6時前なのに猛烈な日射しです
ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内の西を歩いてきました。
赤城山は霞んでます。
帰道になると、タバサねーちゃんは、元気に歩きます
朝ご飯の後、歯磨きガムを食べるひめちゃんです。
器用に両手でガムをつかんでます
『世良田村旧蹟案内』(昭和11年、世良田村誌編纂会)の作成された頃、世良田村女塚(おなづか)の女塚鉱泉は現役で賑わっていたようです
村の西の方に、薬師湯と温泉マークがあります
女塚を東北に走る道は、旧例幣使街道と重なりそうです。
女塚の南を走る道は、かつての国道354号線、現在の県道142号線です。
鉱泉は今では存在しないようですけど、薬師堂があると言うことです
6月12日、確認に出かけてみました。
だいたい見当を付けて出かけたのですけど、なかなか見つかりません。
諦めかけた時、お堂の脇に出ました
わずかな駐車スペースはあります
お堂の正面に廻ります。
「女塚薬師の道しるべ」ですって
道しるべと薬師堂は、本来は離れていたのかな?
設置者名はどうして消えてるのかな
確かに日光の文字はあります。
本来は何処にあったんだろう?
さて、参拝です。
薬師様に逢えるかな
ドアが開きます。
直接のご対面が叶いました
合掌
堂内には、奉納された絵画があります
女塚鉱泉の記憶です
「女塚薬師鉱泉縁起」のプリントがあります。
いただきます
江戸時代から昭和の戦後まで、庶民の湯治に人気だったのです
国道354号線(現県道142号線)には、女塚鉱泉入り口のバス停もあったんですか
いただいた縁起をよくよく見ると、さっきの井戸の跡は源泉です
感激
東には、早川が流れます。
ちょっと行ってみましょう。
上流の流れです。
あの高いネットのあたり、三ツ木橋です。
下流の流れです。
右上に見えるお寺は、新田氏館跡という総持寺です。
新里の奥沢の山奥から流れ出した早川、その早川沿いに庶民に人気だった鉱泉があったのです