藤本タツキの傑作コミック『ルックバック』のアニメ化はわずか58分の短編ながら興収20億円突破するスマッシュヒットを記録し、米アカデミー賞長編アニメーション部門のエントリー資格も獲得した。口数が多く、テーマを背負い過ぎているメインストリームのアニメとは異なり、よりアニメーション表現の原初的な悦びを持ち、全ての絵描きに捧げられた物語はオスカー投票権を持つ多くのアニメーターの心を打つのではないだろうか。今季賞レースで最も応援したい1本だ。
東北の田舎町。小学4年の女の子・藤野は学校新聞に4コマ漫画を描いている。他愛もないが、子供達には可笑しくてたまらない。ところが不登校の京本が隣の段に4コマを寄せてきた。セリフはない。ボケもオチもない。一見、ストーリーすらないように思える。だが漫画を描けるほどに読み漁ってきた藤野には明らかだ。構成、余白、そしてここには描きたいという実直な衝動すらある。小学4年生には大きすぎる衝撃だ。
『ルックバック』は情熱と憧れ、才能、人生(それにガールフッド)について描かれた原作を損なうことなくアニメ化している(造作もなくボイスアクトをこなしている河合優実にも注目)。彼女たちの純粋な衝動は絵描きに限らず、あらゆる人々の心を打つだろう。原作に込められた“京アニ事件”に対する藤本の怒りと哀しみは事件を知らない海外の観客には伝わらないかもしれないが、哀しいことにアメリカにはスクールシューティングがある。あらゆるアーティストには他者を触発する力があり、遺された者を生かし続けることもできるのだ。そんな余韻を含んだエンドロールを早々に退席する観客は誰1人いないだろう。
『ルックバック』24・日
監督 押山清高
出演 河合優実、吉田美月喜
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