長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『オーレリ・デュポン 輝ける一瞬に』

2023-09-21 | 映画レビュー(お)
 2015年に引退したパリ・オペラ座バレエ団のエトワール、オーレリ・デュポンに人気監督セドリック・クラピッシュが3年間密着したドキュメンタリー。2005年の“青春3部作”第2弾『ロシアン・ドールズ』でロシアのバレリーナ、エフゲニア・オブラツォーヴァを出演させるなど、かねてよりバレエやダンスに関心を寄せてきたクラピッシュが、ここではデュポンのキャリア最終盤に密着し、後には引退公演『マノン』を劇場公開用に撮影するに至っている。

 ドキュメンタリーながらデュポン本人のコメントはおろか、ろくろくテロップやナレーションも入れることなく、彼女の類まれなカリスマ性とストイックな身体鍛錬を見つめ、クラピッシュのダンサーに対する深い敬愛を察することができる。インタビュー時にタバコをくゆらせるデュポンの貫禄は往年のフランス大女優さながらで、クラピッシュが魅せられずにはいられなかったのがよくわかるが、彼が平伏しているのはデュポンという踊り手の精神性そのものだろう。背中の筋肉のうねり、緊張感に満ちた足元をつぶさに見つめ、反復と探求を繰り返すコンテンポラリーの稽古場に息を詰めて密着している。本作での経験が後に「踊れる役者よりも芝居のできるダンサーがいい」と、やはりパリ・オペラ座バレエ団のダンサー、マリオン・バルボーを起用した念願のダンス・フィクションもの『ダンサーインParis』につながるのだ。


『オーレリ・デュポン 輝ける一瞬に』10・仏
監督 セドリック・クラピッシュ
出演 オーレリ・デュポン
 
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『おやすみ オポチュニティ』

2023-01-09 | 映画レビュー(お)

 例年、ノミネートされなかった作品の方が話題を集めると言っても過言ではないアカデミー賞。今年はノミネート発表を前に既に侃々諤々だ。先行発表された長編ドキュメンタリー賞のショートリストから『おやすみ オポチュニティ』が落選したのだ。

 2004年にNASAが打ち上げた火星探査ロボット“スピリット”と“オポチュニティ”は、当初想定された90日間の耐用日数を超えて活動し続けた。人類未踏の惑星はあらゆる想定をしても予想外の事が起こる未知領域。2機は二手に分かれて火星をくまなく走り続けるが、過酷な環境と時に数ヶ月にも及ぶ嵐によってまずはスピリットが活動を停止。しかしオポチュニティはなおも動き続け、ついにミッションは15年に及ぶ。科学者とエンジニアという、異なる見地を持つ者たちがオポチュニティの予想外の奮闘に感化され、やがて機械以上の愛着を持ち始めていく過程が面白い。NASA職員たちは太陽電池で動くオポチュニティを“起こす”ために毎朝ポップソングを選曲する。リドリー・スコットの『オデッセイ』よろしくベタなセレクトは、彼らが気持ちを交わし合うためのミュージカルだ。作動中のオポチュニティの外観をILMが担当しており、『スター・ウォーズ』のR2-D2らドロイドの愛嬌を彷彿としてしまう。ロボットとは人類にとってかけがえのない同士なのだ。

 かつてオポチュニティの打ち上げを見学した地元の高校生がいつしか新米NASAスタッフとなり、“ベテラン”となったオポチュニティのサポートに当たる。そう、人間が歳を取るように機械にも劣化という老いが訪れる。日没と共にシャットダウンすればフラッシュメモリは1日の活動記録を保持できなくなり、タイヤは片輪が回らなくなった。撮影用のアームは伸びたまま固まっている。やがて動きを止めるオポチュニティをNASA中が見守る終盤はまさに看取りであり、私達はAI技術が発展の一途を辿るこの時代に機械との共存を思わずにはいられないのである。そして彼らの力を借りて宇宙(そら)へと思いを馳せる人間達のあくなき探究心に胸が熱くなった。オスカーノミネート落選だって?まったく!


『おやすみ オポチュニティ』22・米
監督 ライアン・ホワイト
ナレーション アンジェラ・バセット
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『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』

2022-07-08 | 映画レビュー(お)

 2013年当時流行りのヴァンパイア映画もジム・ジャームッシュの手にかかれば孤高のアーティストの話となる。アダムは公の場に一切姿を現さないオルタナミュージシャン。その正体は遥か昔より生きてきたヴァンパイアだ。かつてはシューベルトに人知れず交響曲を書き下ろしたが、今やグーグルが我が家を突き止め、You Tubeには許可なく自作が流されている。肝心の生き血は手に入らないから、病院で買い上げた血液をアイスバーにして食べるしかない。何とも生きづらい時代になったもんだ。

 アダムの憂鬱はすなわちインディーズ作家ジャームッシュの憂鬱なわけで、人を食ったオフビートな笑いを交えながらヴァンパイアのメロウな日々が描かれていく。トム・ヒドルストン、ティルダ・スウィントンの2人ほど人外のキャラクターが似合う俳優は稀で、ここに妹役でミア・ワシコウスカまで加わる(色素の薄い感じがスウィントンにそっくり)。ジョン・ハートはなんとクリストファー・マーロウ役で、シェイクスピアはマーロウだったという逸話が踏襲されている。

 かつての『ナイト・オン・ザ・プラネット』のように夜空を巡って地球の裏側タンジールへと向かえば、そこには汚れを知らない才能があり、ヴァンパイアが生き血を吸える風土がある。ジャームッシュでなければ許されないヌルさと憂いの込められた小品だ。


『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』13・米、英、独
監督 ジム・ジャームッシュ
出演 トム・ヒドルストン、ティルダ・スウィントン、ミア・ワシコウスカ、ジョン・ハート、アントン・イェルチン、ジェフリー・ライト
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『オーディブル 鼓動を響かせて』

2022-01-10 | 映画レビュー(お)

 Netflixはじめストリーミングサービスの隆盛によってこれまで困難だったドキュメンタリー映画へのアクセスがグッと容易になった。毎年、アカデミー賞がノミネート発表の前に公開する一次選考通過作品(ショートリスト)を見渡すと、多くの作品が何らかの方法で視聴可能であることに驚かされる。そしてストリーミングサービスの存在は多くの映像製作者の“最大公約数”を拡大し、この開かれた門戸はジャンルの表現を急速に進歩、多様化させてきた事がわかる。

 メリーランドのろう学校にあるアメフト部を追った本作は、ほとんど劇映画のような洗練されたルックだ。激しく身体がぶつかり合う競技内容とは裏腹に、本作には僅かな劇伴を除いてほとんど音がない。健常者相手に16シーズン負けなしというこの強豪校で、クオーターバックを務める少年アマレは敗北を喫してしまう。父は生まれたアマレの障害を知るや家族を捨てて家出したが、後に宗教に触れて改心。映画は2人の贖罪と赦しの過程や、健常者と同じ学校に通ったばかりにいじめに遭い、命を断ってしまった親友への想い、そして間もなくろう学校を卒業して社会へ出ることの不安を描き、さながら青春ドラマのような趣だ。

 2010年代後半からの人権闘争により、聴覚にハンデを持った人々を描く作品は急速に増えてきた。2020年の『サウンド・オブ・メタル』、2021年の『エターナルズ』『CODA』、そして『ドライブ・マイ・カー』へと続く。僕達が知り得ない世界、体感を教えてくれるのもこのジャンルの醍醐味である。


『オーディブル 鼓動を響かせて』21・米
監督 マシュー・オゲンズ
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『オスロ』

2021-08-22 | 映画レビュー(お)

 1993年、イスラエルとパレスチナの間で交わされた"オスロ合意”締結の裏側を描く本作は、再び両国の衝突が激化する今日こそ見るべき所が多い。

 彼らの調整役となったノルウェー人外交官夫婦に扮したアンドリュー・スコット、ルース・ウィルソン主演のように売り出されているが、史実同様に彼らは"裏方”であり(それでもウィルソンにはミニマルな見せ場がある)、真の主役は両陣営の代表を演じる熟練俳優たちだ。J・T・ロジャースの戯曲を得たサリム・ドゥ、ジェフ・ウィルブッシュらによる会話劇は熱を帯び、何度も交渉決裂の危機に瀕しながら互いに食卓を囲み、酒を飲み、語り合うべき隣人と認めていく代表団の姿からは時代が求めるヒューマニズムが浮かび上がる。製作にはスティーヴン・スピルバーグが名を連ね、『ミュンヘン』で劇作家トニー・クシュナーの脚本を得て以後、よりセリフに重きを置き、"演劇化”していった御大の作風に連なっている。撮影をスピルバーグの盟友ヤヌス・カミンスキーが担当、さすがにバートレット・シャー監督では御大のように動かせないが、これは言うだけ野暮というものだろう。

 鑑賞の際にはぜひwikipedia程度の知識は最低限用意して挑んでもらいたい。本作は今年のエミー賞でTV部門作品賞にノミネート。時勢の後押しもあり、受賞の最有力ではないだろうか。


『オスロ』21・米
監督 バートレット・シャー
出演 ルース・ウィルソン、アンドリュー・スコット、サリム・ドゥ、ジェフ・ウィルブッシュ
※U-NEXTで独占配信中※
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