長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ぼく モグラ キツネ 馬』

2023-04-24 | 映画レビュー(ほ)

 第95回アカデミー短編アニメ賞に輝いた本作はチャーリー・マッケンジーの同名絵本を原作としているが、現在(いま)を生きる迷える大人にこそ染み渡る珠玉の34分だ。

 荒涼とした雪原を1人の男の子が歩いている。雪国育ちでなくともこの幼い少年にとってどれだけ寒く、果てしない光景かは容易に想像ができるだろう。そんな少年の前にひょっこりとモグラが顔を出し、「いったいどうしたんだい?」と尋ねる。少年は帰るべき家がわからなくなってしまった迷子なのだ。

 kindnessな絵本の言葉はセリフにすると説教臭く感じるかもしれないが、原作者マッケンジーとピーター・ベイトンの監督コンビはデッサン線に至るまで絵本の質感を再現し(これは『スパイダーマン:スパイダーバース』にも見られたコミック映像化のメソッドだろう)、モグラにトム・ホランダー、キツネにイドリス・エルバ、馬にガブリエル・バーンと深みある美声キャストを集めた映画空間は実に心地が良い。モグラ、キツネ、馬は人の善意が形となった姿であり、その優しさがあまりにも未来が見通せない現在を生きる子供たちのみならず、私たち大人を導くのだ。


『ぼく モグラ キツネ 馬』22・米、英
監督 チャーリー・マッケンジー、ピーター・ベイトン
出演 トム・ホランダー、イドリス・エルバ、ガブリエル・バーン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ホワイト・ノイズ』

2023-03-18 | 映画レビュー(ほ)

 アルフォンソ・キュアロンの『ROMA』に始まり、ケネス・ブラナーの『ベルファスト』、ptaの『リコリス・ピザ』、リンクレイターはロトスコープを用いた『アポロ10号1/2 宇宙時代のアドベンチャー』、そしてスピルバーグが『フェイブルマンズ』と昨今、多くの監督が自身の少年期を題材にした私映画を発表している。ブロックバスターは劇場公開、それ以外の映画はストリーミング配信といったように映画産業がドメスティックな激変を遂げ、映画芸術が終わろうとしている昨今、映像作家としての原体験をスクリーンに遺したい想いもあっての事だろう。そんな“私映画”ブームに背を向けたのが、『マリッジ・ストーリー』で自身の離婚体験まで映画化した私映画作家ノア・バームバックだ。今回はドン・デリーロの小説『ホワイト・ノイズ』を脚色した初の原作モノで、予算は8千万ドル。これまでの自作を全て合わせてもまだ足りないビッグバジェットだ。近年、Netflixのお抱え作家として作品を撮り続けてきたバームバックだが、さすがに株価大暴落、選択と集中に経営方針を切り替えた現在のNetflixでは2度と通らないであろう大規模プロジェクトである。

 当然、これだけの予算があれば今までの作品にはない画が実現し、こんな引き出しもあったのかと驚かされた。ロル・クロウリー(『The OA』)によるカメラは全てのシーンがピタリと決まり、何とこれまでのバームバック作品からは想像もつかない大爆発シーンまである。バームバックはスケール感あるシネアストでもあったのだ。とは言え、化学物質の流出事故により死を意識する主人公のミドルエイジクライシスは、アダム・ドライバーとグレタ・ガーウィグという『フランシス・ハ』以来の共演となるバームバック映画のアイコン2人によって、コロナ禍を体験したバームバック自身の死生観としても読み取れる。

 デリーロによる原作小説は1985年に書かれたもので、コロナ禍を批評した作品ではない。だが、パンデミックというフィクションでしか起こり得ないと思っていた体験をした今、本作で描かれる出来事はどれも私達にとって馴染み深い光景だ。カタストロフが始まればある者はタカをくくり、一方では陰謀論者が幅を利かす。筆者はデリーロ作品を読んだことはないが、2003年の時点でリーマン・ショックを予見していた『コズモポリス』が異才デヴィッド・クローネンバーグによって映画化されており、『ホワイト・ノイズ』との間にはどんな映画監督が撮っても共通する“デリーロ映画”とも言うべき空気が通底していると感じた。

