長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ホドロフスキーのDUNE』

2021-10-29 | 映画レビュー(ほ)

 1975年、『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』で熱狂的な人気を集めていたアレハンドロ・ホドロフスキーはフランク・ハーバートのSF小説『DUNE』の映画化に着手する。壮大な宇宙叙事詩に心奪われた彼は「この映画に携わる全ての人間は魂の戦士だ」という考えのもと、世界中から優れたキャスト、スタッフを集めていく。まず声をかけられたのがバンド・デシネのカリスマ作家メビウス。彼は全長12時間と構想された映画の絵コンテに取り掛かる。続いて合流したのが79年に『エイリアン』の脚本を手掛けるダン・オバノン、そしてエイリアンをデザインしたスイスの画家H・R・ギーガーだった。ついに完成した超大な絵コンテ、設定資料集はハリウッド中で注目を集めるが、しかしホドロフスキーの『DUNE』が製作されることはなかった。たった2本のカルト映画しか実績のない彼に、ハリウッドが大金を賭けるワケがなかったのだ。

 そんな一連の経緯を語る84歳(本作公開時)のホドロフスキーは意気軒昂、血気盛ん。「ゲージツは爆発だ!」と言わんばかりの好々爺で、嬉々として武勇伝を語る姿に引き込まれてしまう。メビウス、ギーガーらを選抜した慧眼の一方、キャスティングにおいてはほとんど狂気の沙汰で、わずか12歳の息子にポールを演じさせるべく、2年間に渡って戦闘訓練を課し、銀河皇帝役にはあのサルバドール・ダリ、ハルコネン男爵にオーソン・ウェルズ、フェイド・ラウサにミック・ジャガーを想定して、なんと出演承諾を取り付けていたという。もしホドロフスキーの『DUNE』が完成していたら、それは映画史に残る偉容だったかもしれない(いや、仮に予算が下りたとしても完成まで漕ぎ着けられなかっただろう)。

 ホドロフスキー版が頓挫してから数年後の84年、企画を奪い取った製作ディノ・デ・ラウレンティス、監督デヴィッド・リンチによる『デューン 砂の惑星』が公開される。失意のホドロフスキーは渋々、劇場へ向かい、その出来の悪さに大笑いしたという。ホドロフスキー版のコンセプトアート集は後に『エイリアン』など多くのSF映画に影響を与えたが、ホドロフスキーという作家が筆を折らずに済んだのは駄作として名高いリンチ版の御陰だったのだ。アーティストとは時にそんな高潔とは程遠い自尊心に支えられるものである。


『ホドロフスキーのDUNE』13・米
監督 フランク・パヴィッチ
出演 アレハンドロ・ホドロフスキー、ミシェル・セドゥ、H・R・ギーガー 
 
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『僕とアールと彼女のさよなら』

2021-05-10 | 映画レビュー(ほ)

 いわゆる”難病モノ”だが、アルフォンソ・ゴメス・レホン監督による本作は風変わりでユーモラス、少しも湿っぽくならない。主人公グレッグは学校中のあらゆるグループと程よく付き合いながらその誰にも心を許さない、ちょっと斜に構えた高校生。彼は親友のアールと共に名作映画のパロディ自主映画を撮っており、そのタイトルは40本を超えていた。ある日、グレッグは母親の言いつけで近所に住む同級生レイチェルを見舞いに訪れる。彼女の病状は白血病で…。

 本作は2015年のサンダンス映画祭でグランプリと観客賞を受賞。レイチェル役オリヴィア・クックにとっては出世作となった。自身の死と向き合うレイチェルには甘っちょろさがなく、クックが最新作『サウンド・オブ・メタル』に至るまで作品選択眼にこだわりを持ち続けてきたことが伺える。その他、相変わらず息をするように素晴らしい演技を見せる名優ニック・オファーマンや、風変わりな教師役で好投の続くジョン・バーンサルなど脇を固める大人たちも好演だ。

 本気の人間関係を避け続けてきたグレッグはレイチェルによってその生き方を見直し、やがて2人の間には忘れがたい友情が芽生えていく。2人の関係をロマンスに限定にしなかった節度も素晴らしく、普遍的な友情物語となった。


『僕とアール彼女のさよなら』15・米
監督 アルフォンソ・ゴメス・レホン
出演 トーマス・マン、オリヴィア・クック、R・J・サイラー、ニック・オファーマン、コニー・ブリットン、ジョン・バーンサル
 

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『ボーイズ・イン・ザ・バンド』

2020-10-07 | 映画レビュー(ほ)

 自らもゲイを公言し、TVシリーズ『POSE』では全米中からトランスジェンダー俳優をオーディションするなど、ハリウッドの構造改革に孤軍奮闘している製作者ライアン・マーフィー。彼が2018年にブロードウェーで再演した同名舞台劇の映画化だ。原作は1968年初演のマーク・クロウリーによる戯曲で、1970年にはウィリアム・フリードキン監督が『真夜中のパーティー』のタイトルで映画化している。エンターテイメント史上、初めてゲイが描かれた記念碑的作品であり、マーフィーは出演者全員がカミングアウトしている画期的なブロードウェー版キャストをそのまま引き継いだ。現在、ハリウッドでは才能あるセクシャルマイノリティ俳優が自身のジェンダーロールを演じられない問題が注目されている。本作はハリウッドの雇用不均等に対する大きな挑戦なのだ。

