長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『サラブレッド』

2020-07-28 | 映画レビュー(さ)

 『バッド・エデュケーション』が注目を集めたコリー・フィンリー監督のデビュー作は舞台演出家、劇作家という出自が窺い知れる1本だ。再会した女子高生2人組が義父の殺害計画を企てる会話劇であり、『バッド・エデュケーション』でヒュー・ジャックマンから新境地を引き出したようにオリヴィア・クックとアニャ・テイラー・ジョイから緊張感あるテンションを引き出すことに成功している。特にテイラー・ジョイの異貌とも言える美しさが会話劇に映え、女優を撮るセンスも持った映像作家である事がわかる。豪奢な邸宅をロングショットでうろつき回るカメラワークのトリッキーさと奇妙な劇伴はヨルゴス・ランティモスの映画を思わせる気味の悪さであり、フィンリーのレンジの広さにも色めき立った。

 また本作が遺作となったアントン・イェルチンは性格俳優への途上にあり、フィンリーのような演出家との出会いが続けばどんな俳優になったのかと惜しまれてならない。


『サラブレッド』17・米
監督 コリー・フィンリー
出演 アニャ・テイラー・ジョイ、オリヴィア・クック、アントン・イェルチン、ポール・スパークス
 
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『猿の惑星 新世紀(ライジング)』

2020-05-24 | 映画レビュー(さ)

 クレバーでスリリング。ハリウッドブロックバスターとして申し分ない大ヒット作だ。古典傑作SFの精神はそのままに、大胆にアレンジを施して現代性を得る事に成功している。公開当時の2014年はテロの脅威はもちろん、エボラ熱の蔓延や極右の台頭によって世界が不安に包まれていたが、2020年の現在もまたコロナウィルスの脅威にあり、観客は背筋を冷やしながら映画にドップリと浸かる事だろう。

 ルパート・ワイアット監督からメガホンを引き継いだマット・リーヴス監督はパフォーマンスキャプチャーに革新的な演技表現をもたらしたアンディ・サーキス扮するシーザーを主人公に据え、サル達の視点で“ヒトはなぜ殺し合うのか”という根源的な問いかけをしてみせる。サルインフルエンザの蔓延により人類が死滅した事でサル達は自らの理想郷を作り上げ、文明を発展させつつあった。文字を覚え、“サルはサルを殺さず”という倫理が構築された社会は僕らのそれと何ら変わらない。ところが生き残った人間が現れた事でそこに相反する2つのイデオロギーが生まれてしまうのである。人間は猿を虐待をしてきた。ヤツらは罪を贖っていない。ヤツらはいつか攻め込んでくる。膨れ上がった不安と疑念がやがてコバ率いる武闘派を増長させ、社会が暴力と恐怖に支配されていく様は僕らが何度も繰り返し、そしてこれからも繰り返しかねない姿ではないか。

 自分を愛し、知性を授けてくれた人間との思い出を胸に何度も共存と平和の道を模索するシーザーの苦悩と葛藤をサーキスは威厳を持って演じ、ほとんどシェイクスピア劇のようですらある。リーヴス監督は人間側のドラマをほとんどオミットし、人物背景を描かない事で新シリーズがシーザーのサーガである事を決定づけた(ジェイソン・クラーク、ケリー・ラッセル、ゲイリー・オールドマンら演技派陣が支えている)。

 “サルはサルを殺さず”という掟を破った者にシーザーは言い放つ「オマエはエイプではない」。殺めようとする者は人でなしであり、そこには悪意が介在する。猿達による新世紀を迎えたシーザーは種を守るために他者を、ひょっとしたら同族をも粛清していかなくてはならないのである。まだ見ぬ明日へ決意の眼差しを向ける彼の姿に、第3部への期待が高まった。


『猿の惑星 新世紀(ライジング)』14・米
監督 マット・リーヴス
出演 アンディ・サーキス、ジェイソン・クラーク、ケリー・ラッセル、ゲイリー・オールドマン、トビー・ケベル、コディ・スミット・マクフィー
 
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『サーミの血』

2020-03-18 | 映画レビュー(さ)

 2019年を代表するアニメ『アナと雪の女王2』『クロース』を見て気付いた人もいるだろう。アナとエルサが森の中で出会う先住民族と、サンタクロースへ手紙を書きたい先住民族の子供は同じ“サーミ人”だ。彼らはスウェーデン、フィンランド、ロシアなど北方圏に広く分布しており、“ラップ人”との蔑称でも呼ばれている。世界の先住民族同様、彼らもまた差別に晒された歴史の持ち主であり、本作はアマンダ・シェーネル監督のルーツを基にしているという。