 『マリッジ・ストーリー』に続く新作としてNetflixの2022年の勝負作と期待が集まったものの、難解なデリーロ原作が広く理解されることもなく、映画は不発に終わった。とはいえ、いよいよ脂の乗ってきたドライバーと勝手知ったるバームバック映画で女優復帰を成し遂げたガーウィグの共演は本作の宝である。特にガーウィグの得難い個性に、実生活でもパートナーであるバームバックが如何に心酔しているのか窺い知れた。『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』での監督としての評価の確立も嬉しいが、今後ぜひ俳優業も継続してほしいところである。


『ホワイト・ノイズ』22・米
監督 ノア・バームバック
出演 アダム・ドライバー、グレタ・ガーウィグ、ドン・チードル、ラフィー・キャシディ、ラース・アイディンガー
※Netflixで独占配信中※
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ボーダー 二つの世界』

2023-03-01 | 映画レビュー(ほ)

 カルト的支持を集めたスウェーデン産ホラー『僕のエリ 200歳の少女』(後にハリウッドでマット・リーヴス監督によってリメイク)の作者ヨン・アイビデ・リンドクビストの小説を原作とする本作は、北欧の薄曇りの下に棲む人ならざる者達へ想いを馳せずにはいられないダークファンタジーだ。税関職員のティーナは人間の抱える後ろ暗さや羞恥心という負の感情を嗅ぎ取る特殊能力を持ち、今日も常人では見分けられない犯罪者達を見つけ出していた。ある日、昆虫の孵化器を持った奇妙な男ヴォーレが税関に引っかかり、ティーナの尋問を受ける。2人の間にはまるで動物が同じ種族を嗅ぎ分けるための野生の何かが漂い、彼女らは体躯、そして醜さという意味でも顔つきがそっくりだった。やがてティーナは謎の男ヴォーレに激しく惹きつけられていく。

 『モールス』(ここでは原作小説に合わせて表記する)同様、『ボーダー』には社会と相容れない者達の孤独と狂おしいまでの愛が強烈な臭気を放っており、ティーナとヴォーレは性差すらも超えて結びついていく。日本の愚かな映倫は不適切なものにモザイクをかけているつもりのようだが、『僕のエリ』同様、ここでもモザイクが物語の重要な核をボカしてしまっている。奇をてらうことのないアリ・アッバシ監督の演出は現実社会にティーナとヴォーレを存在させ、彼らの獰猛なまでの愛と野生に僕は気圧されてしまった。本作はアカデミー賞でメイクアップ賞にノミネートされ、アッバシはさっそくHBOの超大作ドラマ『THE LAST OF  US』のエピソード監督に抜擢。望まぬ力を得た異能の哀しみは『ボーダー』と『THE LAST OF US』に共通するモチーフであり、スウェーデンの曇天をパンデミック後のアメリカに如何に見出すのか非常に楽しみだ。


『ボーダ 二つの世界』18・スウェーデン、デンマーク
監督 アリ・アッバシ
出演 エバ・メランデル、エーロ・ミロノフ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『僕の巡査』

2022-11-20 | 映画レビュー(ほ)

 2017年のクリストファー・ノーラン監督作『ダンケルク』で献身的な演技を見せてはいたものの、MCU『エターナルズ』ではネームバリューを活かした賑やかしに過ぎず、続く『ドント・ウォーリー・ダーリン』では監督オリヴィア・ワイルドとの交際が先立ってしまったハリー・スタイルズは、本作『僕の巡査』でようやく演者としての真価を発揮する事となった。1950年代イングランドはブライトンで巡査を務めるトムに扮したスタイルズは、キャラクターの複雑な葛藤に誠実に向き合う好演だ。トムは何処へ行くにも恋人マリオンと一緒だが、そこに美術館で働くパトリックが加わり、やがて3人の愛憎は数十年の時を超える事となる。

