調教は従順に。
しっかりと研ぎ澄まされた体で、
オルフェーヴルは凱旋門賞のスタート地点にたどり着いた。
陣営の恐ろしいまでの執念。
総てがひとつになって凱旋門賞のゴールへ向いていた。
不利とされた大外・18番枠。
滑る芝、そしてスローペース。
どれをとってもオルフェーヴルに有利な材料ではなかったはず。
それでも、オルフェーヴルは走った。
道中はビックリするくらい従順に折り合い、
スミヨンの指示に従った。
今まで人間に反抗し続けたオルフェーヴルが、
凱旋門賞を勝つにはこの人間に従うしかない―。
そう思ったのかと思うくらいの落ちついたレースを見せる。
インの好位でレースを進めるライヴァルたちを見るように、
道中は後方2番手でジッと我慢した。
そして直線。
スミヨンの腕がまだ動かないのに、
グングンと加速を始めるオルフェーヴル。
内のグリーンベルトを力を溜めながら走ってきたはずのライヴァルは、
みんな必死に騎手の手が動いている。
最後の直線、残り300m。
持ったままのオルフェーヴルが先頭に立つ。
そして、スミヨンの鞭が飛ぶ!
日本でのレースと同じように、
一気にライヴァルたちを置き去りにするいつもの反応。
これは凄い!!
これがオルフェーヴルだ!!!
圧勝を予感した。
その時。
残り200mを切って、オルフェーヴルが内へと刺さり出す。
前へ向いていたはずの推進力が、内ラチへと方向転換する。
それでも2番手の馬との差は2、3馬身ある。
何とか踏ん張ってくれー!
スミヨンも必死に右鞭でオルフェーヴルを鼓舞しようとする。
しかし・・・。
直線を向くまでの従順なオルフェーヴルは、もうそこにはいなかった。
完全に圧勝体制に入ったラスト300m。
ここで、オルフェーヴルは我に返った。
『オレは俺の走りたいように走る。
今までもそうだったし、これからもそうだ。
だってもう、後ろから俺を追って来る者などいないだろ?』
人間たちの意のままになる事に対する、純粋な反骨心が、
オルフェーヴルの力の源だった。
それが、この大舞台の、このclimaxになって、裏目に出た。
史上最強馬オルフェーヴル。
希代の癖馬オルフェーヴル。
どちらも、本当のオルフェーヴルだった。
勝ったフランスの4歳牝馬は12番人気。
内枠を引き、常にスローの3番手の好位をキープ。
鞍上のペリエは名手。
勝ち時計の2分37秒は歴代でもかなり遅いタイム。
馬場も、かなり悪い部類だったと聞く。
タイムが遅くなった事により、
重馬場が得意なG1未勝利馬にもチャンスが生まれたのか。
しかし・・・。
勝負は無情。
一番先にゴールした者が勝者、
二番目は敗者となる。
池添でも、スミヨンでも、
オルフェーヴルを乗りこなす事は出来なかった。
本当のオルフェーヴルを、きっと、まだ誰も知らない。
その総てを知り得た時、
オルフェーヴルの本当の力を、私たちは知る事になるだろう。
そして、同時に世界一の称号を、オルフェーヴルが手に入れる。