 監督はマーフィーのNetflixドラマ『ハリウッド』に出演し、2018年版の演出も手掛けたジョー・マンテロ。名優のプリンシプルあるディレクションが俳優陣から素晴らしいアンサンブルを引き出しており、中でもマイノリティの孤独を浮かび上がらせるジム・パーソンズは長編映画での代表作を得たと言っていいだろう。

 但し、この志と映画の仕上がりが一致するかというとまた別問題だ。マンションの1室のみで2時間のランニングタイムはちょっと苦しい。撮影、プロダクションデザインも一級だけに映画独自のアプローチが欲しかった。マーフィーの挑戦はまだまだ続く。


『ボーイズ・イン・ザ・バンド』20・米
監督 ジョー・マンテロ
出演 ジム・パーソンズ、ザカリー・クイント、マット・ボマー、アンドリュー・ラネルズ、チャーリー・カーヴァー
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『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』

2020-09-26 | 映画レビュー(ほ)

 2017年の『君の名前で僕を呼んで』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、大ブレイクを果たしたティモシー・シャラメ。アメリカ映画とヨーロッパ映画を横断できるデカダントなルックス(仏語も堪能)、スターになるべきカリスマ性を持った彼はたちまち映画ファン、映画作家から絶大な支持を得る事になる。しかし同じく2017年にA24からリリースされた本作は意外や垢抜けない印象だ。シャラメ扮する少年のひと夏の恋と犯罪を描いたカミングエイジストーリーには前述の魅力は見受けられず、イライジャ・バイナム監督の90年代オマージュも冴えない。撮影時期は定かではないがルカ・グァダニーノ級の名匠と出会えてこそ俳優は覚醒するのか。

 相手役のマイカ・モンローは『イット・フォローズ』『ザ・ゲスト』に続いて“田舎に押し込められた美少女”を演じているが、そろそろキャリアチェンジが必要だろう。『イット・フォローズ』の大ヒットの際には新時代のスクリーミングクイーンとしてブレイクするのではと期待したが、思いのほか伸び悩んだ。

 冒頭、シャラメ扮する主人公は母親から「男らしくしなさい」と叱られる。後にこの新時代のスターは繊細さと優しさ、美しさにおいてアメリカ映画の“男らしさ”を更新していく。スター誕生前夜の1本だ。


『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』17・米
監督 イライジャ・バイナム
出演 ティモシー・シャラメ、マイカ・モンロー、アレックス・ロー、エモリー・コーエン、トーマス・ジェーン
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『ポップスター』

2020-06-09 | 映画レビュー(ほ)

 監督ブラディ・コーベットも俳優出身。顔が思い浮かばないが、フィルモグラフィを見れば映画作家としての志向は明らかだ。ミヒャエル・ハネケ(リメイク版『ファニー・ゲーム』)、ラース・フォン・トリアー(『メランコリア』)、オリヴィエ・アサイヤス(『アクトレス』)とヨーロッパの個性派監督作に出演しており、アメリカの映画作家には珍しい独自の美意識と文学性、そしてシネフィル気質を持っている。ファシズムの勃興を描いた監督第1作『シークレット・オブ・モンスター』に続く本作は一転、ポップシンガーの物語だ(原題“Vox Lux”は主人公がリリースするアルバムのタイトル)。

 映画はウィレム・デフォーの物々しいナレーションで始まる。ヒロインのセレステが遭遇する学校銃撃事件は2000年という時系列からもコロンバイン高校銃乱射事件を基にしているのは明らかであり、この場面の緊迫からもコーベットの非凡さが伝わってくる。九死に一生を得たセレステは追悼セレモニーで自作の曲を歌った事からセンセーションを呼び、ポップスターへの道を駆け上がることになる。

 興味深い題材だ。アメリカはこれまでも凄惨な乱射事件が起きる度にアイコニックなムーブメントが起きるが、やがてそれもメディアやSNSに消費され、喉元を過ぎた頃にまた新たな事件が発生してきた。毎回“今度こそは”と願うが、アメリカは変わらないのである。

 そんな消費される悲劇と、それによって誕生したポップスターの対比がユニークであり、ヒロインは「現実の悲劇を忘れられるポップソングがいい」と標榜するが、やがて時代はあらゆるポップカルチャーが現実を参照し、反映するハイコンテクストの時代へと突入していく。奇抜なファッションで歌い踊る彼女もまた時代によって消費し尽くされてしまうのだ。
 ヒロインの10代を描く前半部で主演するのはラフィー・キャシディ。ディズニー映画『トゥモローランド』でデビューした彼女も18歳、本作やヨルゴス・ランティモス監督『聖なる鹿殺し』に出演するなど、オルタナティブなキャリアを形成しており頼もしい。後半では成人したセレステを演じるナタリー・ポートマンの娘役も兼任しており、実質上の単独主演だ。

 だが、章立てられた映画の後半部でこれらのテーマは掘り下げられない。世間ではセレステに触発された銃撃テロが発生し、既にピュアネスを失っている彼女は酒とアルコール、周囲の視線に疲弊し、精神は衰弱している。ポートマンの神経症演技も映画を駆動させるには至っていない。コーベットはセレステを通してアメリカ20年の血と暴力を俯瞰しようとしたのではないか?彼の愛するヨーロッパの作家達なら現在の110分にもう20~30分を足して第3幕目を充実させただろう。

 前半部が楽しめただけに後半の失速が惜しまれるが、コーベットの才能は疑いの余地がない。続く第3作目も非常に楽しみだ。


『ポップスター』18・米
監督 ブラディ・コーベット
出演 ナタリー・ポートマン、ラフィー・キャシディ、ステイシー・マーティン、ジュード・ロウ、ジェニファー・イーリー
 
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