 1930年代、スウェーデンはサーミ人の子供に教育を与える事でサーミ語を封印し、彼らの“白人化”を行っていった。主人公エレ・マリャは聡明で意志の強い少女だが、いわれなき差別の日々にやがてサーミ人という自らのルーツを憎むようになっていく。それはサーミ人同士の分断であり、哀しいかなこの搾取構造はいつの時代、どの場所でも行われ続けている。映画は老境のエレ・マリャが妹の葬儀に参加する場面から始まり、彼女が頑なに同郷との会話を拒む様子を描いていく。教師となったエレ・マリャは人生の長い時を白人社会に同化する事で過ごしてきたのだ。彼女の頑迷さに心が痛む。

 『アナと雪の女王2』『クロース』という訴求力の強い2作品によって彼らに再びスポットが当たった意義は大きい。この2作のサブテキストとしてもぜひ見てもらいたい1本だ。

『サーミの血』16・スウェーデン、デンマーク、ノルウェー
監督 アマンダ・シェーネル
出演 レーネ・セシリア・スパルロク
 
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『最高に素晴らしいこと』

2020-03-16 | 映画レビュー(さ)

 ジェニファー・ニーヴンによる小説を映画化した本作は日本のティーン映画でも見慣れた筋立てだ。冒頭、主人公フィンチは橋の欄干に立つ少女ヴァイオレットを目撃する。彼女は最愛の姉を交通事故で亡くし、悲嘆に暮れていた。原作小説ではフィンチも自殺を試みていたというこの奇妙なボーイ・ミーツ・ガールから始まる本作はエル・ファニング、ジャスティス・スミスというフレッシュでキュートな主演カップルを得て演技はもちろん、脚色も『ペンタゴン・ペーパーズ』『ロング・ショット』の気鋭リズ・ハンナと一級である。

 ではなぜ“日本のティーン映画”を引き合いに出したかというと、この手の映画で必ずと言っていいほど“障害”として持ち出される不治の病や不慮の事故が本作ではメンタルイルネスとなっている所に米ティーンのリアルを感じたからだ。先行する傑作『13の理由』『ユーフォリア』でも描かれたようにそれは自殺とも密接に結びつく。終盤、フィンチの抱える虚無や、ヴァイオレットの喪失が浮かび上がる思いがけない展開に胸を痛めた。僕はとうに若者といえる年齢を過ぎてしまったが、諸作を俯瞰する事で現在を生きる彼らの“生きづらさ”を垣間見たのである。


『最高に素晴らしいこと』20・米
監督 ブレット・ヘイリー
出演 エル・ファニング、ジャスティス・スミス、アレクサンドラ・シップ、キーガン・マイケル・キー
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『ザ・サークル』

2019-08-31 | 映画レビュー(さ)

2016年の米大統領選や、ブレグジットを問う英国民投票においてFacebookの会員データが分析会社に不正流出し、有権者の投票行動に影響を与えたとされる事件を思えば、この映画も決して絵空事とは言えないだろう。主人公メイは世界ナンバーワンのシェアを誇るSNS会社“サークル”に入社。ひょんなことから創業者であるベイリーの目に止まり、小型カメラを携帯して日常生活をシェアする新機能See Changeの試験者として世界的なインフルエンサーとなる。さらに彼女はサークルを有権者全員に登録させ、投票率の上昇を狙うのだが…。

実際に米テック企業に就職した事がある筆者の目から見ても、サークルの描写はリアルだ。会社の理念からマインドセットしていくトレーニング風景、従業員に対する手厚いホスピタリティ(バンドが来てライヴというのは本当にあった)、そして立場を問わず優秀な人間を抜擢する能力主義が柔軟に施行されていく様は日本企業に勤めているとなかなかお目にかかれないだろう。

サークルが過度なサービス向上により全体主義化していく中盤以後の展開は主演エマ・ワトソンの実力不足もあってか、映画のスタンスが曖昧に見えてしまう。乏しい表情演技からは果たしてメイが内心ではサークルに対して疑問を抱いているのか、心酔しているのかがわからないのだ(親友役のカレン・ギランと並ぶとその実力不足は明らかである)。スティーヴ・ジョブズのモノマネ芸みたいなトム・ハンクス、結局なんの役割も果たさないジョン・ボイエガらキャストに見合った配役、掘り下げがされているとも言い難い。

結局、当のFacebookも衰退を始めており、『ザ・サークル』はSNS時代の10年をハイライトで見せてもその未来は描く事なく終わってしまった。僕はこれといった危惧も抱かず、今日もTwitter等々を使っているワケである。


『ザ・サークル』17・米
監督 ジェームズ・ボンソルト
出演 エマ・ワトソン、トム・ハンクス、ジョン・ボイエガ、カレン・ギラン、エラー・コルトレーン、パットン・オズワルド
 
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