 ベサン・ロバーツの原作を元にマイケル・グランデージ監督は50年代と90年代を往復し、パトリックの介護をきっかけに老境の3人が再び巡り合う様を描く。マリオンが見つけたパトリックの日記にはトムと愛し合った日々が事つぶさに綴られていた。トムはその関係をひた隠してマリオンとの偽りの夫婦関係を続け、パトリックは愛する人を奪ったマリオンに嫉妬心を募らせる。そしてマリオンは…同性愛が犯罪とされた時代とは言え、愛のために他者を傷つけずにはいられない彼らの姿に人間の持つ加虐性を思わずにはいられない。スタイルズは警官という職業の持つ男性性によって自身を守ろうとするトムの弱さを演じ、パトリック役デヴィッド・ドーソンとの相性もバッチリ。ラヴシーンでは美しい指先の表現に見入ってしまった。エマ・コリンは注目を集めた『ザ・クラウン』シーズン4のダイアナ役とは全く異なる個性を見せ(発声からまるで違う)、その才能がフロックでなかった事を証明している。

 『ブロークバック・マウンテン』でも描かれた“男2人の釣り旅行”という男の身勝手さに対しての批評は甘く、ジーナ・マッキーという名女優を得ながらマリオンの解放にはいま一歩踏み込みが足りなかったのが惜しまれる。


『僕の巡査』22・米、英
監督 マイケル・グランデージ
出演 ハリー・スタイルズ、エマ・コリン、デヴィッド・ドーソン、ライナス・ローチ、ジーナ・マッキー、ルパート・エヴェレット
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『僕を育ててくれたテンダー・バー』

2022-02-14 | 映画レビュー(ほ)

 J・R・モーリンガーの自伝小説『The Tender Bar』を原作とした本作で、ようやくジョージ・クルーニー監督は肩の力が抜けたところを見せてくれている。J・Rがまだ幼い頃、父親は家族を捨てて出奔。以後、J・Rは母に隠れてラジオDJである父の声を聞きなが育つ事になる。母の実家で暮らす大家族生活は裕福とは言えないが、伯父チャーリーが父親代わりとなった。自ら経営するバーに“ディケンズ”と名付けるチャーリーは早くからJ・Rの文才に目を留め、あらゆる名作に触れる機会を与えていく。チャーリー役のベン・アフレックがいい。酒と野球を愛する市井の人気者であり、文学を愛する知性の人という役柄は監督、脚本もこなすハリウッドスターの彼にピッタリだ

 そんなチャーリー伯父さんが何より大切にしたのが“男の作法”だ。まだまだ幼いチャーリーに女性への接し方、酒の飲み方、金の使い方…大人の男としてのあらゆる振る舞いを教え込んでいく。それは古風に映るかもしれないが、しかし至極真っ当だ。家庭を顧みず、安酒を飲み、女性に暴力を振るう実父の有害さと対比されることで、古風なチャーリーの男らしさが光る。かつて“最もセクシーな男”と評され、大人のイイ男の代名詞であったクルーニーが2020年代に“男らしさ”を再定義している所に本作の面白さがある。2010年代後半のアイデンティティポリティクスを経てあらゆる男らしさが忌避されてきた中、2020年代は“真っ当な男らしさ”が描かれるべきではないか?これまで自身の政治信条と映画趣味が監督作にハマってこなかったクルーニーだが、モーリンガーの自伝を引き付けることによってようやくスランプから脱しつつあるように見える。

 少年のカミングエイジストーリーの結末は当然、旅立ちである。甥の門出を見送るアフレックの姿にかつての『グッド・ウィル・ハンティング』が脳裏をよぎり、あれから25年も経ったのかと感慨深いものがあった。アフレックは本作の演技で米映画俳優組合賞にノミネート。残念ながらオスカーノミネートには届かなかったが、歳を重ねて味が出てきた。


『僕を育ててくれたテンダー・バー』21・米
監督 ジョージ・クルーニー
出演 タイ・シェリダン、ベン・アフレック、ダニエル・ラニエリ、リリー・レーブ、クリストファー・ロイド、マックス・マーティーニ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする