長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『オリエント急行殺人事件』

2017-12-29 | 映画レビュー(お)

そろそろ“リブート”と言い換えられる昨今のリメイクブームを目くじら立てずに楽しんでもいいんじゃないか。1974年にシドニー・ルメット監督によって映画化されたアガサ・クリスティ原作『オリエント急行殺人事件』の再映画化だ。

監督、主演を務めたケネス・ブラナーは演劇人ならではの自覚性でこの“再映画化”という企画に取り組んでいる。演劇の世界では同じ演目でもキャストを入れ換え、演出を変える事は当たり前。シドニー・ルメット版以来の“クリスティ原作モノは豪華オールスターキャストで”という不文律を踏襲し、お約束とアレンジの楽しさを信条に再映画化している。

冒頭、残念な事に今、最もタイムリーな場所となってしまったエルサレムでエルキュール・ポアロが3大宗教のバランスを取り戻す。本編には関係しないイントロダクションだが、この先見性、普遍性にブラナーの演出家としての才覚がある。彼はCGと豪奢なセットを組み合わせ、しっかり舞台設定をして演目を開演。意欲的に長回し等トリッキーなカメラワークで遊び心も絶やさず、乗客となるキャストを手際良く紹介して出発進行だ。

ルメット版はオールスターのアンサンブル映画という印象だったが、面白いことに本作はブラナーの独壇場だ。従来のポアロ像とはまるで違う長身痩躯に異常な口ひげを蓄え、うさんくさい仏語を操る曲者だが、正義感が強く、直情型でもある。ブラナーの演技はいわゆる大ホールの舞台を意識した大芝居で、列車から飛び出すクライマックスの大味さといい、定番演目は大衆作品として大きくあるべしというポリシーが伺えた。あんなマイナス20℃はあろうかという屋外で種明かしを始められたら寒くて自白するよ!!

 “次回は『ナイル殺人事件』!”というフックも楽しいので、ぜひともジェームズ・ボンドばりのキャッチーなテーマ曲を作って正月映画の定番となって欲しいところである。


『オリエント急行殺人事件』17・米
監督・出演 ケネス・ブラナー
出演 ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップ、ジョシュ・ギャッド、デレク・ジャコビ、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー
 
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『オクジャ』

2017-07-24 | 映画レビュー(お)

冒頭、まるで國村隼が出てきそうな韓国の寒村で少女と巨大な怪物、スーパーピッグのオクジャが戯れている。食糧難解決を目的に米国企業が遺伝子操作で生み出したこの家畜は、『グエムル』の放射性物質で突然変異した魚の姉妹みたいなものだ。そこへ現れるのがまるでムツゴロウがクリスタルメスでもキメたかのようなハイテンションの動物学者役ジェイク・ギレンホール。この瞬間、『オクジャ』は新しい時代の到来を告げる。Netflixという1つの配信サイトを通じて韓国の鬼才ポン・ジュノと米の気鋭俳優達がコラボレーションし、それを僕ら全世界の映画ファンが同時に目撃できるという新しい時代だ。

前半、市街地で繰り広げられるヒロイン、企業、そして動物愛護団体によるオクジャ争奪戦はポン・ジュノらしい映画的動体運動の連打が観る者の快楽中枢を刺激し、映画は早くもピークに達する。同じカットは2度使わない制約でもあるかのような奇抜なカメラワークの元でポール・ダノ、リリー・コリンズら米俳優達も旨味を放つ。
中でも一番楽しんだのは前作『スノー・ピアサー』に続き登板、今度は製作総指揮まで買って出たティルダ・スウィントンだろう。世界で唯一、自分を醜女に撮るポン・ジュノの前で演技巧者ぶりが光る一人二役。二枚舌の汚い企業倫理を嫌味たっぷりに体現だ。

ところが後半、物語がアメリカに移ると不思議なことに前半の疾走感が損なわれる。前述のアクションシークエンスに匹敵する見せ場がないのも原因の1つだが、米俳優たちがアメリカにいるよりも韓国にいた方が活気的に映るのはポン・ジュノの地の利だろう。後半はトリッキーなカメラワークも鳴りを潜め、「外国人監督の映画記憶によるアメリカ映画」と言うべく凡庸な風景に留まっている。

 前作『スノー・ピアサー』では自由な裁量を得られなかったというポン・ジュノだが、本作のNetflixは100%の創作の自由を保証したという。制約のない創作が良いのか個人的には疑問だが、ファンとしてはハリウッド進出後、韓国へ戻って『お嬢さん』を撮ったパク・チャヌクのように、そろそろホームグラウンドで本塁打を打って欲しいところだ。世界中の俳優たちも喜んで韓国に飛び込むだろう。


『オクジャ』17・米、韓
監督 ポン・ジュノ
出演 アン・ソヒョン、ティルダ・スウィントン、ポール・ダノ、リリー・コリンズ、ジェイク・ギレンホール、ジャンカルロ・エスポジート
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『お嬢さん』

2017-04-21 | 映画レビュー(お)

 2016年、全米批評家を最も唸らせた外国映画は『トニ・エルドマン』でも『セールスマン』でもなく、韓国の鬼才パク・チャヌク監督による本作『お嬢さん』だ。アカデミー賞にこそノミネートされなかったものの、全米賞レースでは外国語映画賞に留まらず、数々の賞を席巻した。偏執的なまでにこだわり抜かれた美術、息を呑む美しいカメラ、濃密な愛の気配と意表を突く展開は思いがけない感動へと昇華されていく。チャヌクの大胆で粘着質的な演出が新たな傑作へと結実した。

舞台は1939年、日本占領下の朝鮮半島。詐欺師は藤原伯爵を騙り、日本華族の令嬢・秀子に財産目的で近付こうと企む。彼女をかどわかす相棒として選ばれたのが日本語の達者なスッキだった。スッキは珠子と名乗り、侍女として屋敷に潜り込む。始めこそ、秀子をカモとしか見ていなかったスッキだが、幼少期から邸宅に囚われ、後見人である叔父に“ある事”を強いられている秀子を見ているうちに、次第に得も言われぬ感情が湧き起こっていく…。

 映画が始まって早々、日本人の観客ならば韓国人キャストの日本語の上手さと違和感に気づくはずだ。全員、相当な訓練が施されており、日本語で“芝居”ができているのがわかる。だが、そのレベルにはバラつきがあり、ネイティブという設定の秀子役キム・ミニらには少し無理があり、拙い日本語での春本朗読は滑稽さも手伝ってほとんどギャグすれすれだ。チャヌクの映画にはバイオレンス描写にも表裏一体のユーモアが込められており、他の映画では得難い快楽のツボを突かれてしまう。

 この“日本語の拙さ”の理由は後半、物語展開の中で明らかになるのだが、チャヌクは本作のテーマを「朝鮮半島の近代化」と語っている。日本軍の占領による隷属と日本文化への羨望がきっかけになったのだろう。だが、より重要なのは『お嬢さん』が言わば韓国映画の近代化にまで飛躍している点だ。答え合わせに過ぎない第2部は放っておいていい。お風呂場でスッキが秀子の歯を磨く場面、2人が飴を使って前戯の練習をしようとする場面を見よ。体臭まで錯覚させる濃厚な愛の匂いに息を呑み、2人が手と手を取り合う夜逃げに胸が騒ぐのだ。

 『お嬢さん』の革新性とはチャヌクがサラ・ウォーターズの原作、1939年の朝鮮半島の風景から多様性の時代に相応しい物語を見つけ出した事にある。激しく目交いながら力強く手を結び合う2人の姿は扇情的なエロティシズム以上に深い情愛を感じさせ、普遍的な感動を呼ぶのである。

『お嬢さん』16・韓
監督 パク・チャヌク
出演 キム・ミニ、キム・テリ、ハ・ジョンウ
 
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『オールウェイズ』

2017-04-02 | 映画レビュー(お)

 スピルバーグのフィルモグラフィの中でも頭を抱えてしまった人が多い迷作の1本ではないだろうか。1943年の『A Guy Named Joe』をリメイクした本作はスピルバーグ唯一の恋愛映画である。毒にも薬にもならないメロドラマは酷評され、本人も苦手意識が増したのか以後、ラブシーンを滅多に撮らなくなった。確かに気の抜けた場面も多く、製作意図に疑問を覚える映画だが、後の快進撃につながる要素も多く、一言触れずに通るのは勿体ない。

山岳消防隊の飛行機乗り、リチャード・ドレイファスはアクロバッティングなフライトで危険をものともしないヒコーキ野郎。管制官を務めるハスっ葉なホリー・ハンターにぞっこんで、付かず離れずの関係だ。
スピルバーグを語る上でしばしば見落とされがちだが、彼のキャスティング慧眼は凡作と評された本作でも冴え渡っており、前年『ブロードキャスト・ニュース』で大ブレイクした直後のハンターと、『バートン・フィンク』でブレイク直前のジョン・グッドマンをいち早く配役している。おそらく直接のきっかけは2人が出演した87年作『赤ちゃん泥棒』ではないだろうか。近年、製作や脚本でタッグを組んでいるコーエン兄弟とのコネクションはこの頃からあったのかも知れない。方やスピルバーグの盟友ドレイファスはここでもエネルギッシュな存在感だが、キャリアはこの後、下降の一途を辿った。

もう1つ注目しておきたいキャスティングは遺作となったオードリー・ヘプバーンの出演だ。主人公を導く天使役で老いても衰えない気品を見せ、スピルバーグがヘプバーンという映画史に小さな足跡を残す手助けをしている。

 以後、
『シンドラーのリスト』を経由した事でスピルバーグの映画作家としてのスケールはより大きく変貌し、巨匠としての風格を増していく。ブレイク前夜だ。


『オールウェイズ』89・米
監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演 リチャード・ドレイファス、ホリー・ハンター、ジョン・グッドマン、オードリー・ヘプバーン
 
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『オデッセイ』

2016-10-25 | 映画レビュー(お)

 リドリー・スコットがこんなポジティブな映画を撮るなんて!弟トニーの自殺後『悪の法則』『エクソダス』といった厭世感と死の匂いに満ちた作品を撮り続けてきた巨匠だが、アンディ・ウィアーのWEB小説からなる本作には人間の知性と生命力に対する楽天的ともいえる礼賛が感じられる。間もなく80歳になろうという老監督の新たな一面に感動だ。全米ではキャリア史上最高のヒットを記録、アカデミー賞では自身の監督賞ノミネートこそ逃すものの全7部門で候補に挙がった。

 火星探査ミッション中にアクシデントに見舞われ、一人取り残された科学者マット・デイモンが持てる知識と知恵を総動員して決死のサバイバルを試みる。
『インターステラー』のマン博士よろしく悲観的になってもおかしくはないシチェーションだが、科学者にとって“愛する人のために”とかセンチメンタルで非科学的な情緒はムダ無益以外の何物でもない。水素から水を分離し、便を肥料にして火星初のオーガニックじゃがいも畑を作るシーンの楽しさといったら!そして廃棄されたマーズ・パスファインダーのカメラで地球との交信に成功する下りはほとんどサイエンスドキュメンタリーの如く僕らの知的好奇心を刺激するのである。
そんな本作のBGMはまさかの70年代ディスコヒットメドレーだ。火星の夜の寒さをプルトニウムで凌ぐシーンにはなんとドナ・サマーで『ホット・スタッブ』!

地球でもマット・デイモン救出に向けてあらゆる人々が国境を越えて知恵を出し合う。数学的発想とは人生の彩りを増すための手段なのだなと教えられる。人々の想いが地球を巡って1つとなり、遠く火星へ橋渡されるシーンに流れるはデヴィッド・ボウイで『スターマン』。いつになく活気豊かなキャストアンサンブルがまるでこの名曲をコーラスするかのようなエモーションは本作のクライマックスだ。きっとボウイも星の彼方で喜んでるはずさ!


『オデッセイ』15・米
監督 リドリー・スコット
出演 マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、ジェフ・ダニエルズ、キゥエテル・イジョホー、クリステン・ウィグ、ショーン・ビーン、ケイト・マーラ
 
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