長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『13th-憲法修正第13条-』

2017-03-25 | 映画レビュー(さ)

 世界人口の5パーセントが住む国に、全世界の25パーセントの囚人がいる。こんな驚くべき奇妙なデータから始まる本作は、奴隷制度と刑務所ビジネスの関係を紐解き、アメリカの差別構造、さらにはトランプ政権への強烈なパンチを喰らわせる。キング牧師によるセルマ大行進を描いた『グローリー』で一躍注目を集めたエヴァ・デュヴァネイ監督による力作だ。

映画は始めに奴隷解放を謳った憲法修正第13条のある抜け穴について語っていく。それは奴隷制を禁止しながらも“犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とする時を除く”とある。一見、至極まっとうに思える内容だが当時、奴隷という労働力、財産を失った南部では黒人に対する不当な逮捕が相次ぎ、囚人として黒人を労働に従事させる形で奴隷制が継続していく。それがやがては“黒人は貧しくて危険”というパブリックイメージを形成していく事となったのだ。

デュヴァネイはこの観点から1950年代以後、10年毎の社会的背景を元に黒人収監者が爆発的に増えていった要因を探り、看破していくのである。

黒人達への不当な差別は時の白人政権による恣意的な世論誘導だった…トランプやバノンがやってきた手口は何も新しくはない。人類の歴史はこれまでも特定の人種を貶め、敵と見なすことで社会的優位性を形成してきたのだ。奴らはそのシステムに便乗したに過ぎない。映画では収監者の増大から民間に払い下げられた“刑務所ビジネス”が結果、民官一体となって差別構造を継続してきた事を暴いている。

 才気煥発、理路整然、作家の闘志がみなぎる1本だ。


『13th-憲法修正第13条-』16・米
監督 エヴァ・デュヴァネイ
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『最期の祈り』

2017-03-14 | 映画レビュー(さ)
 今年のアカデミー短編ドキュメンタリー賞ノミネート作。日本ではめったに字幕付きで見る事のできないジャンルだが、配信サイトの大手Netflixがその製作、配信に力を入れ始めた事によってアメリカでの賞レースと時差なく見られるのは大いに有り難い。わずか24分、膨大な取材時間を短編というフォーマットに凝縮した独自のジャンルだ。

終末期医療の病棟にカメラは張り込み患者、家族、医師を追っていく。延命か、安楽死か。答えの出ない苦悶。しかし、いつか自分の身にも起きるであろう人生の選択肢を果たして僕たちは的確に選び取っていく事ができるのだろうか。彼らの決断を当然、僕らはジャッジできるワケがないのである。

 惜しむらくはカメラが取材対象に近づき過ぎており、劇映画のように見えてしまうことだ。ドキュメンタリーならではの意外性、偶発性が見てみたかった。


『最期の祈り』16・米
監督 ダン・クラウス
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『38人の沈黙する目撃者』

2017-03-14 | 映画レビュー(さ)

 第89回アカデミー長編ドキュメンタリー賞一次候補選出作品。1964年、街中で一人の女性が殺害されるも、現場に居合わせた人々は助けもしなければ通報する事もなかった。
大都市に内在する“無関心”の問題は日本でもしばしば駅ホームの事故等でクローズアップされる。このキティ・ジェノヴィーズ事件は後に社会学のテキストとなり『傍観者効果』という言葉が生まれた。

映画は被害者キティの弟であるビルが事件を再検証していく様を追うが、主眼は事件の真相究明ではない。人々は無視したのではなく本当に知らなかったのであり、傍観者効果は世間が作り上げた言葉だったという事がわかる。幼かったビルにとって歳の離れたキティは憧れの姉であり、彼女の私生活は知る由もなかった。姉は同性愛者であり、当時の恋人の口は今もなお重い。

犯罪被害者は一体いつになったら救われるのか?
ベトナム戦争に従軍し、両足を失ったビルの姿に自ずと失ったものの大きさが見えてくる。周囲の家族は“いい加減、前に進むべきだ”と言わんばかりだ。カメラと被写体の距離感は哀しいかな、僕たちが傍観者以上たり得ないことを象徴している。
 

『38人の沈黙する目撃者』15・米
監督 ジェームズ・ソロモン
※Netflixで鑑賞。現在未配信※
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『サンバ』

2017-02-26 | 映画レビュー(さ)

 大ヒットを記録した『最強のふたり』のエリック・トレダノ&オリビエ・ナカシュ監督が再びオマール・シーを主演に迎えたヒューマンコメディ。
実話という事実が先に立ってドラマの奥行が放棄された前作よりも僕は本作を支持したい。困窮する難民たちの生活事情を悲喜こもごもに描きながら、現代人の“生きづらさ”を優しく撮らえようとする姿勢は好感が持てる。何よりまるでオリンピック選手のような身体的カリスマ性を発揮するオマール・シーは、スターの華やかさがあって頼もしいではないか。疲れ果て、心を閉ざした現代人であるシャルロット・ゲンズブール(役作りにしてはあまりにみすぼらしい雰囲気)を癒す守護天使のような存在がシーである。

より難民問題が混迷を極めた今見ると、能天気な映画だなという気もしなくはない。それが本作の限界だろうか。


『サンバ』14・仏
監督 エリック・トレダノ、オリビエ・ナカシュ
出演 オマール・シー、シャルロット・ゲンズブール、タハール・ラヒム
 
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『さざなみ』

2017-01-21 | 映画レビュー(さ)

結婚45年目を迎えた夫婦がいる。
夫は心臓バイパス手術を終えてようやく体調が回復してきた。妻は教職を退いてからしばらくが経っていた。イギリスの片田舎。大きな事件はなく、2人で犬の散歩に行くのが日々の大きな日課だ。

ある朝、夫の元に一通の手紙が届く。その昔、妻と出会う前に愛した女性の遺体がアルプスの氷河から見つかったのだという。20代のままの思い出の恋人。飄々としていた夫が急にそわそわし出す。青春時代の音楽を聞き、屋根裏の思い出を漁る。かつての尖った物言いをし、友人たちと話がかみ合わなくなる。一体どうしたのだろうか。

「さざなみ」(原題45years)は一組の夫婦の結婚45周年パーティまでを描いた7日間の物語だ。妻は夫のかつての恋人の存在を知り心が離れ始めるが、これは男女によって見方が分かれるだろう。結婚はあたかも全てを共有しなくてはならないような錯覚に陥りがちだが、あくまで他人同士である。僕はこの夫のように不可侵な感情の領域を誰もが持ち合わせていると思っている。

方や妻の視点からするとこの45年間は夫が恋人を失って得た価値観の上に立つ、彼女の亡霊と共にあった結婚生活と言えるのかもしれない。やがて千々に乱れ行く妻の感情を抑制した演技で見せるシャーロット・ランプリングが素晴らしい。まだまだ大きな芝居が求めらえるアメリカ映画界において、この偉大な女優が見せる静かな芝居は初のアカデミー賞ノミネートをもたらした。

アンドリュー・ヘイ監督は何気ない会話、音楽の1つ1つを緻密に構成する演出で2人の心理を描写しているが、中でも重要なバックボーンは2人が60年代に青春時代を送ったという年令設定だろう。セリフから夫は反骨の士であり、妻はフリーセックスの時代に乗らなかった中流以上の家庭に育った事が伺える。

 スウィンギングロンドン世代の成れの果てとも、砂の城のように脆い夫婦生活への諦観とも読み取れる本作。見る者の心に静かな波音を立てることだろう。


『さざなみ』15・英
監督 アンドリュー・ヘイ
出演 シャーロット・ランプリング、トム・コートネイ
 
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