2月29日の総務省の電波監理審議会を経て決まったのは事実です。これで、結果的にはdocomoとauとsoftbankが同一条件で電波割り当てが決定して、より競争が激化することとなります。その結果として、消費者にとっては各キャリアの選択の幅が広がることになります。つまり、昨年来のdocomoの5回にわたる通信インフラ未整備による通信回線停止のような、「スマホを売るだけ売り尽くして、あとは責任をとらない」というような業務怠慢は政府から厳重注意を受けていることもあり、今回の競争激化も加わってきたので、今後は絶対にとはいえませんが、かなりの確率で発生しないだろうと予想されますので、結果的にはどの通信キャリアと契約しても非常時にもつながりやすくなる条件が整ったことになります。これは、auの携帯電話を所有している自分と自分の家族にとってもきっと好ましい状況になっていくことでしょう。
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